第30話「禁術」
「かかったり」
風をまとうは葉緩の十八番。
花も風も、乗っ取って葉緩は自分の力に変えていく。
「忍法【花嵐】!」
「うっ……キャアアアアアアッ!!」
凝縮された花びらの塊が弾丸のように佐和にぶつかった。
風の勢いと花びらをあわせ、強烈な一撃を食らわせる葉緩のお得意技だ。
直撃した佐和は壁にたたきつけられ、ダメージに身体を震わせる。
あまりの衝撃にろくに動くことが出来なくなり、がっくりとうなだれて弱体化していた。
決定的な勝利に葉緩は腰に両手をあて、大胆不敵に口角をあげた。
「こう見えて私、優秀なので!」
四ツ井家の忍びは伊達じゃない。
葵斗には通用しないので、久々に己は優秀な忍びと実感してふんぞり返る。
それを見ていた葵斗がうっとりと目を細め、極上の甘さをもって葉緩に手を伸ばした。
「葉緩カッコいい、もっと好きになった」
「あわわわわっ! 葵斗くん、離してください!」
「やーだ」
まるで愛らしき動物を愛でるように抱きしめてくる。
胸に顔が押しついてしまい、息苦しくなって慌てて手足をばたつかせた。
だが力では勝てない。
普段は脱力しがちな葵斗ではあるが、こうして距離が近くなると鍛えられた男性だと実感する。
この腕からは逃れられない。
少しだけ早くなった鼓動にソワソワしながら葵斗の背に手を回す。
(ほんと、自由な方です)
ドキドキする胸の高鳴りはもう見て見ぬ振りができない。
自分の幸せを考えるとは、なんと歯がゆくて難しいのかと深いため息を吐いた。
とはいえ、うじうじしてはいられないと葉緩は葵斗の胸を押す。
切り替えて倒れた佐和に歩み寄ると、膝に手をついて様子をうかがった。
(結構、強めにやってしまいました。……大丈夫でしょうか?)
直接誰かと対決するのははじめてのため、力加減がわからなかった。
さすがにやりすぎたと心配になり、佐和に手を伸ばす。
「忍法……【心象風景】」
手が触れる直前、弱々しかったが低く唸るような声で佐和は攻撃の意志を見せる。
鋭く斬りつける眼差しが葉緩をとらえ、黒いモヤが葉緩の内側に襲いかかった。
「禁術混合【誹刺諷誡】!」
誹刺諷誡、それは人を批判し間接的に戒めるということ。
心象風景、心の中で思い浮かぶ風景をさす。
禁術とはあまりに危険なため、使用してはならないと忍びが封じた技だ。
佐和が放ったのは、忍術の組み合わせでより高度となった扱いの難しいものだ。
二つの技が混ざり、葉緩の精神領域に侵食して割れるような痛みが走る。
葉緩が意識的、無意識的に抑え込んでいたネガティブな感情が引き出され、飲みこまれていく。
「葉緩っ!」
視界がかすんで、光が見えなくなる。
葵斗に身体を支えられるも、どんどん意識が技に飲み込まれて遠のいていった。
「葉緩、葉緩……! 佐和、葉緩に何をした!?」
「別に、彼女の中に戒めるべきことがなければなんの問題もない術よ」
強気に佐和はニタリと笑うも、口から血を流している。
禁術は使用者にも反動があり、佐和も例外ではなく血を吐いて息を切らしていた。
「眠りに落ちたってことはなんらかの罪の意識があるのね」
「罪の意識?」
「葵斗、その女は裏切りの子孫。あなたは正当な望月家の忍。本来の番と結ばれるべきよ。その女は相応しくない」
佐和の断定的な言い方に葵斗は口を開くも、言葉を詰まらせる。
「ねぇ、本当は匂いなんてわかってないんでしょ?」
「……別に。匂いなんてどうでもいいんだ。葉緩ならなんだっていい」
「やめて! そんな里から出た者を」
「もし、裏切り者だから認めないのなら。……俺もふさわしくないよ」
「何を言って……葵斗?」
あぁ、ダメだ。二人の会話を聞き取るのも難しいくらい意識が落ちていく。
何も考えられなくなり、潜在意識の中に取り込まれていくなかで、葉緩は嗅いだことのない潮の香りを脳裏によぎらせた。
葵斗の海が濁っている。内側に、侵食されているのは葉緩だけではなかった。
「俺もまた、抜忍だから」
「どういうこと?」
どこまでも深く沈んでいく。
青さを失った深海へと溺れて、身体の感覚を失ってクラゲのように漂うばかり。
まどろみの中、目を開くと口から泡が出た。
これが心象風景だとして、飲み込まれた状態では指先ひとつ動かせない。
苦しい。涙が止まらない。
この張り裂けそうなほどの悲痛さを……“私”は知っている――・




