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第36話「私の番、枝の行方」

「先の予定ですが、オレにも番がわかりましたので安心しております」


腕を掴んでいた依久の手が肩にかかると、ゾッと血の気が引いた。

蒼依に見られている。番として枝が絡んでしまった相手と並ぶ自分が、蒼依に。


「よくご存知だとは思いますが、我が番となるのは葉名です」

「葉名……」


弱くか細い声に、胸が締め付けられる。

瞳を直視できない。

見てしまったら葉名は海のように音を鳴らしながら泣き続けるだろう。

悲痛に打ちひしがれるしか出来ない、弱気な女だったと思い知らされる。


「兄上には素晴らしい番がいるではありませんか。優秀な兄上は幸せものですね」


チクリと刺さる依久の毒針に蒼依は表情をしかめる。


「オレは不遇と泣きはしませんよ」


依久の言葉に蒼依は何も言い返さなかった。

苦悶に目を細めて依久の動向をうかがう。


「番がいるということは幸福です。番の香り、たしかに葉名から感じましたので」


挑発的な言葉に蒼依はカッとなり、唇を噛みしめる。

葉名もまたいたたまれずに首を横に振るばかり。


「……それは、満たされるものか?」

「えぇ、とても。番にしかわからぬ甘い匂いとはこの匂いのことなのですね」


その問いに依久はにやりとあくどく笑む。

チラリと穂高に目をやると、わざとらしく蒼依に擦り寄って鼻をスンと鳴らした。


「匂い……あぁ、これが番の匂いにあたるのでしょうか? たしかにこれは好ましいですね」


番の木の下に充満する一つの香りに頬を染める。

同じ香りかも知らぬ葉名は、蒼依から特別な香りを嗅ぎ取れない。


その事実に蒼依はショックを隠せない様子でうなずいた。


「……たしかに、この匂いは君から感じるよ」


もう限界だ。

あまりに辛く苦しい現実だ。

まぼろしはあくまで夢心地に揺らされていたようなもの。


葉名が蒼依と結ばれるなんて願いは、塵となるしかなかった。

わかっていて、それでも好きになった気持ちは誇らしいもののはずなのに……。

「どうせ」が勝ってしまう情けなさに叫びたくなった。


「来年、正式に葉名と夫婦になります。先に兄上が婚姻を結ぶ姿、楽しみにしております」


蒼依の繊細な心を突くように依久は言葉で詰め寄っていく。

肩をつかんでいた依久の手から力が抜けると、葉名はわき目もふらずに走り出した。


蒼依に手を伸ばす勇気さえない。

こんな時でさえ弱虫な自分が恥ずかしくて、涙もぬぐえない。


――所詮、この手は、花びら一つつかめない。


***


番の木は里の入り口からすぐのところに根を張っている。

里は忍びの秘術がかけられており、そう簡単に外の者には見つからない。

葉名は積雪の草原をくだった後、番の報告でにぎわう里をトボトボと歩いた。


雪のせいなのか、視界がかすむ。

家までの道はこんなにも遠かっただろうか。


「はーなっ!」


突如後ろから肩を組まれ、恐怖に振り返る。

依久がはりついたニコニコ顔で葉名を覗き込み、まるで親を困らせる少年のように頬を突いてきた。

嗅覚を刺激する甘さに、この人が夫となるのだと胸が締めつけられた。


「蒼依じゃなくて残念だったね?」

「私は、別に……」


嫌味な言い方だと、唇をとがらせると依久はケラケラと笑いだす。

葉名の肩をポンポンと叩きながらこの状況を楽しんでいるようだ。


「家柄的にはハズレだけど、これはこれでありだなぁと思うよ」

「……なぜ?」

「蒼依はずっと大切に育てられててさぁ。オレは比べられてきたわけよ」


誰にも見せなかった依久の闇を垣間見たような気がした。


里は長子を重んじ、男尊女卑の傾向が強い。

蒼依の影となり、育ってきた依久が多少ひねくれてしまうのも無理はなかった。


「ま、気楽でいいんだけど。ただつまらねぇ人生だなって思ってよ」


こうして笑っていられるのは強さなのか、諦めなのか。

灰色の瞳からは何も読めなかった。


「だから意外な結果が出て面白いと思ってるよ。見た? 蒼依のあの情けない顔。コイツもこんな顔するんだって思ったらおかしくておかしくて」

「バカにしないでください。これは番の木が示した答えです。蒼依くんは正しい相手と結ばれた。……それだけです」


蒼依を侮辱されるのだけは許せない。

依久の言葉に斬りかかるも、最後まで自信のなさから濁してしまう。


本音と建前の揺れが生じ、気持ちに目を背けるのは辛い。

恐れを力に変えることも出来ず、連理の枝が示す結果が葉名を縛りつけていた。


「だからこれも正解というわけだ」


わざとらしく葉名の髪を一房手に取り、匂いを嗅ぐ。


「まったく女としてあんたに興味はなかったが、さすがにこうも良い香りがすると気になるものだ」


にやりと笑い、葉名の髪を指で梳く。

何が面白くて笑っていられるのかと、葉名はイラっとして依久の手をふりはらった。

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