第三話 「過去」
「念じるだけでできるけど、意外と難しいし、なんだか疲れるな、力加減も難しいし、これが魔法ってやつなのか、結構大変だ。」
「大丈夫ですよ、慣れれば簡単ですから、それに、光魔法って先天的にしか使えないんですよ。だからトウゴさんは、かなり才能があるってことです。」
「そうなのか?そうか、レアケースってことか、なら頑張ろうかな。」
「私たちの雷と光で、モンスターさえも蹴散らせるようになりましょうね!」
出会ったばかりなのに、ここまで迎え入れてくれるアリスは本当にやさしいのだろうと思う、メイドの本能なのか人間性なのかはわからないが、使える目上に対して色目をできるだけ使いたくないのだろう。
そう思っている間に、竿に力がかかった。
「お、引いてる、くるぞっ…」
「トウゴさん、相当引いてますね。」
「うん、もしかしたら助け舟を出すかも…」
かなりの大物そうだった、竿を動かそうとしてもびくともしない。
「よし、いけえっ…!」
魔法炉に念じて、魔法を使う、一見簡単かもしれないが、不器用な俺には到底難しく感じた、少しだけかけてもびくともせず、力をかけすぎると魚が爆発する可能性もある、でもこんな大物だ、イチかバチかかけてみるしかない
「おらぁっ!!!」
釣竿に取り付けてある魔法炉から大きな光が釣り竿を伝って水中に流れ込む、その瞬間、大きな閃光が目の前を走った。
「うっ…うわぁっ…!」
「きゃあっ!」
自らの体から放たれたはずの魔法に驚いていると、大きな音が鳴った。
―ドッシャアッーン!―
大きな魚が勢いよく水中から現れ、俺の横に落ちてきた。
「やったぞ、つれた!アリス、やったぞ、俺魔法で魚をっ…」
―ドサッ…―
始めて魔法を使って、獲物を倒した感動をアリスに伝えようとしていると、俺の体は、いつの間にか地面に倒れていた。
「あ、れ、やべぇ、立てない…」
「トウゴさん、大丈夫ですか!?」
「ああ、なんとか、でも…体に力が入らない…」
「魔力を使いすぎなんです、明らかに魔法の威力が高すぎますよ、まだレベルも低いでしょうし、使い過ぎはだめですよ…!」
どうやら、魔法を使いすぎたようだった、rpgのようにレベルの概念があるのか、そう思うと、俺はやっぱり努力する必要があるのだ。
でも大物が釣れたんだ、最初のレベルにしては大したもんなんじゃないのかな…あはは…
「いま肩を貸しますからね。」
アリスは、華奢な体で俺の肩を抱いてくれた、腕に当たるアリスの手が暖かかった。
「トウゴ君、小屋の中まで光が見えたが、大丈夫か?」
「すいません、魔法を使いすぎちゃったみたいで。」
「魔力には個人差があるはずだが、最初のレベルであのレベルの魔法が使えるとは…魔力の総量が明らかに違う、やはり勇者ということか…」
「エルド様、そんなことより、早くトウゴさんを回復しないと!」
「ああ、すまない、アリス、トウゴ君を中のベッドに運んでくれ。大物が釣れたみたいだしね、さっそく料理しよう。」
アリスに運ばれ、ベッドに寝かされた。
まったく、魚を釣るだけで一苦労だ。魔法を使うのはやはり難しいというところだろう。でも、伸ばしていけば本当に勇者にふさわしい力を持てるかもしれない。そう考えると、魔王を倒すという大きな目標も、現実味を感じられるような気がした。
しかし、異世界は現実世界とは違う文明を持っているのかといえば、そういうわけでもないな、電気も通っているし、料理もスキレットで作っている。この世界の文明も同じように進化してきたということかな。でも、絶対に違うところといえば、魔法だろう。電灯の電源も、スキレットの火種も、水道の水も、水道管も電線もガスも通っていないはずなのに、なぜか動いている、本当にこの世界はファンタジーだ。
「トウゴさん、大丈夫ですか?」
「うん、さっきよりはいいかも、アリスは俺のせいで目とかやられてないか?」
「はい!大丈夫です、この目は千里まで見えるすごい目なんですから!」
「それは言い過ぎかもね、でも大丈夫みたいでよかった。」
知り合ったばかりなのに本当にこの明るさには元気づけられる。体の痛みも引いていくように感じる。
そういえば、アリスはエルドからどこまで聞いているんだろうか、あまり自己紹介もせずに釣りを楽しんでしまったが、アリスが少女だからと言って少し失礼だったかもしれない。
「エルドさんから聞いているかもしれないけど、全然自己紹介ができていなかったね。俺は枯木トウゴ、ありえないと思うかもしれないけど、別の世界から来たんだ。」
「はい、存じています、神様に選ばれて、勇者になったんですよね、本当にすごいです!」
「自覚はないんだけどね…」
無垢に目を輝かせるアリスは、勇者というものに非常に憧れているようだった。期待を抱かれると、なんだか恥ずかしい。
「あ、私も自己紹介してませんでしたね、私はアリス・マリエール、エルド様と一緒に冒険者をしています。」
