第14話「覚えてないのは葉緩の気持ち?」
「バカもの!! あの秘薬を勝手に持ち出しただけでなく使用するとは!」
「申し訳ございません~!」
朝から大目玉を食らい、宗芭に土下座して謝罪をする。
昨日の柚姫の暴走について報告をしたところ、宗芭の怒りに触れてしまった。
柚姫の恋を応援するため、宗芭の蔵から勝手に秘薬を盗み出し、軽率にクッキーに混入させた。
大事にならなかっただけよかったと宗芭は息をつき、いたたまれない様子で目を反らす葉緩を一瞥した。
「それで、何ともないのか?」
「はぁ……? 特にはなにも……」
ふと、葵斗に壁への擬態がばれてしまったことを思い出す。
唇が重なったことを思い出し、ダラダラと汗を流して宗芭の顔を直視できなくなった。
「……なにも」
わかりやすい視線のさ迷いに宗芭の眉があがる。
「そうか。……そろそろ学校に行かねば間に合わんな。もういいから行きなさい」
「はい。行ってまいります」
追及したところで葉緩は口を割らないだろう。
宗芭は悩ましく息を吐き、この話を終えた。
当主としての苦悩にも気づかず、葉緩は自分のことで頭がいっぱいだ。
ぼんやりとしたまま宗芭に一礼すると、何も考えなくても身体に染みついた装束替えを行い、トボトボと部屋から出ていった。
――まだ、酔いそうな甘い香りを覚えている。
朝の涼しい風を浴びてようやく葉緩は自覚症状に頬を赤く染めた。
(わっ……私はいったい何を!? いや、あれとはいわゆる接吻……!)
あの秘薬は興奮剤の一種であり、人体に害はないが本音を隠すことが難しくなる。
昨日の出来事は秘薬による影響が大きく、クッキーを口にした柚姫は興奮して本音がダダ洩れになっていた。
一方、忍びの血を引く葉緩に秘薬は違う効力を発揮するようだ。
忍は生まれながらに”番”という認識をもつ。
それはあまりに甘美な芳香を放つらしく、出会った瞬間にわかるそうだ。
葉緩はまだ番に出会えていない。
(望月くんのあの香り……。今までかいたことのない香りでした)
さすがにあの香りは疑いの余地がある。
嗅覚が人一倍優れる葉緩だが、これまで葵斗からはなんの匂いも感じなかった。
番と認識したこともなかったのに、逆らえないあの香りは一体なんだと頭を抱えてしまう。
番だったならば出会った瞬間に、嗅ぎ取れたはずだ。
葵斗には近づいてはいけないと、警戒心を抱いてしまうほどなのに……。
散々、葵斗には振り回されてきた。
あれだけ密着して、何も感じなかった。乙女としての恥じらいはあれど、番としての意識はない。
(そのはず……なのに)
瞳に水が張って視界が揺れてしまう。
濡れた唇に指をすべらせ、目を閉じると悔しさに歯を食いしばった。
***
なんとか学校にたどり着いたものの、葉緩は教室に入ることが出来ずに壁に貼りついて中の様子をうかがっていた。
この気まずさに教室へ足を踏み出す勇気がない。
気配を最小限にするのはクセとなっており、奇怪な行動は特別誰かの目に留まることもない。
「葉緩、おはよう」
「ふわぁあああああっ!?」
……はずだった。
喉から心臓が飛び出そうなほどに叫ぶ。
相変わらず気配のない葵斗にガツンと頭を殴られた気分だ。
距離感ゼロのボディタッチ。
背後から抱きついてくる葵斗に、これ以上好きにはさせてたまるかと葉緩は暴れだす。
「望月くん、これはなんですか!?」
「ハグ。これすると葉緩の匂いが近くなるね」
――チュッ……チュ。
人目もはばからず、葉緩の首にキスをする。
さらさらの黒髪がくすぐってきて、葉緩はカッとなって肩を回して葵斗を弾こうとした。
だが軟弱に見えて葵斗の力は強い。葉緩が暴れてもびくともせず、てんてこ舞い状態だ。
「何をしておいでですか!?」
「もちろん、葉緩は俺のだから目印を……」
「ストップストップ! それ以上は言わなくていいですっ!」
この柔やわな口は何を言い出すか。
慌てて葵斗の口元を両手で押さえつけるも、葵斗の鬼畜具合は続く。
手のひらにまでキスをしてくるので、常識の通じない接近に葉緩は根負けして涙をにじませてしまった。
「うっ……何なんですかぁ……」
こんなのはただの情緒不安定だ。
異性にここまえ接近されるのは慣れておらず、好意の受け止め方がわからない。
本来ならば吐き気のするボディタッチも、意外と嫌ではない。
むしろ好ましいと思ってしまう自身の貞操の軽さにすら嫌気がさした。
「ね、俺のこと“葵斗”って呼んでよ」




