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第1話「四ツ井 葉緩、主様の幸せを願うくノ一です!」

 世界は主様と姫に色づいている。

 可憐に咲いた花をお守りすることはこの上ない幸せであり、葉緩の務めだ。


 この甘さがあれば他の幸せなんて目にも入らない。

 主様と姫が幸せになってくれるのであれば、葉緩は恋心という浮かれた感情にフタをする。


 甘ったるく幸福に満ちたものも、祝福がなくては苦いだけと思い知ったから。


 葉緩はもう少し肩の力を抜いて生きてよいと許されここにいる。


 楽しく生きたいと願い、時は巡っても気持ちは形を変えて残った。


 シャキッと背筋を伸ばして正座をすることでさえ、主と姫のためならば幸福の拷問だ。


「四ツ井家の家訓。”堅忍不抜”」


 四ツ井家で毎朝が行われる会議。


 家訓に背いていないか確認し、お勤めを果たすために他者の目を淹れることが目的だ。


 取り仕切るは四ツ井 宗芭そうは

 四ツ井家の当主であり、長い黒髪を一つにくくって顎に蓄えた濃いひげが特徴的だ。


 眉間に刻まれたシワが当主としての苦労を物語っていた。


「がまん強く志を変えない。そうして我らは主に長らく仕えてきた」


 向かい合って話を聞くのは十六歳の少女・葉緩はゆるとその弟の絢葉あやは


 絢葉はまだ幼く、数えて九つの歳だ。


 そのわりにずいぶんと達観した性格で、宗芭の退屈な話も凛々しい目をして聞いていた。

 

 そう、”退屈な話”のため、葉緩は聞いているようでまったく違うことを考えていた。

 ゆるんだ口元と同じくらい、くりくりとした丸っこい目元はやわらかそうだ。

 艶々の長い黒髪をおろし、片側だけちょこんと結んで完成した幼い顔立ちの女の子。


 四ツ井 葉緩の家族構成はいたって普通。

 しかしこの四ツ井家、普通の家庭ではなかった。

 

「良いか?  びの末裔として主をお守りし、忠誠を尽くせ。そして大切なのはわかっているな? 葉緩よ」

「はいっ! その一、主となる方に忍びの存在を知られてはならない! その二、主様の子孫繁栄のために全力を尽くすことであります!」

「……ヨダレが垂れているぞ」

 

 四ツ井家はひっそりと存続する忍びの家系だ。

 葉緩はその家系でくノ一として育った風変わりな女の子である。


「はっ? 申し訳ございません、父上!」


 慌ててよだれを拭い、口角を指で引き下げた。

 誤魔化しきれないニヤニヤ顔を、宗芭の厳しい目が射抜く。


 ダラダラと背中に汗を流し、葉緩は笑みを固定したまま肩を引いて胸を膨らませた。

 けろっとした態度が葉緩の心情を隠す手段だった。



「(葉緩)」


 掛け時計の針の音にまぎれ、葉緩にしか聞こえない声に名前を呼ばれる。


 宗芭から目を反らし、開いたままの障子扉へ目を向けると、庭から一匹の白い蛇が滑り込んできた。


 人目を気にせぬ蛇に葉緩は?然とし、慌ただしくその場に立ちあがる。


 シュッと風をきる音がしたかと思えば、もくもくと白い煙幕が葉緩を包んだ。


「それでは学校の時間になりましたのでいざ!」

 

 くノ一の装束をまとっていた姿が一転、ピンクのリボンが愛らしいブレザー制服に変わる。

 煙が晴れると一瞬で衣替えが完了していた。


「本日もまっとうにお役目をしてまいります!」


 明るいハキハキした口調で言い放ち、風のようにその場を飛び出していく。

 残された宗芭はため息をつき、頭を抱えていた。


「心配だ。アイツは能天気というかなんというか……忍らしくない性格をしている」

「…………」

「絢葉、お前はもう少し喋ってもいいんだぞ?」

「影の役に徹するのもまた忍かと」


 宗芭の声かけに弟の絢葉は徹して淡々とした様子。

 クールとはまた違い、微笑みを携えた貴公子のような涼しさ。


 葉緩と違う扱いづらさに宗芭はますます頭が痛いと、重ったるい息を吐いた。


***


「きょ~うも主様にお会い出来るぅ!」


 能天気娘に葉緩は鼻歌を歌い、軽快な足取りで学校へ向かう。

教室の引き戸を開くと、真っ先に葉緩の視界に飛び込んできたのは友人の徳山とくやま 柚姫ゆずきだ。


葉緩が教室に入ると花咲かすように笑って駆け寄ってくる。

茶色い毛先のふわふわロングヘアがなびいて、愛らしい姿に葉緩のトキめきスイッチが入った。


「葉緩ちゃん、おはよ~」

「姫! おはようございます!」

「はは……うん」


 柚姫のことを“姫”と呼ぶのは葉緩だけの特権だ。

 上機嫌に駆け寄っても柚姫は許してくれるが、ここ最近は”姫”と呼ぶたびに苦そうな顔をする。

 

「ねぇ、葉緩ちゃん。そろそろ“ゆずき”って呼んでほしいなぁ」

「なんて恐れ多いことを! 姫をそのように直接お呼びするなど!」


その願いはいくら葉緩でも頷けない。

柚姫は葉緩にとってまさに”特別”であり、葉緩を下に見てくれなくては困るものだ。


「私のことは葉緩と呼び捨ててくださって結構ですので!」

「あはは、善処します……」


なんて今日も柚姫は愛らしいのだろう。

柔らかな目元に白い肌、この世の甘さと癒しを集めると柚姫が出来上がると演説してしまいそうだ。


聴講者?


気づかぬものが愚か者だ。と、誇らしく声を大に柚姫の魅力を語りたいところだが、人の目が集まってしまうのは葉緩の望まないことだった。


(何者でも姫は姫です! 神! 天使! 妖精! 愛です?)


「徳山さん、おはよう」


鼻の穴を広くしている葉緩の横に爽やかなミントグリーンの香りがした。


嗅ぎなれた香りに葉緩は一歩後退り、大げさにならない程度に両手を重ねて頭を垂れる。


 今こそ葉緩の真価を発揮する時。

 四ツ井家のくノ一・葉緩が生まれた時から持ちあわせる使命であり、究極の忠誠だ。


「き、桐哉くん。おはよう」


 柚姫の返答を妨げないよう、葉緩は一歩引いて影に隠れる。


葉緩ができる最小限のへりくだり。

現代では主従関係をあからさまにすると不審者に見られ、主人に迷惑をかけてしまう。


赤混じりの茶髪はどことなく懐かしさを感じさせる爽やか美男子と、葉緩は柚姫と並ぶ姿に両目を三日月に歪めていた。



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