「それでさ、アリスとエルドって、どんな関係なんだ?」
「関係!?ですか、そんな、やましい関係じゃないですよ…!」
「いやいや、そういう意味じゃなくて、なんで一緒に旅をしてるのかを教えて欲しいんだ。」
「えっ…!?ええと、そういうことですか、でしたら、あの…少し話しにくいことというか……」
「あっ、嫌ならいいんだ、別に話さなくても。」
アリスの顔には、少し暗がりが見えていた。旅の理由には、どこか深い訳があるのだろうか、女の子に無理をさせてしまっている自分は、どこか悪いことをしているように感じる、でも、そこまでの理由とはなんなのだろうか。
「いえ、いいですよ……実は…」
コンコンッ
「入るぞ。」
「あっはいっ」
ドアが開き、料理の香ばしい匂いと共にエルドが入ってくる。
「2人とも、すっかり仲直りしたみたいだな。」
エルドは、俺とアリスが2人きりになっているのを見て、呆れつつも笑っていた。
「いやっ、ええと、ただ話をしていただけですよ。」
「私とアリスの出自のことだろう?私が話そう。」
「エルド様、別に私は、その…」
「いいんだ、気にしなくても。」
エルドにそう言われたアリスは、暗がりの表情のまま俯いて、静かに話を聞いていた。
「少し長くなるが、大丈夫かな?」
「いえ、大丈夫です。」
「私はカヤザーラの北部にあるメリアの町の出身でね、町の領主であるダントン家に生まれたんだ。」
エルドの気品はそこから来るのか、魔法使いだと言うのに妙に礼儀正しい、そんな彼が良い家の生まれというのは納得だった。
「メリアは魔法使いの町でね、小さな頃から父に沢山魔法を学んで育ったんだ。しかし、魔法使いが女性の象徴であった時代の名残なのか、ダントン家は女性が家を継ぐというしきたりがあった。今思えば、一人っ子の私を母は疎ましく思っていたと思う。母と接することもほとんどなかったため、私はほとんどメイドと父に育てられた。私が13になるころ、女が継ぐというしきたりを守るために、母は私の代わりの赤子を連れてきた、それがアリスだ。」
「えっ、それじゃあ…兄妹ってことですか?」
「まあ、そういうことになるだろうな。」
「…」
性別が違うだけで母親に捨てられる子と、性別だけで選ばれた別の子、こんなもの、相容れないに決まっているだろう。
もし自分がそういう風に生まれていたら、と思うと…でも、自分は、どうなのだろうか…異世界に行って、母親は心配してくれているのだろうか。
俺は、違う、どんな時でも、いつだって恵まれていた。
帰ってきても休みの日でもいつも世話を焼いてくれていた両親も、学校にいた友人も先生も、いつだって味方だったし、助けてくれた。
それなのに、立場だとかしきたりだとか、そんなものに縛られて、子を思う心すら捨ててしまうのなら、そんな物を、自分なら母とは呼べない。
「魔法使いは女がなるものと考える母は、魔法を遊びにように勉強していた私を奇妙に思い、そして哀れに感じていた。そして、唯一の子供である私を捨てて、新しく後継者である女性の赤子を育てようとしたんだ。しかし、その後母は病気によって倒れ、そのまま亡くなってしまった。領主だった母もいなくなり、しっかりとした後継者の目処もつかず、町に住む他の魔法使いからは白い目で見られた。結局ダントン家は没落し、父の魔法研究と残った資産で生活することになった。母が残した遺恨のせいで、明るかった父は研究に没頭するようになってしまい、ダントン家の名声も下がってしまった。残された私も学校しか居場所がなくなり、アリスも仕方なくメイドに育てられることとなった。」
「そんなのって、ないですよ、しきたりだからって子供に向き合わずただ逃げて、自分に都合のいい人間を作ろうとして…2人の人生を粗末に扱って、自分は挙句死んで他人任せですか、そんなのってないですよ。母親なら、名声なんて考えず、子のことを考えるのが当たり前でしょう!?それなのに…」
「君は、優しいんだな。だが、どんな世界でも、そういう人間はいるものさ、しかし、生まれてきたからには父と母だ、背負っていくしかない。だが、今になって気づいたことがある。母のせいで残ってしまった我々二人だが、私はアリスと出会えて良かったと思っているよ。血が繋がっていなくとも、どんな禍根があろうとも。私にとっては大切な妹なんだ、だから今もこうやって旅をしている。」
「でも、こんな辛いのって…ないですよ。」
「いや、いいんです、エルド様は、メイド長と一緒になって私を育ててくれましたし、今日だって、エルド様のおかげで生きていられるんです。だから私、大丈夫です。母親だって、気づいたら居なくなっていたんですから。それに、今の私はエルド様のメイドですから、関係ないことです。」
「君が思っている以上に、私達は割り切っている、気にする事はないさ。さて、私とアリスが旅をしている理由も話さなくてはいけないな。今、私とアリスは、メリアの町が消失した事実を探している。」
「消失?」
