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第35話「花よ、舞え。散る前に」

番の木が根を張る草原を走り、じゃれあうように蒼依と笑いあう日々がいとおしかった。

まぼろしの世界に浸り、蒼依と過ごす時間に酔いしれていた。


「蒼依くん、見てくださいな! 私、新しい忍術が出来るようになったのですよ!」

「どんなの? 見せてよ」


誇らしげに笑う葉名に、蒼依は穏やかに微笑みかける。

葉名は深呼吸をし、指を交差させた構えをとった。


「視界封じ! 花よ、舞えっ!!」


風を呼び起こし、中心から花びらがあふれ出す。

ひらひらと乱れ舞う花びらは、視界を幻想へと連れていった。

花びらが草の上に落ちると、蒼依は一枚つかんで口元に寄せる。

何気ない仕草でも色っぽくて葉名は恥ずかしくなり、両頬をおさえて蒼依の反応を伺った。


「キレイだな。自分で考えたのか?」

「うん。蒼依くんをイメージして……」

「俺を?」


舞った花びらは青色だった。


目を丸くして花びらを見下ろす蒼依に、葉名は嬉しくなって口角がゆるみだす。


「私にとって蒼依くんは本当にキレイな人ですから」


葉名にとって蒼依は光り輝く人だった。

そんな蒼依を表現出来たらと思い、葉名は試行錯誤して独自の忍術を身に着けた。


「本当は美しい海を表現したかったのですが、私は海を見たことがございませんので」

「葉名っ!」

「きゃっ!?」


突如蒼依が葉名を抱きあげて、くるくる回って花びらを風に舞わせる。

まるで葉名の気持ちがそのまま花びらになったかのようで、恥ずかしさに頬を染めた。

地面におろされると、蒼依が葉名の肩に顔を埋めてやさしく背中を撫でてくる。


「好きだ、葉名。大好きだ。絶対……絶対に夫婦となろう」

「…………」


葉名もまた、蒼依の背に手を回す。

蒼依の言葉に返事は出来ず、心に引っかかりを残してまつ毛をそっと伏せた。


(返事の出来ぬ私はずるい。枝が結び付けばきっと私も……)


素直になれるのかもしれない。

灰色の雲が覆いかぶさる心も、蒼依と結ばれれば晴れるだろう。

悲観的な自分にサヨナラをしたいと期待に胸を膨らませ、蒼依に擦り寄った。


そんな風に夢をみたからなのか。

身の丈にあわぬ大願を抱いた天罰なのか。


――大樹の下、十六の年となった一の月。

積雪を踏みながら見上げた番の木は葉名の枝に答えを示した。


「枝が……」


(そんな、伸びた先が彼だなんて……)


「へぇ、こんな結果になるとは意外だなぁ」

依久よりひさくん……」


枝が伸び、絡みついていたのは蒼依の弟、依久の枝だった。

依久は着物の袖をあわせて、枝と葉名をジロジロと見比べる。


「これは貧乏くじを引いたのか。いや……でも面白いかもしれない」


蒼依の弟、依久は一つ下の十五の歳。

蒼依と同じ黒髪だが、瞳は灰色で冷淡な顔立ちをしていた。


ほとんど葉名と会話をしたこともなく、蒼依とも仲の良い印象はない。

里長の長子として皆から愛される蒼依に対し、依久は影になりがちで目立たない人だった。


「ほら、さっそく面白いことになりそうだ」


ニヤッと笑い、依久が指さした方には蒼依が立っている。

顔面蒼白になって葉名に向き、悲痛に拳を震わせていた。


「なんで……」

「蒼依く――」

「まぁ、やっぱり! わたくしの枝は蒼依様と絡み合っていますわ!」


雪道を軽快な足取りでのぼり、蒼依の腕に抱きついたのは副長の娘・穂高だった。

うっとりと艶やかに口を笑ませる姿に葉名の胸に鉛がのっかかる。


「これでわたくしと蒼依様は夫婦ですね。 正式に嫁ぐ日が楽しみですわ」


うろたえる蒼依に葉名は現実を知る。

蒼依の枝が絡んでいたのは、穂高の枝だった。

葉名は思わぬ相手と絡んでしまい、反応に困って言葉に詰まる。


「穂高、俺は……」

「兄上。無事に連理の枝が実りましたこと、お喜び申し上げます」


依久が葉名の腕を掴むと、強引に蒼依の前へ立たせる。

今は蒼依の顔を直視できないと後ずさろうとしたが、依久の手は力強く抵抗が出来ない。

葉名の憂いを気にも留めず、依久は慣れた動作でニタリと口角をあげていた。

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