第46話「幸せを願うのは」
校長を使い、集団行動を逆手にとる。
もっとも手間のかからない方法であった。
なんともまぁ、手ぬるい暗示だ。
一度解けてしまえば、問題を回避することはもはや不可能。
「で? どうするつもりだ? 教室、めちゃくちゃだぞ」
それをわかっていて、白夜はイジワルに葉緩に訊ねるのだ。
つくづく性格が悪い蛇め、と睨みつけると葉緩は床を蹴り飛ばす。
忍び装束を手荒に脱ぐと、いそいそとシャツとスカートを着用して廊下を駆けぬけた。
ざわざわする集団の合間を抜け、並んで歩く大好きな二人の前に滑り込む。
「――葉緩ちゃん?」
「ちょっ……葉緩? どうしたんだ、その恰好――」
「桐哉くん、姫」
喉が焼けて熱い。
だけどこの想いは一番に二人に伝えたい。
それが取り返しのつかない忍びとしてNG行為だったとしても、葉緩には大切にしたい想いがあった。
二人と向き合って、意を決して詰まってばかりだった言葉を押し出した。
「私、好きな人が出来ました!」
――無理だ、と涙腺が崩壊して葉緩は感情に溺れそうになった。
胸がぐちゃぐちゃになって痛い。
こんなのは目立つばかりで忍び失格だ。
恥じるべきことなのに、忍びの葉緩ではなく友人の葉緩でありたかった。
「好きな人がいるけど! 二人より先に私の好きが実るのは嫌なんです! 私はずっと二人の幸せを願ってたのに、そうじゃない想いが実るなんてっ……そんなの違うって……!」
二人が結ばれることを願っていた。
自分が誰かを好きになって、結ばれることなんて想像もしていなかった。
突然降ってきた爆弾に、二人より先に形を成してしまうのは後ろめたい。
心から忠誠を誓った二人に申し訳ないという罪悪感。
忍び失格という烙印に感情が飲まれた。
「葉緩ちゃん」
フレグランスのやさしい香りが鼻をくすぐって、そっと葉緩の手を包む柚姫と目が合った。
鼻水を止めようとスンと息を鳴らすと、柚姫の微笑みが葉緩の肩を軽くする。
「葉緩ちゃんに好きな人が出来たって聞けてうれしい」
「姫……?」
「葉緩ちゃんがいつもあたしの幸せを考えてくれていたこと、知ってたよ。だけどね、同じくらいあたしも葉緩ちゃんの幸せを願ってるんだよ」
泣きべそをかく葉緩につられて柚姫も涙を浮かべる。
人目もはばからず思いきり葉緩を抱きしめた。
「よかったね。おめでとう。これからももっと、色んなこと教えてね」
「うっ……うううっ……! ありがとうございます!」
「……そっかぁ、葉緩も好きなやつが出来たかぁ」
ニヤニヤする姿は、爽やかのかたまりの桐哉にしては勝気だ。
状況を楽しんでか、ややジジくさい頷き方で満悦していた。
「よかったな、葉緩。相手は……だいたい想像できるけど」
「桐哉くん……」
葉緩の手を引っ張ってくれたのは柚姫だが、絶対的に葉緩に支えをくれたのは桐哉だ。
どちらが欠けても葉名は生きられなかったし、今の葉緩もいない。
たとえ葉名の気持ちがなくとも、桐哉と柚姫は大好きでこれからも忠誠を誓いたい人だ。
あたたかい気持ちに葉緩はこの上ない幸せを噛みしめた。
「やっぱりムカつく」
「ひゃわっ!?」
後ろからズシっと重みがのしかかり、膝が折れそうになるのを寸前で耐え抜いた。
しかし腰を持ち上げられて足が浮いてしまう。
長い髪が乱れて手足で空気をかきながら振り向くと、不機嫌そうな葵斗が葉緩を肩に担ぎあげた。
「おー……葵斗。そんな睨むなよ……」
「葉緩の一番は俺だから。……負けない」
そう言って葵斗は桐哉の横を抜け、人にぶつかることなく風のように廊下を突き抜けた。
忍びとしてありえない事態に葉緩はパニックを起こす。
「ひゃーっ!? 葵斗くんのバカーッ! 目立ちすぎですぅーっ!」
「いまさら」
「ふぬぬぬぬっ! 調子にのらないでくださーいっ!」
ふりまわされるのは今も昔も変わらない。
少し強引度は増したような……と今は考えないようにした。というか考えられない。
忍び大失格、生徒たちの注目を浴びて学校から抜け出す。
教室の荒れ具合はなんだと騒ぎになるも、運よく大事にはならなかった。
後日、葵斗と葉緩の関係は誰も口出しはしないものの周知されており、めでたく恋人認定となっていた。