「そうだ。今から二年前、私達の故郷であるメリアの町は、突如として消失したんだ。」
「消失って、どういうことですか?」
「そのままの意味さ、二年前に起きた事件以来、跡形もなく、町自体が消失していたのさ。」
話をしているエルドの顔は真剣で、とても冗談を言っているようには見えなかった。アリスも、その話を俯きながら聞いていた。
「私とアリスはその時、隣の町に買い物に出ていたから助かったが、町にいた人間は皆町ごと消え去ったんだ。」
「そんな…でも、消えたからって、2人の家を嫌っていた人たちはいたんでしょう?人生をかけてまで探すなんて…」
「さっきも話をしたとおりだが、メリアの町でダントン家は疎まれてはいた。しかし、私にもアリスにも、学校の友達やメイドや父親という家族がいたんだ、それが一瞬にしてどこかへ消えたんだ、どれだけメリアの町にしきたりがあろうが、それを気にしない人間もいたんだ。彼らの命だってかかっているんだ。彼らの為にも、私たちは真相を見つけなければいけない。アリスが言いにくいのも、理解してくれるだろうか。」
「そうですよね…アリス、本当にごめん。」
「いえ、私は大丈夫です。エルド様がいるから、これからだって、みんなに会えるって信じてますから。」
「それなりに覚悟は着いている、ということさ。トウゴくん、そういえば、消失に関して、君にも関連性があるんだ。メリアの町は、破壊された訳では無い、どこかに移動したように空間ごと消えているんだ。」
「まさか、それって…」
「そうだ、君を連れていく内に研究したいことの1つがそれなんだ、異世界の人間である君がこの世界に転移してきたことと、メリアの町が消えたことの関連性をね。」
「…わかりました、旅の間、できることはなんでも協力します。俺も二人の大切な人を、助けたいです。」
「うん、そう言ってくれると助かる。長くなったが、これで我々の素性も話せたかな?」
「はい、これから二人にしっかりついて行きますから、よろしくお願いします。」
「ああ、よろしく。まあ、長話もあれだ、しんみりする前に、夕食でも頂こうじゃないか。」
「はい。」
正直、衝撃だった。この世界でも、難しいしきたりとか、普通じゃ考えられないような関係とか、あるんだって。
旅をする理由は人それぞれだが、この2人の覚悟は一筋縄ではない。そんな2人に、俺はどう答えられるのだろうか。
俺がしっかり協力しなければいけない。守っていかなければいけない、そう思った。
「さあ、ルサイのシチューだ。」
「うわあ、美味しそうですね。」
「…おいしいですね」
木のスプーンを使って、シチューを口に運ぶ。
とても優しい味が広がった。どんな状況でも明るく振舞って乗り越えてきたであろう2人の持つ優しさを感じる。
しかし、しんみりする話をした割には、アリスは元気だったが、さっきよりは会話が少なくなっているような気がする。俺のせい、だな。どうにか、なにか出来ないだろうか。こういう時、気のいいことを言えていれば、と何度も思う。しんみりしたままだといつも気が下がったまま終わってしまう、今日くらい、今日ぐらい、優しいいたいけな少女なのだから、俺が助けなきゃ…
「アリス、本当にありがとう。また釣りしような。今日はほんとに楽しかった。今度はもっと上手くなりたいからさ、色々教えて欲しいな。」
「あ…はい!私も楽しかったです!」
簡単な事だった、ただありがとうを伝えるだけでいいんだ。彼女に難しい言葉はいらない、ただ、伝えるだけでいいんだ。
二人にあったこと、これからしなければならないこと。どんなことも現実なこと。
全てを軽く考えていた。勇者なのに、どうあるべきかも分かっちゃいない。全てに、しっかりと向き合わなければいけない。
「君のいた世界では、シチューはあったのかな?」
「はい、ありました。魔法は無いですけど、道具や文化なんかは似ているところがあるかもしれないです。」
「そうかそうか、じゃあ口にはあったかな?」
「はい、とっても美味しいです。転移してきて、しばらくはサバイバル生活だと思ってましたから、すぐにこんな食事を取れて嬉しいです。」
「いや、サバイバルはするだろうな、明日から旅を続けるが、外で寝泊まりすることの方が多いだろう。」
「そうなんですか、覚悟をしとかないといけないですね。」
「でも、サバイバルといっても、エルド様の料理は美味しいですから、安心してくださいね!」
「それなら安心だな。あっ、エルドさん、俺に魔法を教えてくれませんか?」
「ああ、そのつもりだ。勇者なら魔法も剣術も完璧にしなければならないだろう?魔法は私が、剣術はアリスが教えよう。君には強くなってもらうよ。」
「はい、ありがとうございます。」
いよいよ旅が始まる、と言ったところだ。サバイバルも、剣術なんてものも、元の世界では考えたこともなかったな。辛いかもしれないが、乗り越えよう。俺の新たな1歩が始まるんだ。
第三話 「過去」おわり