第41話「あなたの一部を私に……」
「行って。お前のような裏切り者は里にはいらぬ。人の番を奪うまるで蛇のような女ね」
痛みに麻痺した心に首を傾げ、赤く染まった手を見下ろした。
日に焼けることを知らぬ白い手が赤く濡れて、まるで白蛇に縛られているようだった。
「お前のような低俗の女が里長の長子を惑わし、狂わせた」
蒼依に絡みついた手、心を縛った結果もう息はない。
「お前のせいで血脈に歪みが出た。その罪、死してなお許されるものではない」
(あぁ、そうか。これは蒼依くんに寄りかかりすぎたのだろう。……すべてをあなたに背負わせた蛇だった)
「行って! お前の顔など二度と見たくないわ!」
番を奪われた悲しみにのまれ、命を奪った手を引っ掻き激怒する。
穂高の悲痛な叫びに、葉名は自分が不幸を招く女と悟る。
蒼依のそばにいたくとも、ここにはいられない。
蒼依は死を望まないとわかっているからこそ、残酷な世界に一人で生きると決めた。
穂高に深々と頭を下げる。
穂高もまた運命を狂わされた一人であり、とてもではないが顔を向けられなかった。
動かなくなった蒼依の頬を一撫でして口付ける。
雪に隠れた冷たいキスだった。
「葉名は行きます。あなたが守ってくれた命、無駄にはしません」
着物の合わせに隠す小刀を取り出し、刃を蒼依の毛先に当てる。
そして髪を切り、胸に抱いた。
「ひと房だけください。里を出たら私と蒼依くんは夫婦になるのです」
涙を流すと視界が揺れて、蒼依の顔をはっきりと見ることができない。
意地で涙をこらえ、大好きな輪郭から造血すべてを目に焼き付ける。
指をすべらせて、まだあたたかさの残る蒼依から離れて立ち上がった。
雪原をのぼって番の木の下まで歩いていくと、勢い任せに葉名の連理の枝を手折る。
「蒼依くんと結ばれぬ運命などいりません。……もっと早くこうすればよかった」
折った枝と蒼依の髪を重ね、目を閉じる。
「連理の枝よ、どうか彼の魂をお守りください。私はこの地を去ります。どうか、どうか彼をお救いください」
番はいらない。
運命の赤い糸は葉名に不要。願うは、たった一人の魂の救いのみ。
「さよなら、私の光」
――松明を持った里の者が駆け付けたとき、葉名は里から抜け出しており、二度と戻ることはなかった。
***
里から逃げ、あてもなく歩き続けてたどり着いたのが海だった。
幾度も押し寄せる波を見て、葉名は青い光を見る。
「ふしぎですね。水がどこまでも続いております」
小さな巾着袋に入れた蒼依の遺髪を指で撫でる。
帯には連理の枝をさし、それが葉名にとっての戒めとなっていた。
蒼依と見てみたいと願っていた海に目を細め、焼ける喉から息を吐く。
気が抜けたのか、ぐうぅと腹が鳴り帯の上からお腹を撫でた。
(最近、ろくに食事もとれておりません。それにやたらとムカムカします)
当然だ、自分に腹立たずにはいられないのだから。
目まいがする。吐き気がする。
「うっ……これは本当に」
キモチワルイと立っていられなくなり、葉名はその場に膝をついた。
砂浜に手をつき、ダラダラと流れる汗と震える状況に落ち着こうと深呼吸に息を吸い込む。
だが上手く吐き出すことが出来ず、だんだんと空気の通る音が短くなった。
気が遠くなりそうな微熱にお腹を押さえていると、前方から馬の鳴き声がした。
侍の男性と、幾重の着物をまとう女性が馬から降りて葉名のもとへ駆けよってくる。
「君、大丈夫か?」
「お腹が……」
「え、ええ!?」
声をかけた男性が慌てだし、どうしたものかと手をさ迷わせる。
そんな男に女が表情険しくし、重たい着物を持ち上げて男性のあとに続いた。
困惑する男を突き飛ばすと、女は葉名の背をさすりだす。
「大丈夫ですよ。落ちついて、深呼吸をしましょうね」
額ににじむ汗を女性が清い布で拭ってくれる。
返事も出来ずに胸を起伏させていると、女はおろおろする男を鋭く睨みつけた。
「桐人様、何をボサっとしているのです!」
「お、お柚……?」
「お腹にお子がおられるかもしれません」
「なんと!? 妊婦なのか!? だが腹が平たいではないか」
「初期は見ただけでわかりませぬ! ……とても弱っておられます。早くお医者様のところへ運び、安静にしていただかなくては」
女性の肩にもたれかかり、ぜぇぜぇしているとそっと背中を撫でられる。
視界がにじむなか、決死に鈴の音を震わす女性の輝きに目を奪われた。




