隣の腹ペコ女子大生
「大丈夫?」
仕事が終わり会社から一人暮らしをしているマンションに帰ってくると廊下で隣に住む大学生の少女が倒れていた。声をかけたが反応がない。大人として見過ごすべきではないだろう。とりあえず管理人に連絡するか、それとも救急を呼ぶべきだろうかと悩んでいると
「お腹空いた」
と少女が呟いた。
「大丈夫ですか?」
もう一度声をかけると、え!と声を上げ飛び起きた。そして
「大丈夫です!」
「倒れてたのに?」
「それはその」
と口ごもった。
「お腹空いたって言ってませんでした?」
「言いましたけど、気にしなくて大丈夫ですよ!」
気にするなと言われても無理な話だろう。
「ご飯食べてないんですか?」
そう聞くとコクリと彼女は頷く。
「簡単なものしかできないけどウチで食べる?」
と聞いたのだが、しまったと思ったのだが
「いいんですか!」
と彼女は食いついてきた。
「君がいいならいいけど。一人暮らしの男の家に上がるのに抵抗ないの?」
「ないって言ったら嘘になりますけど、もしそういうことするつもりならいいですよ。ご飯食べさせてもらうんですから私にできるお返しならしますよ」
自分の言っている言葉の意味を正しく理解しているのだろうか。もしかして、普段からそういうことをしているのではないかと心配になる。
「しないから」
そう言うと彼女はニヤニヤしながら
「冗談ですよ」
と言ってくる。その瞬間ぐーとお腹の音がなった。彼女を見てみるとさっきまでのニヤけ面は何処へやら恥ずかしそうに顔を真っ赤にしている。
「夕飯にしようか」
と笑いかけると彼女は、はいと小さく答えた。
「お邪魔します」
「リビングで適当にくつろいでて」
と声をかけ夕飯の準備に取りかかる。
「アレルギーとか苦手な食べ物ある?」
「ないです!」
と元気の良い返事が返ってくる。好き嫌いが無いのはいいことだと思いつつ、作り置きのきんぴらや筑前煮などを冷蔵庫から出し電子レンジで温め始める。メインは唐揚げの予定だったので朝のうちに味付けしておいた鶏肉に衣をつけ揚げていく。そうして、できたおかずをテーブルに並べていくと茶色い食卓になってしまった。普段なら気にならないのだが、振る舞う手前どうしても気になる。冷蔵庫にあるもので彩りを出すためにもう一品出そうか考えていると
「食べてもいいですか?」
と目をキラキラさせながら彼女が聞いてくる。
「どうぞ」
と言い、やっぱりもう一品作ろうと思い立ち上がると
「まだ何か作るんですか?」
と聞いてきた。
「うん。彩りが悪いからもう一品作ろうかなと思って」
「なら私、できるまで待ちます」
「待ってたら冷めちゃうよ」
揚げ物は揚げたてが一番美味しい。冷めたら美味しくないという訳では無いが揚げたてと比べたら足元にも及ばないだろう。なので、すぐ食べてほしかったのだが
「でも」
と言って一向に食べ始めようとしない。仕方がないので座り
「食べよう」
と声をかけると
「はい!」
と嬉しそうに笑った。
いただきますと二人揃って食事の挨拶をし食べ始める。今日の唐揚げもうまくできたなと思い、彼女の口に合っているだろうかと思い見てみると、すごく美味しそうに食べてくれている。
「おかわりもあるから沢山食べなね」
と声をかけ食事を再開した。
夕飯を食べ終わり片付けを始める。彼女はご飯を二杯おかわりした。余程お腹が減っていたんだなと思ったが、いい食べっぷりだったので見ていて気持ちよかった。そんなことを考えながらテレビを見ていると
「あの。何かお返しさせてください」
と言われたので
「気にしなくていいよ。俺がしたくてしたことだから」
「お兄さんにメリット無いじゃないですか」
「メリットがあるから君に食事を振る舞ったわけじゃないよ」
と思っていることを素直に言ったのだが、彼女はなかなか納得してくれない。
「じゃあ、洗い物してもらってもいいかな?」
「そんなことでいいんですか?」
と聞いてくるので、うんと頷くと
「ピカピカにしてみせます」
と言い台所に向かった。その様子に律儀だなと思い笑みがこぼれた。
洗い物が終わり彼女がリビングに戻って来たので何で倒れていたのか聞くことにした。すると
「就活で地元と大学を行き来してましてお金に余裕がなくて食事を抜いてました」
すごく大学生らしい理由だった。俺も大学時代バイトの給料日前などは食事を抜くことが多かったので彼女の気持ちがなんとなくわかる。だから、何か協力してあげたいと思いお節介だとは思うが
「もし君が嫌じゃなかったら夕飯一緒に食べるかい?」
