第29話「戦うくノ一、四ツ井葉緩です!」
荒れた教室でほくそ笑む葉緩に、佐和はあんぐりと大口を開けて絶句する。
グッと奥歯を噛みしめたあと、怒りに身をまかせて強く腕をなぎ払った。
「ふざけないで! イチャイチャとか馬鹿にしてるの!?」
「ふざけてません! 私の信念は大切な人たちが結ばれて幸せになってもらうことです!」
譲れないことはバカにされても貫いてみせる。
葉緩にとって重きを置いているのが、自分以外の幸せだったという話。
今までは桐哉と柚姫を特別視していたが、そこに誰かが増えても葉緩の目指す道は変わらない。
「葵斗くんのこともそうです! 葵斗くんの幸せが私にあるというなら、ちゃんと考えたいのです!」
逆を言えば、相手の幸せと自分の幸せの正しい比率がわからない。
自己犠牲の精神が優勢であった。
ようやくそのことを自覚し、なぜこうも自分の幸せに無頓着なのか。
そこだけが腑に落ちず、曇った気持ちを抱いて佐和から目を反らした。
「……それで大切な人が幸せになってくれれば、私はそれで満足なのです」
「葉緩、一つ訂正して」
葉緩の言葉を受け、葵斗がすべてを飲み込む海の瞳で葉緩をとらえる。
深い色に見つめられると溺れそうになり、肩がすくんで息が止まった。
「葉緩が好きな人と結ばれて幸せになること。大切な人と一緒にいて幸せになること。これ、外しちゃダメだよ」
魅入られる。
桐哉と柚姫、家族の幸せを願ってきた。
それが当たり前と思っており、葉緩のためにある幸せは別にあると考えたこともなかった。
いつだって忍びとしてあるべき姿を目指している。
主と姫が子々孫々歓びに包まれてくれればよかった。
それが幸せであり、それ以外に幸せを求めたこともなかった。
葵斗は葉緩の幸せに選択肢を増やしてくれる。
一本しかなかった道に新しい道が築かれた。
「葉緩が幸せにならないと、葉緩を大切に想う人は寂しい思いをするんだから」
「……ホント、ずるい人です」
他者から願われる幸せとはなんとくすぐったいものか。
これでは目をそらすことさえ出来ないと、葉緩はふてくされて口をとがらせる
さすがの葉緩でも気づかずにはいられない。
すでに葉緩は葵斗の広げた沼にはまっていると。
溺れそうになるほどの愛に、葉緩はもう逃げたいなんて思わない。
(少し、欲をもってもいいでしょうか? 女の子としての幸せを知りたいなんて)
その想いに返せるものがあるのなら、見つめ返したい。
いまだに胸に引っかかるものの正体は見つけられない。
それが原因で自分の気持ちを直視できなかった。
番だなんだと、匂いがわからないのももうどうでもいい。
結局、葵斗に嫌悪感を抱いていない時点で、すでに掌握されていたようなものなのだから。
いつまでたってもスッキリしない感覚は力技で投げてしまおう。
自分事は苦手だとしても、誰かの存在ありきならば強くいられるのが葉緩の長所なのだから。
「佐和さんが私の幸せを邪魔するなら戦います! 大切な人の想いを阻止するなど邪道!」
「葉緩……」
ふわふわのマシュマロみたいだ。
目を細めて笑う葵斗に、今までに気づかなかった胸の高鳴りに気づく。
(な、なんでしょう? これは……キュン、というものですか?)
自分の気持ちを認めたとたん、こうもわかりやすく音が鳴ると羞恥心をあおられる。
(あぁ、くそぅ。これってでろでろの甘々というやつではないですか?)
これでは負けられないと、欲張りであきらめの悪い精神に笑った。
「忍としての誇りをもって正々堂々と戦わせていただきます!」
これは自分と葵斗の道を進むための戦いだ。
指を交差させて佐和に向かって大きく前に飛び出した。
「忍法・【桜花爛漫】!」
薄紅色が視界を一色に染める。
桜の花びらが舞い、視界を閉ざされた佐和が後退しながら腕を振って花びらを叩いていく。
「くっ……! 視界を狂わせる忍術ね。こんなもの、わたしの忍術で」
手のひらを天井に向け、肺がいっぱいに膨らむほど息を吸い込むと、勢いよく手を下す。
突風が葉緩に真っ直ぐに向かう。
「忍法・【塵旋風】!!」
渦巻き状に回転した風が幻術の花びらをとらえ、一瞬にして視界をクリアにする。
同じタイミングで葉緩は口角をあげ、勝ち誇った意地の悪い笑みを浮かべながら佐和を視覚にとらえた。




