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第3話「文句も言えないファーストキス」


 どっと疲れた数学授業からの一日が終了へ。


 二年生になり、桐哉と柚姫のラブラブカップル化計画を頑張ると気合いを入れていたのに、葵斗という異物が入ってきた。


 はじめはイケメンがやってきたと騒がれたものだが、いつの間にか静かになっていた。


 それもまた不思議だと、葉緩にはわからない黄色い声事情に首を傾げざるを得ない。


 イケメンなのはイケメンであるが、葵斗は他人に関心がなく反応を示さない。


 おだやかに微笑み返してくれる桐哉とは根本的に違うモテ方であり、女子たちは遠巻きに見るようになっていた。

 

 それはそれで葉緩は良いと思っている。

 疑問なのは、葵斗が転校して早い段階で桐哉と仲良くなったこと。


 これだけ人がいて、唯一桐哉に興味を示したことが不可解だ。


 モテモテな二人組だと訝しげに睨んでいると目があうようになり、今では葉緩に絡んでくるようになった。

 

 距離を詰められ、気づけば抱きしめられている。


 あきらかにおかしい事態。

 くノ一である葉緩の動きが捕捉されるのは、何か裏があるに違いない。


 忍びであるがゆえ、目立たないように匂いを消しているのに、壁と一体化しても葵斗に見つかってしまう。


 いち早く桐哉と柚姫には結ばれてもらい、葉緩も葵斗から解放されようとますます気合いを入れていた。


 じれったさも良いが、やはりちょっと強気にいってほしいと心の中で声援を送る。


「ん?」


 教室で一人帰り支度をしていたところ、ピタッと手を止める。

 目を輝かせて口角をあげながら、教室の隅っこに大きく飛んで後退した。


(これは姫の気配! 主様不在の今、私めがしかとお守りいたします!)

 

 察したのは柚姫の気配で、桐哉不在時に葉緩は柚姫の守りに徹するのが決まり。


 ただし余計な介入はしないと決めており、即座に壁となって見守ろうとくノ一の面となる。

 

(忍法・隠れ身の術!)

 

 慣れた手つきで壁にくっつき、得意の忍術で姿を隠す。


 誰にも見つかったことのない葉緩の得意技で、どの忍び技よりも役立つことからお気に入りでもあった。

 

 教室の扉が開き、柚姫が教室の中へ入る。


 何か落ち込んでいるようで、小さくため息をつきながら黙々と帰り支度を進めていた。


 元気がないのは気がかりだと思いつつ、息をひそめるしか出来ないので現状歯がゆいばかり。


 くノ一だとバレるわけにはいかないので、手出しは我慢と唾を飲みこんだ。


「せっかく出来た友達に嫉妬しちゃうなんて、ほんとにやだ……」

 

 ぐすっと鼻をすすり、涙を流す柚姫。

 か細い声であろうと聞き逃しはしない葉緩だが、拾った言葉に動揺しないのは無理だ。

 

(な、何故泣いて? 誰が泣かせたのですか? 姫を傷つけるとはなんたる無礼を!)

 

 柚姫から笑顔を奪うのは絶対に許せないと腹を立てるが、壁から離れることの出来ず悔しさに目をそらすだけ。


 魂の主である桐哉の幸せを願い、悟られることのないよう一定の距離を保つ。


 それは必然と柚姫に対しても同じことだ。

 

 ただ平穏に結ばれてくれればいい。

 余計なことをせず、隠密に行動する。それが忍びだ。


 締めつけられる胸の痛みに目を反らし、声を押し殺して涙する柚姫を傍観した。

 

 ――カタン、と。

 扉がいつのまにか開いたようで、壁と化した葉緩の前を風が通過する。


「望月くん?」

人影の正体は葵斗で、気配もなく現れた葵斗に葉緩は息を呑む。


忍びとして鍛えられた葉緩が気配に気づけないとは、ほぼありえないこと。


それこそ葉緩の父か、同じくらい鍛えた見知らぬ同族くらい。


 葵斗は相変わらずボーッとしているが、柚姫をみる目はどことなくやさしく見えた。

 

「徳山さん、泣いてるの?」


 葵斗の問いかけに柚姫は涙を拭い、笑って誤魔化す。


「やだ、見られてた? 恥ずかしいなぁ、忘れて」

「桐哉のことで悩んでるの?」

「……わかっちゃう?」

「うん。見てればわかる」

「そっか」


 トントンと進む二人の会話に葉緩はついていけない。

 

(どういうこと? 見てるって、まさか望月くんって姫に好意を抱いてるの!?)

