透明化の利点と欠点
ある日全面核戦争が勃発した。
地上の楽園は失われ人類は地下の牢獄に居場所を移す。
地下の牢獄に居場所を移す事が出来たのは、国の1億人を越える人口のうちの極わずかな者たちだけであった。
近いうちに核戦争が起こる事を想定していた権力者と、権力者に従う軍隊の将兵や科学者。
それに核シェルターの建設の隠れ蓑として建設された地下街にいた一般市民と、その地下街に繋がる地下鉄の車両に乗り合わせていた人たち。
後に天国と称される核シェルターは核戦争の勃発が想定していた時より早く始まった為、内装工事が中途半端だった。
だから権力者たちは、地下街や地下鉄に乗っていた一般市民たちに完成したら天国に迎え入れると言葉巧みに誘導して労働力を確保し、核シェルターの内装を完成させる。
核シェルターの内装工事が終わりこれで核シェルターに収容されると思っていた一般市民たちは、約束を反故にされ後に地獄と称される地下街に押し込められた。
スコップやツルハシなどの工事道具や鉄パイプなどを持って抵抗した人たちは、兵士に射殺されたり警棒で乱打されたりして追い散らされる。
一般市民を地獄に放逐した後は、牢獄ではあったが核シェルターは天国の名の通り暮らしやすい場所になった。
しかし数百年の時が経つと天国の人口が増え自給できる食料で養える人の数を大きく超えた時、天国の中で争いが始まる。
天国に住む者たちは争いが始まってから千数百年の間に幾つものグループに分裂し、自分が属するグループ以外の人間を食料とみなすようになった。
彼らは生き残りを賭けて自分達の肉体を様々に変化させる。
肉体を極限まで鍛え筋肉の塊のような姿になった者たち。
同じように肉体を鍛えたが、力よりスピードを重視し流線型の身体を手に入れた者たち。
獲物や敵を素早く見つけられるように目や耳を極限まで発達させた者たち。
生き残りを賭け様々に身体を変化させた者たちの中に、身体を透明にした透明人間のグループが出現する。
彼等のグループは獲物を捕らえる力もスピードも無く、素早く獲物や敵を見つけられる目や耳を持たず、獲物にされる率が一番高い最弱な者達であった。
身体が透明になり敵に見つからない事を理解した彼等透明人間のグループは、力の強い者達でさえ1体1体罠にかけて狩る事が出来るようになり、他のグループの者たちを圧倒し弱肉強食の頂点に立つ。
透明な身体を手に入れた彼等はそれから数百年経った頃、天国の中に自分たち以外の種族の者がいなくなった事に気が付いた。
それはコンピューター制御で自動で栽培されている野菜などの食料を除き、肉となる食料が手に入らなくなった事を意味する。
思案する透明人間たちに一つの案が閃く。
約2000年前に隔離した天国に住む者たちに決して開けてはいけないと言い伝えられている、地獄と称される場所に肉となる食料が生存しているのでは? という案。
それは分厚いコンクリートで固められ閉め切られた門の向こうから、微かに何者かの断末魔の悲鳴が聞こえて来る事が偶にあったからだ。
言い伝えに従うべきだと言う者もいたが食料の確保が重要だという者たちの方が多数派となり、地獄の門を開けるという事が決まる。
地獄に生息している者たちが何れ程凶暴であっても、天国で弱肉強食の頂点に立った透明人間の自分たちが負ける訳が無いという考えからだった。
透明人間たちは分厚いコンクリートを砕き、封鎖されていた地獄の門を開ける。
門が開けられた。
そのとき分厚いコンクリートを砕く音を聞きつけて門の周りに集まっていたらしい地獄の住民たち、密閉された天国と違い、放射能で汚染された地上から吹き込む風と共に入り込んだ放射能に曝されて、人間とは似ても似つかない姿に変化した生き物たちが雪崩込んで来る。
そして透明人間たちは狩りの獲物となった。
電灯が灯る天国と違い、約2000年間明かりと無縁だった地獄の住人たちは、放射能に曝されて人間と似ても似つかない姿に変化すると共に、目が退化し聴覚や嗅覚が著しく進化している。
それら進化した聴覚や嗅覚を使い弱肉強食の世界を生きて来た地獄の生き物たちにとって、身体が透明だというだけの獲物を見つけ出す事はとても容易い事であったのだった。