第16話「マーキングされるとは何かがおかしい」
涙のしょっぱさが混じると、おいしさを100パーセントで味わえないことが余計に泣けた。
渋い顔をしていると、柚姫が頬を染めて指先で口元を隠す。
「だいたーん。これって間接的にマーキングしてるのかな?」
柚姫は何を見ているのだろうと首を傾げつつ、口の中で堪能したドーナツを飲みこんだ。
「おいしかったです! ごちそうさまです、姫!」
「喜んでくれたならよかった」
「なに? ドーナツ? 美味しそうだね」
そこにひょっこりと桐哉が顔を出し、柚姫のとなりに並んだ。
「桐哉くっ……は、は、ひゃわい!」
朝の登校時間、ほとんどの人が教室に集まった状態で美男美女がイチャイチャ……もとい、仲良く会話をはじめようとしている。
これはチャンスだ、と葉緩はすかさず紙袋の中身を桐哉に見せ、にんまり顔を決めこんだ。
急な接近に柚姫は激しく動揺し、声を裏返らせてカバンからもう一つ紙袋を取り出して桐哉に押しつける。
「桐哉くんもよかったら食べてください! 全部っ!!」
柚姫は桐哉のことになるとすぐに余裕をなくす。
頬を両手で押さえて自席へ逃げてしまった。
ちょうどそのタイミングにチャイムが鳴り、教師が入って来たことで生徒たちがワラワラと着席した。
その騒がしい隙に葉緩はこっそりと桐哉の表情を確認する。
ピンと張った背中に桐哉はクスクスと笑っていた。
「姫が動揺されてますが」
ひそっとした声で桐哉に問いかける。
「あー……うん。昨日、家まで送ったんだけど。その時、徳山さんのお母さんに夕飯もご馳走になって」
思い出して微笑む桐哉に、葉緩は口をあんぐりと開けて肩を浮かした。
「……それだけなんだけど」
「おーい、松前。さっさと座れー」
「あ、すみません!」
教師の注意を受け、桐哉は葉緩に手を振り去っていく。
照れ笑いをして頬をかく姿に、葉緩は“両片想い!!”と悶絶して足をジタバタさせた。
(もう! 最高ですか! いや、最悪です! 二人のイチャイチャ下校を見逃しただけでなく、家庭訪問まで!)
全く“それだけ”の話ではなかった。
むしろもっと詳しく、と詰め寄りたいのを我慢する。
桐哉と柚姫のイチャイチャを見逃したことは忍びとしての大失態。
使命である主の子孫繁栄。
その一歩を踏み出す場面を見逃したと強烈なショックを受けていた。
「ぐぬぬ、望月 葵斗、許すまじ!」
その日の最初の授業、葉緩は後ろに座る葵斗を背中で射殺す気持ちで怒りに燃えていた。
***
体育の授業は隣のクラスとの合同で、クラス対決でバレーボールが行われる。
柚姫に飛んできたボールを葉緩が前に出てレシーブし、ルールを無視し、そのままジャンプをして相手コートに打ち込んだ。
あまりの身軽さと、徹底した防御に注目を集め、まわりがざわめきだす。
「つよっ! どんだけ軽々しくジャンプしてるのよ!」
バレーボールとは繋ぐリレーのはず……。
自己完結して葉緩はほくそ笑むと、キュッとシューズを鳴らして柚姫の前に飛び出す。
「姫、無事ですか!?」
「大丈夫だよ、葉緩ちゃん。カッコいい!」
「えへ、えへへ。 姫に褒められると嬉しいです!」
「葉緩ちゃん大好きだよー!」
目立たないことを美徳とするはずの葉緩だが、柚姫への攻撃には派手に出る。
まるで忠犬だと、この場にいる者は葉緩から尻尾が生えているように見えていた。
「また目立ってる。アタシは知らないからね」
今までは柚姫に強く当たっていたクレアだが、あのクッキー事件以降身を引いている。
二人の仲の良さに若干引いている……と言った方が正しいだろう。
あれでは周りが違う方向に勘違いするのでは、と代弁するようにクレアは呟いた。
当然、地獄耳の葉緩はそれを聞き取っている。
だがどうでもいい。クレアが恋敵であることは変わらないので、何を言われようと敵認定に揺らぎはなかった。
今の葉緩は忍びより先に、友人として柚姫に寄り添うこと。
これを優先しようと決め込んでいたが、これが極上の楽しみとなり鼻の下が伸びてしまう。
――それが油断を呼ぶ、
柚姫への愛情に盲目になったことで、現状の把握力がにぶっていた。
***
(お水、お水~)
バレーボールの試合を終え、休憩のためにマイボトルをもって体育館裏で一服しだす。
柚姫が自動販売機に飲み物を買いに行ってしまい、付いていこうとしたが止められて今に至る。
葉緩を好きだと言うわりに、柚姫は淡泊なところがあり、葉緩の方が待てを食らわされていた。
それも良い……と満杯だった水をごくごくと飲み、ぷはぁーっと爽快に息を吐く。
「ふあぁ……癒されたー」
「葉~緩」
「ひぃぃっ!?」
背後から髪がくすぐられたかと思えば、耳元で名前をささやかれる。
「も、望月くん!? どこから現れたのですか!?」
「葉緩を思えばどこでも」
「ひぃ……!」
どこでもひょっこり現れる葵斗。
忍びとして優秀な葉緩でも葵斗にだけは振り回されっぱなし。
相変わらず気配を読み取れないどころか、不意打ちを食らってばかりのため、プライドはズタズタだ。
冷静な対処が出来なくなり、耳を抑えながら葵斗から一定距離をとった。
授業中で、男女別。
にもかかわらず葵斗はマイペースに抜け出して葉緩をからかってくる。
体育館からは継続的にボールの弾く音が響いており、葉緩はあえて音に集中しようとポニーテールにくくった髪を片側にたぐりよせた。




