第22話「早く好きになって」
夕方になり、チャイムが鳴り響く。
緊張から解放された生徒たちがざわつきだす教室で、葉緩は大きく伸びをした。
(テスト終わりましたー!)
達成感に意気揚々としていると桐哉が寄ってきて、葉緩はサッと立ち上がり背筋を伸ばす。
「お疲れ様。赤点は免れそうか?」
「多分大丈夫です。桐哉くんはどうでしたか?」
「オレもそこまで勉強得意ではないからなぁ」
あまり良い成果とはならなかったのだろう。
桐哉は苦笑いをして、返事をぼかす……と思えば意地悪く口角をあげて葉緩を見下ろした。
「数学は得意だけどね」
「……桐哉くんって結構意地悪ですよね。実は喧嘩っ早いですし」
「はは……忘れて」
中学生の時、桐哉は喧嘩っ早い性格をしていた。
荒くれものとして周りからやや引かれていた扱いだったのは、今では葉緩のみが知ること……。
「葉緩、パフェ食べに行こ?」
桐哉と話していると、そこにほわほわの微笑みを浮かべる葵斗が割り込んできた。
そういえばテストの時間、葵斗は教室にいただろうか?
集中していたため、まわりの気配を探ることは放棄していたと疑問を抱く。
(まぁ、いいです。どうでもいいのです……です……)
あえてスルーを決め込み、息を長く吐いて切り替える。
「では桐哉くんと姫も……」
「二人で行ってきな」
桐哉の言葉に葉緩はギョッとして慌てふためき、手に汗を握る
「な、何故!?」
「葵斗は二人で行きたそうだし。友だちの恋路は応援したいからな」
「なっ……なななな……!」
「だって、葉緩。桐哉が応援してくれるって」
何かがおかしい。明確におかしい!
桐哉にこう言われてしまえば葉緩は断ることが出来ない。
友だちの恋路……と言われると、この流れでは桐哉は葵斗の味方についたということ。
桐哉が葵斗の気持ちを知っており、葉緩に近づくことを許しているということだ。
(な、なんてことに! こういった主様の願いは想定外!!)
これは善意だ。
桐哉の純粋なる応援だ。
葉緩が邪念ばかりのため、素直に受け取ることが出来ていないだけ。
桐哉の目を見ることが出来なくなってうつむいてしまうのも、葉緩に雑念があるからだ。
落ち込むのは違うち知りながら、葉緩は受け止め方に迷ってしまう。
その姿を妙に思った桐哉は、眉をひそめて葵斗を一瞥する。
「何したの?」
「別に何もない。行こ、葉緩」
「おい、葵斗。変なことはするなよ」
桐哉の忠告に葵斗はにっこりと笑うだけで、呆然としたままの葉緩の首根っこを掴んで引きずっていく。
しょぼくれたまま顔をあげ桐哉を見ると、困ったように微笑んで手を振ってくる。
あぁ、桐哉は葵斗側についたんだ。
共に過ごした時間も儚いと葉緩は敗北を認めて手を振り返した。
***
流れで行き着いたのは、レトロな雰囲気の喫茶店。
他に客のいない静かな店の角席で葉緩はずっと俯き、葵斗の顔を見まいと意地を張る。
抹茶パフェが運ばれてきても、手を伸ばしがたい気持ちに身が震えた。
「葉緩、食べないの?」
「……望月くん、私は」
「葵斗。名前で呼んでよ」
おだやかに微笑まれると妙に恥ずかしくなって、顔が火照ってしまう。
瞳をじっと見れば、神秘の色に飲み込まれそうになった。
青色の瞳。いや、エメラルドグリーンがふさわしい?
まるで海のような色合いに魅入られてしまうと、葉緩は息をのむ。
喫茶店ではBGMが流れているのに、聞こえてくるのはなぜか波の音だった。
「葵斗くんは……どうして私を好きだと言うのですか?」
名前を呼ぶのは喉が焼ける。
潮水をのんだら辛くて喉がやられる感覚に似ているだろうか。
なにせ、葉緩は海を見たことがない。海の辛さは想像できなかった。
「葉緩がかわいいからだよ?」
「かっ――!?」
直球すぎてキャッチ不可。
桐哉と柚姫の応援に徹していた葉緩は、誰かの恋愛対象になるのがはじめてで受け止め方がわからない。
人を初心だと言うわりに、葉緩こそ初心の塊だ。
うろたえていた葉緩に、葵斗はパフェといっしょに運ばれてきた抹茶オレを口にする。
カップを置いたときに、いつも以上にゆるくなった雰囲気で口を開いた。
「いつも全力で行動していてかわいい。……桐哉が軸になっているのは妬けるけど」
褒めているのか、怒っているのか、よくわからない。
チクチクと針を刺された気分だ。
実際に葉緩に釘をさしているのだろうが、いつまでも避けてはいられない。
葵斗の行動は葉緩に影響をきたしている。
今後のためにもクリアにしないと先に進めないと判断し、勇気を振り絞って向き合う選択をした。
「どうして私が桐哉くんを軸に行動してるのがわかるのですか? あと、何故隠れている私に気づくのです?」
「見てればわかるよ。ずっと葉緩のこと、見てるから。場所は……匂いでわかっちゃうかな」
笑って語る葵斗だが、葉緩にはそれが納得できない。
人一倍匂いに敏感なはずなのに、葉緩は葵斗の匂いを嗅ぐことが出来ずにいた。
葵斗にはわかり、葉緩にはわからない匂い。
番の証があるとすれば、葉緩が気づかないはずがない。
葵斗はあまりにイレギュラーすぎる。
「私は人に馴染むよう匂いを消しています。 だから鼻がよくても気づかれるはずがないのです」
「匂い消しで消せる匂いではないから。俺と葉緩、二人にしかわからない特別な匂いだ」
「理解できません」
「自然と気づくものだよ。……俺がそうだった。葉緩の親もそうして結ばれたんじゃないの?」
その言葉に葉緩は葵斗から目をそらす。
ありえない。確信が得られずに葉緩はふてくされるばかり。
パフェに乗った抹茶のアイスクリームは溶けていく一方だ。
「そんなこと、父上も母上も話してくれたことはありません」
忍びには運命の相手の匂いがわかる。
それがすべての忍びに共通すると聞いているが、実態はあいまい。
少なくとも四ツ井家はそういう家系だ。
匂いがわかったところで、それが確実な幸せでないとも知っている。
葵斗が仮に忍びであり、葉緩と縁のある香りの持ち主だとしても反応が形にならない。
運命の人と言われたところで、実感が伴わなければ選択に手を伸ばせないものだ。
たとえこの胸が高鳴っていたとしても、葉緩が決めることではない。
忍びの生き方は、本人の意志より絶対の規律がある。
藤の瞳がゆらゆら揺れて、まっすぐに見つめるべき葵斗の顔が歪んで見えた。
「私と葵斗くんは……そういう関係になる運命と言いたいのですか?」
その問いに葵斗はふわりと一等にまぶしく微笑んだ。
「うん、そうだよ。 だから俺のこと、早く好きになって」
直球すぎる想いに許容範囲が越え、葉緩のときめきが音をたてた。




