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よくある話。A song by D.

一口に音楽が趣味と言われてもそれが聴くのか歌うのか演奏するのかはたまたコレクションか。ジャンルにしても流行りのJ-POPもあれば洋楽、クラシック、演歌その他と多岐に渡り、聴き方ひとつにしても最も身近で手軽なのは音楽アプリからのダウンロードだがコレクションを兼ねてCDやレコードもしくは生の演奏を求めてライブ会場へ赴くのか。更に演奏する側なら楽器の数だけ更に増える。

そんな色々な種類をもつ音楽の趣味の中で、ロイドの趣味は『作曲』だ。


パソコンがあれば誰でも楽曲制作できる今の時代はなかなか便利なもので、家には楽器なんてないしそもそも触れた経験自体そうないロイドもDTMソフトで曲を作り、ついこの間できあがった曲を唯一打ち明けている彼女に聞いてもらった。

本当は作った以上、他の人にも聞いてもらいたい気持ちもあるけれど自作した曲を聴いてもらうと言うのはなかなか勇気がいるもので、特にロイドの年代だとからかいの対象にもなり得る。事実、クラスで小説家を目指している子が書きかけの小説を奪われて朗読されたという半ば公開処刑と化していたのを知っている以上、自分の友達がそんなことをするような人達ではないと解っていても余計に言えなくて。まあ、あえて自分から言う必要はないかと結論付けてしまい今まで作った曲も視聴者は彼女だけに留まっている。




「どうだった?」


聞き終えた頃を見計らって彼女に尋ねる。小学生の頃から合唱部に所属している彼女は、中学1年生の時からソロパートを任される程の音感の持ち主なのでロイドが良いと思った曲でも彼女に聴かせると「ここの音の重なりが気持ち悪い」「序盤、ピアノだけで音が弱いから他の音も重ねて厚みを持たせた方がいい」「これだとテンポが悪いからもうちょっと早くした方がいいと思う」と数々の名曲のから培ってきた音楽センスで忖度ない評価をしてくれるしアドバイスもしてくれる。

だからヘッドホンを外した彼女が「うん、これまでで一番好き」と答えてくれた時は叫びあがるほど嬉しかった。自信はあった。自信はあったがあくまで自分の評価だ。自分好みの音とリズムが続いて他の楽器と重なってひとつの曲となって完成した時点で達成感は得られていたけれど、そこに共感してもらえて好きだと言われて喜ばない作り手がどこにいる。

YES!と叫ぶと両手の拳を高々と突き上げた体制のままベッドに倒れ込む。

満足感は十分得られた。こんなに充実した想いはいつぶりだろう。そんな幸福感に浸るロイドに彼女は「ねえ」とある提案をした。






「ローぉイーぃドっ!」


直後に背後からくる衝撃。なんとか踏みとどまったロイドが自身の肩に回された腕を辿ると、太陽のように笑顔を輝かせた遼に行きついた。

今の勢いといいこの上機嫌っぷりといい元気がありあまっているようだが、今は部活終了直後でしかも遼はついさっきまで銀竹と試合をしていたばかりだ。その試合だって力任せに打球を叩きこむゴリ押しプレーだったのに、よくスタミナとテンションが持つ――いやテンションの高さは元からかと思い直していると「ハンバーガー食べに行こうぜ!」とこれまた高めのテンションで誘われた。あと、ただでさえ大きな声なのに耳元で叫ぶので余計に煩い。


「はいはいバーガーな。あれ?もうお前、着替え終わってる?」


よく見ればネクタイは省略されているものの、いつの間にかジャージから制服に着替え終えている。いつもならジャージのまま帰りたい着替えるの面倒だとだらけてロイドや他の部員から早く着替えろと言われているのに、今日は逆で今も早く早くと急かす遼にそうかと思い出した。


「そういえば春限定のやつ始まったってSNSで流れてたもんな」

「そう!俺は一年これを待っていた!」


またも嬉しそうに歯を見せて笑う遼は、テニス部一大食いで食べる事はもとより新商品や期間限定といった言葉にも敏感で、毎年この時期になると桜エビを使用した春限定ハンバーガーを必ず食べに行く。これは遼の一番のお気に入りらしく、発売日当日にはこうやって誘われて食べに行くのが定番になっていた。