 

 一瞬、イヤな考えをしてそれだけは許せないと葉緩は牙をむく。


 柚姫は桐哉の運命のため、葵斗に手を出されては困るというもの。


 なにがなんでも阻止しなくてはと悶々とするが、今は壁だから邪魔することのできないもどかしさに歯を食いしばった。


 こうして桐哉と柚姫の恋路を推すたびに、葉緩のなかにあるどデカい感情は方向を狂わせる。

 

「望月くんは何も思わないの?」

「んー、思う事はあるけど大丈夫。ちゃんと証拠はつけてるから変な虫はこないよ」

「それは知らなかったなぁ。ちゃ~んと見てみよっと」


(望月くんはすでに姫に手を出してると? そんなことは認めない! 姫には主様が――)


 途端に、葉緩は自分の気持ちがよくわからなくなり、気持ちが冷え込んでしまう。

 桐哉は葉緩にとって魂の主、柚姫はその伴侶となるべき人。だが同時に友人だ。



(これは”ワガママ”だ。 姫の気持ちを考慮してない。 ……でも私はずっと主様の幸せを願っていて)


「ありがとう、望月くん。少し元気出た。これからも仲良くしてくれたら嬉しい」

「うん、いいよ」


 ゆるやかに微笑む葵斗を見て、柚姫は調子を取り戻したようだ。


 キラキラと朝露を浴びて、花を咲かせるひまわりに似た笑みを浮かべていた。


 カバンを手に、葵斗に振り返ってニッと口角をあげる。


「それじゃ、あたし帰るね。ちゃんとリセットして頑張らないと。望月くんもあんまり寝てばっかりだとダメだからね!」


 もう涙はない。凛として顔をあげると、カバンを手に教室から出ていく。

 それを見送ることも出来ず、葉緩は壁に隠れてうつむくしかなかった。


(……姫、帰ってしまわれた)

 

 葵斗が教室に残っているため、壁から離れることが出来ない。

 

 話してスッキリしたのだろうか?

 そんなモヤモヤが付きまとう。


(出来れば姫には主様を好きになってほしいんだけどなぁ)

 

 ガタっと椅子が動き、葉緩は息をひそめて顔をあげる。

 障害物となる椅子をずらし、まっすぐに歩き出す葵斗を壁に隠れながら観察した。


 葵斗が教室から出ていったら壁から離れて帰ろう、そう思って息を引っ込めた。


(あれ、なんか近いぞ? んん……?)


 扉に向かっている……はずだったのに気づけば葵斗が目の前に立っている。

 特殊な布を使い、壁と一体化して見える状態の葉緩は首を傾げるばかり。

 

 そんな隙だらけの葉緩に、思わぬ出来事が訪れた。


(んん? なんぞや、これ。なにか、感触が……? 壁布になにか押し当たって……)

 

 その感触が離れたあとも、葉緩は言葉を発することが出来ない。

 葵斗の瞳に映るのは“壁”だ。


(おかしいですよね? 私はなにをされたのでしょうか)


「やっぱ、いいな」

 

 クスッとやわらかく微笑む葵斗。

 マシュマロのようにふわふわした姿に葉緩は無表情で硬直した――。



「絶対に振り向いてもらうから」



 ――再び布越しに不思議な感触が重なる。

 無表情を貫いているが葉緩の思考がグルグルとまわっていた。

 

(心臓がおかしいです。だめ、動揺は気配隠しに影響が!)

 

 しばらくして満足したのか、葵斗が離れるとあっさりと教室から出ていった。

 葉緩は腰を抜かし、布を手放して壁伝いに床に座り込む。


「なんだったの? 壁にキスとか……いつも眠そうだけど寝ぼけすぎては?」


(そもそも彼はボディタッチが多すぎです。いくらなんでも壁にキスをするのはどうかと思います)

 

 観点がずれている認識はアホの子・葉緩にはない。

 隠れていることはばれていないと、それが葉緩にとって重視することだ。


 結局のところ、葵斗の奇行でしかなく、壁にキスをする物好きとして葉緩は認識した。

 

「よくあるぬいぐるみにチューする感覚? でも壁だよ?」

 

 考え込みながら唇に触れてみる。

 長いまつ毛を伏せたキレイな葵斗の顔を思い出し、葉緩は赤く茹であがった。


 いつもの謎めいたボディタッチとは違い、唇を重ねることには意味を感じた。


「……私のファーストキス。 いや、壁越しだからノーカン……」

 

 桐哉と柚姫のキスならばどれだけ興奮したことだろう。

 よくわからないまま重ねてしまった唇に、葉緩の思考はショートした。

 

「……帰ろう。 今の状況、無為無策なり」


 結局、現実逃避。無心になろうと葉緩は素早い動きで帰路についた。

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