第15話「単純に好みで言えば」
「何をバカなことを言いますか」
「葉緩に呼ばれたい」
真っ直ぐ見つめてくる葵斗に下腹部がムズムズしてしまう。
振り回されるのは嫌だと目をそらす。忍びたるもの、迷いは禁物だ。
常に冷静でなくてはと頭の中に叩きこんだはずなのに、葵斗の前では無に帰する。
(なんでこんな動揺ばかり……。恥ずかしいです……)
それに、とチラッと前髪の隙間から見える葵斗の瞳をひと目見る。
(この人の目はキレイすぎる。まるで深い海のようだ)
桐哉はイケメンだと騒がれるのに、葵斗はなぜか騒がれない。
美貌のレベルでは二人に甲乙つけがたいはず。
最初は騒がれていた分、今は静かなことに違和感さえあった。
(単純に顔の好みで言えば、私は主様よりも……)
そんな頭のおかしいことが過ぎり、我に返って葵斗の肩を突き飛ばす。
「どうしたの? 葉緩」
藤色の瞳をのぞこうとしてくる葵斗に、恥ずかしさの限界だと葉緩は身をよじって教室に駆けこむ。
クラスメイトの視線が一気に向けられるのに、忍びらしさを失って教室の扉を強く叩いてしまった。
「もう授業がはじまりますので!」
「……うん、そうだね。葉緩はやっぱりかわいいなぁ」
そんな言葉、聞きたくない。
葵斗の声はじっとりと絡みついてくる。
桐哉と柚姫の恋路だけ応援していたいのに、どうしてこうも胸が締め付けられるのだろう。
まるで意志そのものが何かに引っ張られているかのようだ。
意地で振り返らないと着席すると、机に突っ伏して気配を引っ込ませようと悶々とした。
まったく集中できないまま、葉緩は耐え切れずにこっそりと葵斗をチラ見する。
ずっと葉緩を見つめていたのか、視線に気づいた葵斗がにっこりと甘く微笑んでくる。
やっぱり何かがおかしいと葉緩は青ざめ、視界を閉ざして思考を回そうとした。
(あぁ、どうしたものか……)
「葉緩ちゃん、おはよう」
困惑の波にのまれた葉緩を救うのはいつだってこの声だ。
ウグイスの鳴き声に似た美しい声に葉緩は顔をあげると、目を丸くした柚姫に手を伸ばす。
「姫ーっ! おはようございます!」
「わっ!?」
本能だけで柚姫に飛びつき、腰に手をまわしてメソメソと擦り寄った。
さすがの柚姫も驚きはしたが、すぐに葉緩が甘えてくれることを嬉しく思い、おだやかに微笑んで葉緩の頭を撫でた。
のほほんと受け入れてくれる柚姫に救われる想いになった葉緩は、鼻をすすってヘラッと笑顔を作った。
「姫は今日も最高ですね」
「なっ……もう! 葉緩ちゃん! 何を言ってるのよ!」
照れ隠しにもならない柚姫の赤くなった顔に葉緩はデレデレだ。
直接、愛情と友情を口に出来るのも“ともだち”になった特権だと幸せに浸る。
「あのね、昨日はクッキー全部食べちゃったからこれお詫びに」
柚姫が腕に抱えていた紙袋を葉緩の机に置く。
「ドーナツ作ってみたの。……食べてくれるかな?」
――ズッキューン!
「もちろんであります! さすが姫! 女子力高い! かわいい! 好き! 最高でございます!」
「は、葉緩ちゃん。大げさだよ……恥ずかしい」
こんな愛らしい柚姫に心が射抜かれないはずがない!!
忍ぶ口はどこにもなく、葉緩は溢れんばかりの言葉を口から飛び出させた。
ヨダレを垂らしそうにありながら紙袋に手を突っ込み、輝かしいドーナツを一つ手に。
「ではさっそく一ついただき……」
大きく口を開けて食べようとする。
さすがは柚姫、お菓子作りも完ぺきだ。
元々料理上手なのだろうが、柚姫が作ったとなればおいしさ倍増と葉緩はドーナツにかぶりついた。
(なんという美味! 幸せの味です――)
「おいしそう。葉緩、ひとくち」
おいしい、と思ったところで、葉緩の背後から影がかかった。
なんだと振り向く間もなく、後ろからサラリとした黒髪が頬を撫でそのまま魅惑的な唇がドーナツに食らいつく。
パクリ、とひとくち奪われてしまい、呆然としているうちに葉緩の手から葵斗はドーナツを奪ってしまう。
そして親指で唇を拭うと、ペロリと口角をあげて妖しく微笑んだ。
「……ごちそうさま」
あっさりと目的を果たし、席につく葵斗。
葉緩は欠けてしまったドーナツにわなわなと震えだす。
「姫からいただいた私へのドーナツが……!」
葵斗に接近されたことより、柚姫のドーナツを奪われたことの方がショックだったようだ。
意識がそちらに集中し、恨みがましく葵斗に振り返って睨みつける。
「ま、まだあるから……」
「申し訳ございません! もう誰にも渡しませんので!」
やけになって次のドーナツを紙袋から取り出して口の中に押し込んだ。




