第4話「恋の危機はどこからと」
古風な和室で家族三人が向き合う。
拳を握りしめて正座する葉緩に、宗芭が声をかけた。
「葉緩、元気がないようだが」
「な、なんでもございません」
ギクッと肩を跳ねさせ、視線をさ迷わせると最後は膝の上に落ちる。
宗芭は大きく息を吐き、葉緩を諭すことにした。
「忍たるもの、常に状況を見極めるのだ。冷静沈着。良いな?」
「……はい」
落ち込む葉緩はわかりやすく項垂れる。
その空気を割るように“シャーッ”と鳴き声がし、顔を向けると白蛇が庭で身体を滑らせていた。
この鳴き声は葉緩にしか聞こえないが、白蛇を見られないうちに葉緩はサッと立ち上がる。
「学校に行ってまいります」
煙幕を出し、その中から衣装を変えた葉緩が現れる。
くノ一から高校生に姿を変えた葉緩は、慌ただしく白蛇と共に学校へ向かった。
「で、お前は学校に行かないのか?」
残った絢葉に目を向け、宗芭は困惑しながら声をかける。
絢葉は目を細めてゆったりと微笑み、それはまるでお手本のように丁寧な動作で口元を隠した。
「行っていますよ? ただ主様にまだ出会えておりませんので退屈ではあります」
「現代に溶け込むのもまた必要なこと。忍のあり方は多種多様ということを学べ」
「はい、父上」
見かけだけは子どもらしい動きを見せるが、よく観察すれば足音もなく息づかい一つとっても完ぺきな忍びだ。
少しばかり上品すぎるも、理想的な忍者。
絢葉には独特の人へ溶け込む奇妙さがあった。
「葉緩と絢葉は真逆だな。忍に我はどれだけ必要なのか……」
現代は文明機器が発展を遂げ、忍びとは不要なのかもしれない。
葉緩はわかりやすい我の強さ、対して絢葉はなにを考えているかわからない希薄さをもつ。
たとえ親であっても、子とは別人。忍びの在り方について、宗芭は答えに悩んでいた。
***
学校の脇道、登校中の生徒が同じ方向に歩くなか、どんよりと影を背負った葉緩の足元には一匹の白蛇。身体をくねらせ、葉緩についていく器用さ。
幸いにもこの蛇をまわりに気づかれたことはない。
おそらく葉緩にしか見えないのだろうが、白蛇は疑問に答えてはくれなかった。
生徒が学校の中に入っていき、葉緩は人気のなくなった道で足を止める。
学校に行くことがこうも気の重いこととは考えたこともなく、珍しく葉緩の頭の中を一人の異性が支配していた。
うんうんと唸るばかりの葉緩に、さすがの白蛇もキリがないと一鳴きして、姿を変貌させる。
「葉緩、もう少し時間には敏感になってもらいたいのだが」
白銀のうねった髪。瞳孔は鋭く、金色に光っている。
毛先が朱で染まり、手首や足首に鱗模様が刻まれていた。
葉緩だけに見える不思議な蛇”白夜”は、眉をひそめて葉緩の額を小突きだす。
それに葉緩はムッと唇を尖らせ、胸を膨らませて虚勢にニンマリと口角をあげた。
「何を言ってるんですか! それを支えるのが白夜の存在ですよ!」
「はぁ……忍も落ちたものだ。わたしの本来の役目はこのようなものでは――」
「あっ! 主様だ! 白夜、戻って!」
白夜の吐露に聞く耳をもたず、葉緩は後方から近づいてくる桐哉の気配にいち早く反応する。
第一に主と姫。
忠誠心に関しては、歴代の四ツ井家の忍びでもトップクラスの高さ。
能力面も高いといえば高いが、なにせこの性格のためドジも多い。
危機管理の点で、葉緩の気を集中させるためにも、人に見えない白夜はあえて人前で隠れるように徹底していた。
しゅる……と蛇に戻った白夜は身体をうねらせ、草木の中に身を隠す。
これで準備は整ったと葉緩はハツラツとした笑顔で、周りに人目がないことを確認し、通学路の壁に背を預ける。そして指先を交差させて一言。
「忍法・隠れ身の術!」
得意の隠れ身で学校と外を隔てる壁に隠れる。
忍びの定番技であり、もっとも使用頻度の高い技だ。
葉緩もこの時ばかりは自信満々に布で姿を消し、任務兼趣味を満喫する。
周りの景色に紛れるのは慣れており、登校中の生徒は誰も気づかない。
完璧な忍術に葉緩は誇らしい気持ちになって、登校する桐哉の観察に徹した。