と聞いてみた。すると、彼女は驚いた顔をして
「いいんですか?」
と聞いてくる。
「俺から提案したんだからもちろんいいよ」
そう笑顔で返すと
「ありがとうございます」
と彼女も笑顔を浮かべてそう言った。
これから一緒に夕飯を食べるのだから名前くらいは知っておこうということで軽く自己紹介をすることになった。
「俺は前田真一です。歳は27だよ。趣味は動物の動画見ることかな」
と言い、これくらいでいい?と聞くと彼女は頷いた。そして彼女の番になり
「小林彩夏です。22歳です。趣味は恋愛ドラマを見ることです」
と自己紹介をしてくれた。彩夏って綺麗な名前だねと言うと顔を赤くして照れていたので可愛いなと思った。
そんなこんなで少し雑談をしたあとお開きにしようということになり、玄関に向かった。
「今日は本当にありがとうございました。明日からよろしくお願いいたします」
と頭を下げ、おやすみなさいと言い彼女は玄関を出た。やっぱり礼儀正しいいい子だなと思った。
次の日から彼女は19時くらいに俺の部屋に来るようになった。夕食を振る舞いお互いのことについてよく話していた。そうして、互いのことを知っていくうちに俺は彼女に好意を寄せはじめた。
それから数ヶ月が経ち、彼女の就職先も決まり卒業式を迎え、四月から社会人を迎えようとしていた。そんなある日、いつものように俺の家に来た彼女は浮かない顔をしていた。心配になったので
「何かあった?」
と聞いてみると
「就職先なんですけどこっちで働けると思ってたんですけど地元に戻らなきゃいけなくなったんです」
と言われた。急に会社からそう言われたらしい。今どきそんなことをする会社があるのかと驚いたものの会社の指示なら仕方ないなとも思った。
「いつ戻るの?」
「今週の土曜日です」
「結構急だね」
今日が木曜日なので一緒にいられるのは今日を含めて二日しかない。
「明日焼肉でも食べに行く?」
彼女は焼肉が好きなのでそう聞いてみると首を横に振り
「真一さんの手料理が食べたいです」
と言われたので、彼女の好きなものを沢山作ってあげようと思った。
彼女が帰ったあと彼女が地元に戻る前に好意を伝えよう思ったが、遠距離になるし彼女にはまだ沢山出会いがあると思ったので好意を伝えないことに決めた。
そして土曜日になった。彼女が地元に帰る日だ。玄関のチャイムが鳴り、出てみるとそこにはスーツを着た彼女が居た。少し世間話をしたあと、時間になるのでそろそろ行くと彼女が言った。
「約一年間お世話になりました。この御恩はいつか必ず返します。あと絶対に戻ってきますので」
そう言って深々と頭を下げたあと、彼女はエレベーターに向かって歩いて行った。その後ろ姿を見て俺は去年の四月から今までを思い出した。廊下で倒れていた彼女がこんなにも立派になっている。そのことに感動してしまった。
エレベーターの中から彼女は可愛らしい笑顔を浮かべ、こちらに向かって手を振ってくる。俺は気持ちと共に溢れそうになる涙を堪え笑顔で手を振り返した。
エレベーターの扉が閉まり動き出そうとしたところで彼女の口元が動いた。その動き方を俺は知っている。彼女の隣でドラマを観ていたときにヒロインが主人公に対してしていたものだ。
ダイスキ
俺にはたしかにそう動いたように見えた。
エレベーターを見送ったあと玄関の扉を閉め思いを伝えなかったことを後悔し俺は涙を流した。
それから三年が経ち、俺は三十歳になった。彼女が家に来なくなって、すぐのときはおかずを作りすぎたりしてしまっていたが、今では一人分しか作らなくなっていた。俺はあい変わらず、朝は会社に行って仕事をし夜になったら家に帰って夕飯を食べて寝るといった代わり映えのない日々を過ごしている。
今日も変わらず夕飯を食べていると玄関のチャイムがなった。もうすぐ20時になる。訪問にしては遅い時間だ。誰だろうと思い、ドアモニターを確認してみる。俺は確認し、急いで玄関に向かい扉を開ける。すると訪問者は抱きついてきたので俺も背に手を回し抱きしめ返す。
少しして抱きしめてくるのをやめたので俺もやめると俺から一歩離れ
「真一さん。お久しぶりです。思ったより戻ってくるのに時間がかかっちゃいました。また隣に引っ越してきましたので、できれば末永くよろしくお願いします」
三年ぶりに会った彼女は髪の色が少し明るくなり、長くなっていたがそれ以外は特に変わった様子はなく、相変わらず可愛らしい笑顔を浮かべていた。
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