第38話「愛してる。――求めてくれ」
「はっ……んぁ、はあ」
「求めてくれ。どうか俺を求めてくれよ。 ……頼む」
濡れた唇が糸を引いて離れると、蒼依はその場に膝をつき、頭を垂れた。
葉名の腰に手をまわし、懇願するように抱きついてくる。
「出会った時からずっと笑ってほしいと思ってた。はじめて笑顔を見たとき、本当にうれしかった。もっと笑ってほしいと思ってるうちに、それが俺の幸せだと知った」
お腹に押しつけられる蒼依の髪を指先でなぞった。
こんなにもしっとりと濡れた抱擁はないだろうと、思考に霧がかかりだす。
「葉名の幸せに俺を入れてほしいんだ。どうか俺を必要としてくれ。……愛してる、葉名」
これほど震え、満たされるものはあるのだろうか。
重なる想いは狂おしく、盲目となる。
その言の葉は穏やかさよりも情熱的というのがぴったりで、名前を呼ばれると全身が火照っていった。
(欲しい。求めずにはいられない)
殻に閉じこもってばかりだった葉名は、ついに殻を破る。
うつむいていられるほど、欲する気持ちは言うことを聞いてはくれない。
泣き虫で弱虫。
卑屈な葉名が求めていたのは、欲しいものに手を伸ばす勇気だった。
前向きに、心の底から好きな人を好きだと言える女の子になりたかった。
今、手を伸ばせばそんな人になれるだろうかと気持ちのままに腰を折り、蒼依の頭頂部に口付ける。
キスが降ってきて、蒼依が目を丸くして顔をあげた。
「……葉名?」
「わがままになってもいいですか? 蒼依くんの迷惑になりませんか?」
涙がとまらない。喉が焼けそうだ。
一度も自分を肯定したことのなかった葉名が、はじめて開かせた欲の花。
葉名はあるべき正しさに従い、相手にとって最善となる幸せを優先してきた。
本音を押し殺すどころか、自分の心に上書きしてしまう。
自信を持てず、見て見ぬふりをするのがお得意になっていた。
「本当は蒼依くんを幸せにしたかった! おこがましくても! 蒼依くんをあきらめなきゃいけないなんていやですっ!」
葉名の叫びに蒼依はハッとして立ち上がり、抱きしめる。
葉名の肩に顔をうずめ、かすれた声で葉名の耳元に唇を寄せた。
「愛してる。俺が生涯をともにしたいのは葉名だよ」
「……はい。私も、愛してます。蒼依くんと幸せになりたいです」
ゆらゆらと揺れる瞳に、ただたゆたう。
見つめあい、やさしいキスをした。
――番でないと理解しながらも目を瞑り、肌を重ねて里の決まりに背いた。
***
日が暮れ、夜の闇が森を包む。
葉名と蒼依は指を絡ませ、手をつなぎ歩いていた。
その道中で里の者がざわついていると知る。
葉名たちが人前に姿をあらわした瞬間、裏切り者を捕えようとする荒い叫びが響いた。
連理の枝に背いた者として里の者たちが二人を探していた。
「いたぞー! こっちだ!!」
とんでもないことをしてしまったと罪の重さに青ざめていると、蒼依が葉名の手を引いて走りだす。
「逃げるぞ、葉名!」
「あっ……!」
走ろうと踏み出すも、葉名の膝がカクンと折れてしまう。
思うように走ることが出来ず、背筋から冷たい汗を流した。
蒼依が葉名の身体を持ち上げて、一心不乱に走り出す。
蒼依に期待を向けていた人々が牙をむいて追いかけてくる。
葉名を憎悪するように松明をもって走っていた。
蒼依の着物を掴んですがるしかない葉名は、情けなさに嘆くしか出来ない。
(蒼依くんに守られてばかり。それでもしがみつくしか出来ない)
――それでもこの欲を捨てられない。
「くそっ、しつこいな」
「蒼依くん……」
里の入り口にある番の木がたつ草原。
走っても振り払うことの出来ない現状に不安と焦りが追い込んでくる。
うすらと雪が積もっているものだから、足場が悪くて思うように前に進めない。
「絶対に離すものか! やっと葉名が振り向いてくれたんだ! うっ!?」
「蒼依くん!?」
蒼依の身体がぐらつき、葉名を支えきれずに雪の上に倒れていく。
積雪にぼたぼたと赤が落ち、色の混じった雪に手をついた蒼依の前に葉名はしゃがみこんだ。
「今だ、抑えろ!」
「あっ……!」
容赦なく里の者たちが葉名と蒼依を引き離そうとする。
血を流しながら蒼依が里の者を押して抵抗するも、複数人に抑えられてしまい逃れられない。
出血がより一層蒼依から力を奪っていき、血色が悪くなるばかりだ。
「いやだ、離せ! 葉名! 葉名――ぅぐっ!?」
掟破りの者にたとえ里長の息子とあれど容赦はない。
後頭部を殴られ、蒼依は葉名が手を伸ばしたまま血に溶けた荒い雪に意識を飛ばした。
「蒼依くん!」
泣いて暴れるしか出来ない葉名に依久が駆け寄って肩をつかむ。
「落ち着け、葉名」
「あっ……いやあぁああ!!!」




