第39話「夫婦になろう」
ぐらぐら揺れて、雪さえも霞む。
取り押さえられ、わけもわからずに前へ前へと手を伸ばす。
憎らしいほどに淡く光る番の木の白さを呪ってやった。
***
何日が経過したかわからない。
頭はくらくらしたままで、身体は鉛のように重い。
里の隅に立地する地下牢に入れられ、洞窟の出入り口から差し込む光をぼんやりと眺めた。
柵の向こう側には見張りが立っており、葉名の言葉に耳を傾けようともしない。
地上の様子をまったく知ることが出来ず、だんだんと世界が色あせていった。
(蒼依くん、大丈夫かな。怪我、治ってるといいな)
柵に背を預け、膝を抱えて一心に祈るのは蒼依の無事ばかり。
何も出来ない状態に胃がむかむかとした。
気持ちを落ち着かせようとすると深呼吸をしていると、背後からドンドンバタバタと慌ただしい音がした。
錆びた音とともに柵を越えて依久が顔を出す。
「暗いなぁ。さすがは地下牢だな」
「依久くん……!」
「どーも。迎えに来たよ」
見張りをしていた者が縄に縛られ、隅に避けられている。
手際よく相手を気絶させ、澄ました顔をするのはさすが里長の息子だ。
優秀だが日の目をみない葉名の番。
依久の行動が読めずに葉名は息をのんだ。
「迎えって、私は」
「まぁ~、こればかりは仕方ないよなぁ。蒼依のこと、好きで両想いだもんなぁ」
チクリと刺すような言葉を受けても、葉名は負けじと汗を握る。
「ごめんなさい。私、あなたの妻にはなれません」
たとえ番だとしても、葉名の心は決まっていた。
愛したいのも結ばれたいのも蒼依だけだと、覚悟を決めて身を捧げた。
依久に真摯に向き合うことが葉名に出来る誠実さであり、償いであった。
葉名にとっては張り詰めた状況だが、依久は目を丸くすると吹き出すように笑った。
腹を抱えながら目尻にあふれた涙を指でぬぐい、葉名を見下ろして舌なめずりをする。
「別にいいよ。想い合う二人を引き裂くほどオレも残酷じゃないから」
依久にとって酷な話のはずなのに、淡々としゃべって葉名の腕を引く。
「ほら、行くよ」
「ちょっと、依久くん!?」
何がなんだかわからず、葉名はもたもたと依久についていく。
洞窟を抜けると、少し肌寒い乾いた風が肌をチリチリ刺す。
蒼依に会えると思うと、徐々に期待が高まり、地下牢から出ると外の眩しさに目を細めた。
人目を避けて番の木が根を張る草原にたどりつくと、木の下に人影を見つける。
白い光を浴びる姿に心惹かれ、目が合うとお互いに駆けだして抱きしめ合った。
「葉名!」
「蒼依くん!」
青い炎に心を焦がされた。
包み込まれるぬくもりに葉名は泣きたくなるほどに胸が苦しくなる。
「会いたかった、葉名」
「私も……会いたかったです」
求め続けた蒼依の背に手をまわし、頬を擦り寄せた。
この腕の中が葉名の心休まる場所。
怖いものなんてなくなるほどにやさしい。
番として結ばれることはないと知ってなお、抗えない恋情に蒼依と肌を重ねた。
掟に逆らったとしても蒼依のそばにいると。
誇れる自分になろうと一歩前に進んだ瞬間、恐怖よりも緊張が上回った。
浮足立つ蒼依と葉名を、黙って眺める依久が着物の袖を寄せて腕を組む。
こんなにも至近距離で見られていたとは……。葉名は頬を赤くしてそっと蒼依の胸を押す。
「あのっ……ありがと……「後はどうぞご自由に。オレは番でいるより傍観者の方が楽しいんだ」
依久が背を向けて去ろうとすると、蒼依が葉名の肩を抱いて依久を引き留める。
振り返ろうとしない背中に蒼依は深々と頭を下げた。
「恩に着る。……里を頼んだ」
「さっさと行ってしまえ。ほんとムカつくから」
あしらうように手をひらひらさせ、依久は未練のない様子でさっさと雪原を降りていく。
蒼依が顔を上げると、白い息を吐いて目尻を赤くしながらその背を見送った。
寒さに身体が冷え、指先がしもやけになっていると気づいた葉名が両手で蒼依の手を包む。
「私といっしょに里を出てくれますか?」
葉名のわがままに蒼依はくしゃっと笑った。
「いっしょに、どこまでも」
葉名の手を引いて番の木から離れようと歩きだす。
白銀の枝を見上げると、あいかわらず依久の枝に絡みついていた。
「里を抜けたらもう忍びではなくなる」
番の木以外に灯りのない空間で手を繋ぎ、里を抜けるための逃げ道へ向かう。
繋がった手に力がこもり、蒼依が異様に緊張していると気づいて葉名は親指でトントンと蒼依の手を叩いた。
決意は固まっていたとしても、生真面目な蒼依は掟破りにプレッシャーを感じているようだった。
「今度こそ夫婦となろう」
「はい」
今までで一番やさしい気持ちになり、蒼依との未来に期待する。
蒼依が一人で抱え込まなくてもいいように。強くなりたい。
素直になったことで、葉名は幸せとともに自分がどうなりたいかを思い描くようになった。




