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第33話「反論できない、弱い自分」

ぶつけた箇所が青あざになったのだろうと、痛みが現実を刻む。

うつむいてばかりの葉名に目も向けず、穂高は髪をほどいて艶やかな髪を背中に流した。


「それではまた」


ニコッと微笑む姿に周囲にいた男性たちは釘付けになる。

番がいる者以外は、みんな穂高に美しさに夢中だ。

華やかで、強いくノ一として育てられた穂高は一度たりとも葉名を視界に入れようとしない。


(仕方のないこと、この里で我が家の立ち位置は低い)


途絶えるはずだった落ちぶれた忍びの家と、代々と連理の枝に導かれ繋いできた家系。

拾われただけの葉名が並ぶことさえおこがましい。


(あぁ、どうして私はこうも悲観的なのか)


葉名を縛り付ける暗い考えが行動を制限する。

メソメソしていても仕方ないと、葉名は義父の機嫌取りで慣れてしまった笑顔を貼りつけた。


「私も戻りますね」

「待ってくれ……!」


去ろうとする葉名の手を取り、蒼依は切ない視線を向けてすぐに目を反らす。

ふところから貝殻を取り出し、無理やり葉名の手のひらに押し付けて握らせた。


蒼依の手が離れると、葉名は手のひらに収まった小さな貝を開いてみる。

それは稀少な塗り薬で、葉名にはとても高価で買えぬものだった。


ズシっとのしかかる罪悪感に、葉名は焦って蒼依に前のめりになった。


「……こんな高価な薬、受け取れません」

「お願い。これは俺のわがままだから……」


両手で葉名に貝殻を握らせて、懇願するように額をつける。

切実な想いに、葉名は喉の奥が焼け付く感覚を味わった。


(ずるい人。こうして蒼依くんは私を振り回すのですね)


その手を振り払えないのもまた、浅ましい。

まるで絡みついて離そうとしない蛇のような女だと戒めていた。


***


里の隅にあるかやぶき屋根の小屋。

連理の枝を確認した後、山菜を積んで布袋に入れて帰路につく。


「ただいま戻りました」

「ああん? なんだ、葉名か。飯はまだか?」


古びた板の間に肘をついて寝転ぶ滋彦。

鼻のてっぺんまで赤くし、何度もしゃっくりをしている。

小さなおちょこを手に葉名をジロリと眺めていた。

帰ってきたばかりの葉名に食事はまだかと問うほどに、思考は働いていない。


「義父上、こんな時間からお酒を飲んでいてはまた里の者に何を言われるか……」

「うるせぇ! 養ってるのはオレだろうがっ! 文句言ってんじゃねえ!」

「きゃあっ!?」


おちょこが投げられ、葉名の横を通過する。

壁にぶつかるとおちょこは真っ二つに割れていた。

こうして滋彦が苛立ちを葉名にぶつけるのはよくあること。

着物で隠れてはいるものの、時折葉名の身体にはあざが出来るようになっていた。


「まったく、トロい女だ。くノ一ならばこれくらい避けて当然だ」


こうして何度も葉名は侮辱の言葉を受けている。

幼い頃より言われていたため、刷り込まれたように葉名も自身をそう思っていた。


ビクビクと何も言えず俯くばかりの葉名に滋彦はため息をつく。

小さな声で謝罪し、震えていたところ帯から蒼依にもらった貝殻が落ちや。

「あ……」と声をもらして手を伸ばそうとしたときにはすでに遅い。


「所詮、良家と繋げるために拾ったようなもの。枝さえ結び付けば……おっ?」


地面に落ちた貝殻を見て滋彦は目を丸くする。

よたよたした足取りでそれを拾い、中を確認するやニヤリと口角をあげた。


「なんだぁ、ずいぶんと高い塗り薬だなぁ。まさか“あの坊ちゃん”にもらったのか?」


“あの坊ちゃん”とは蒼依のことである。

里長の長子である蒼依を特定する言葉として裏でそう呼んでいた。

ニヤニヤと赤くなりながら滋彦は貝殻を懐にしまう。


「お前もやるなぁ。よくお前に絡んでくるもんなぁ。そちらの才能はあるようだ」

「私は……」


とっさに蒼依を巻き込みたくない、と滋彦に抵抗を示す。


だが威圧感のある滋彦の目つきに、葉名は言葉を奥に引っ込めた。


「必ず蒼依をものにしろ。ムカつくが長の息子だ。そうだな、蒼依がダメならば弟でも構わん」


おちょこが割れてしまったため、徳利に入った酒をそのまま喉に通す。


「いいか、必ずだぞ!」

「……はい」


――あぁ、とても悲しくて悔しい。

まるで儚い桜が散って、それを踏みつぶされている気分だ。

蒼依の代わりになる者はいないというのに、軽く扱われると堪忍袋の緒が切れそうあ。


(なのに私は反論が出来ない)


前向きに物事をとらえられない。

蒼依を好きという気持ちにさえ、後ろめたさばかりで言葉は音にならなかった。

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