第45話「不真面目になりすぎです!」
「葉緩、好きだ。大好きだ。今度こそ、一緒に生きてくれる?」
強制的に時を止められない。
十六の年を越えて未来の道に見て口角がゆるんでいった。
「はい! 私、葵斗くんが大好きです!」
何も後ろめる必要はない。
必要なのは、葵斗を求める心だけ。
この笑みは欠けていた悲しみを埋めてくれる甘い言葉だった。
「葉緩、かわいい。 ほんと、手を出さずにはいられないよね」
(んん?)
すっかりとろける想いに身をゆだねていたが、油断したところに襲いかかる葵斗の毒牙。
額や頬に触れたかと思うと葉緩の唇を塞ぎ、長い指先でスーッと背中を撫でていた。
「え、ちょっと!? んっ……! もう! 葵斗くん不真面目になりすぎです!」
「長年我慢してたんだからちょっとくらい解放感あっていいでしょ?」
なんとふざけた主張だ。
いやいやと首を横に振り、肩を押すが力勝負では勝てない。
以前と違い、忍びとして優秀であるという自負から葵斗に素早さで勝負しようと隙をさぐる。
突如仲良くいちゃつきだした二人に佐和は認識が追い付かず、口端から流れる血を拭った。
「……なんなのよ、なんで」
黒いリボンで高く結い上げていた髪がほどける。
灰色の瞳が動揺し、だんだんと熱く血走り鋭さを増した。
「そんなのおかしいじゃない。あなたたちが運命を狂わせたから忍びの里は滅んだ。戻った時、すでに里は滅んで……うっ!」
とたんに口から血が吐き出される。
人を呪う術は反動も大きいため、葉緩の精神を巻き戻した分だけ負担となっていた。
悲観的な葉名ではなく、未来を進むことを決めたために葉緩は精神攻撃に勝利した。
葉緩が勝利しても佐和へのダメージがなくなるわけではない。
ぜえぜえと呼吸を乱し、佐和にぐらつく頭を左手でおさえた。
佐和もまた、元の人格に縛られる一人のようだ。
葉名ともかかわりがあったはずだと、佐和の正体を確かめるために葵斗の肩を押して立ち上がる。
小走りで佐和に寄ると、帯の中から親指サイズの小瓶を取り出した。
「これを」
佐和の手のひらに黒い丸薬を転がし、前にしゃがみこむ。
「私が独自に作った薬です。術の跳ね返りによるダメージも回復します」
「そ、んな得体の知れないもの……」
「いいから飲む! さっさと回復してくれないと葵斗くんが困るんです!」
「むぐっ!? ……んぐ」
無理やり口を開いて放り込む。
基本的に葉緩は桐哉と柚姫以外に容赦はない。
力ずくで解決しようと佐和にもいつも通りに対処する。
佐和は成すすべもなく丸薬を飲み込むと、強張っていた身体からにじむ汗をぬぐい、落ち着きを取り戻した。
術の反動から解放された佐和は忌々しいと葉緩を睨みながら口元を拭う。
「なによ、出来損ないのくせに」
「ふっふーん! この葉緩様、今ではとーっても優秀なのです!」
してやったりとほくそ笑む。
だがすぐに表情は移り、どうしようもないもの寂しさにかられてしまった。
「あなたは葵斗くんの親族。……お身内で傷つけるのはやめてください」
葉緩の言葉に佐和は眉間に手をあてて首を横に振った。
「偽善者」
「それでいいですよ。安心してください。私は優秀なので痛くも痒くもないです」
「……こんな女のどこがよかったのかしらね」
嫌味にも動じない葉緩に、これ以上の戦いは無用と諦めて佐和は天を仰ぐ。
毒気が抜かれて目を閉じると、汗ばむ手を握りしめた。
――ざわざわ、と教室に声が近づいてくる。
(およ?)
耳を傾けると、全校集会のために体育館にいた生徒たちがゾロゾロと教室に戻ってこようとしていた。
マズイ、と思い教室を一瞥して青ざめる。
机や椅子が倒れたり壊れていたりと、ハチャメチャな状態だ。
とても元通りに直す時間もなさそうで、葉緩は危機感にアタフタと目を回した。
(わ~、主様と姫が戻ってこられる!? こんなの見られては……)
ダメだと言うのに、脳裏に葉名を支えてくれた桐人と柚が笑いかけてきた。
二人が今の姿と重なり、葉緩の視界が涙ににじむ。
(会いたい)
想いが膨らんだ瞬間、葉緩のもとへ一匹の白蛇が近づいてきた。
煙幕とともに城蛇は人型となり、金色の瞳で佐和を見下ろす。
白夜は毛先の朱い髪を指先でいじくりながら葉緩に振り返り、にんまりと歯を見せて笑った。
「代償が跳ね返ったときに、この女が校長にかけていた術も解けたぞ」
「ちょ、ちょっと暗示をかけただけよ! ……生徒の安全を確保するようにって」
白夜に図星をさされ、佐和は腕を組んでそっぽを向く。
この緊急で開催された全校集会は佐和が校長に暗示をかけて実行されたようだ。