どうりでいつも以上に張り切って試合に臨んでいた筈だし、終わってから続くこのテンションの高さにも納得だ。試合中だって銀竹に勝つことよりも、どうすれば早く試合を終わらせてハンバーガーを食べに行けるのかで占められていたに違いなく、視線を向けた先の銀竹は両手を握って開いてを繰り返してまだ戻らない握力に渋い顔をしていた。


「だから早くハンバーガー食べに行こうぜ!」


今年もようやくその季節がやってきたと嬉しさのあまり語尾にハートマークを飛ばす遼を「ハイハイ」と適当にあしらうと手早く着替えを済ます。もちろん一年中半袖カッターシャツノーネクタイの遼とは違ってブレザー着用、ネクタイも締めるのも忘れない。


「ロイド早く!早く!」

「そんなに急がなくたって桜エビバーガーは逃げないよ。じゃあ俺達帰るわー」

「おー、お疲れー」


まだ着替え途中の銀竹達に手を振ってラケットバッグを担ぐと、いざ求め行かん桜エビ!と浮かれた掛け声の遼を先導にハンバーガー店に向かった。






ハンバーガー店に行くと遼が楽しみにしていた桜エビのハンバーガーのポスターが店内の一番目立つところに貼られていてレジの店員からも「いらっしゃいませ。季節限定の桜エビバーガーが本日から販売開始です」と紹介されるなど圧が凄い。遼は即答で桜エビバーガーのセットを頼み、ロイドは一瞬ハラペーニョバーガーを気になったものの同じものを注文した。

商品を受け取った二人はさて、と空いている席を探す。ちょうど帰宅時間と重なったのか、ロイド達のように学生服姿の男女や会社帰りの大人達で賑わっていて席を探すのも一苦労だ。店内を見渡しているうちに、テーブル席の一つに可愛い後輩達である大樹と河西の二人を見つけてしまった。見つけてしまったというのは、二人は四人掛けのテーブル席に座っているのに他に連れはいない様子でしかもなにやら顔を近づけて話し込んでいることから放課後デート中だと察したからだ。

あの河西となんてやるじゃないか。

転校してきてまだ数週間しか経っていないにも関わらず彼女は蒼夏の有名人だ。男子生徒数が圧倒的に多い蒼夏に女子の転校生とだけでも話題なのに、透き通るような白い肌に引き込まれそうなぱっちりとした瞳と十人中十人が振り返る可愛さとくれば学校中の男子は次々と彼女の虜になった。

テニス部に入部したのが知られたときはその全員からなんでテニス部なんかに!と恨みのこもった視線を向けられて、視線だけで済めばよかったのに弱小テニス部のマネージャーなんかいらないだろ!それより俺達のマネージャーになって!可愛い君にマネージャーされたい!と河西に直談判しに行く連中も現れる始末。

もちろんその度に河西は断っているのだが女子に飢えた3年生の諦めの悪いこと悪いこと。学年が上の自分達に歯向かう者がいないのをいいことに、連日に渡って大人数で彼女の下へ押しかけるので初めは一人一人丁寧に断っていた彼女も3日もすればすっかり怯えてしまい、これにはブチ切れた橙南を筆頭に他の部活の女子マネージャーが可愛いマネージャーならすでに足りているだろと他所に現を抜かしてんじゃないと仁王立ちで怒鳴ったのはかなり迫力があった。それに参加しなかった女子達も「私達がマネージャーなのは不満そうなので」と授業が終わると早々に帰ってしまうなど一騒動あったようで、各部の部長と顧問は頭を抱えたらしい。だからと言って今まで自分達を支えてきてくれたマネージャーを軽んじた連中を擁護する気にはならなくて完全に自業自得だよな。としみじみ思い出していると河西と目が合ってしまった。


「(あ、気づかれた)」


決して二人の邪魔をするつもりなんてなく、むしろ気づかれる前に別方向へ行こうと思っていたのに日本人とは異なる体格と特徴的な赤い髪が目についてしまったようだ。べこりと頭を下げられてしまい連鎖的に大樹にも気づかれてまたも下げられる頭。こうなるとロイドも無視できなくて、こっちよかったらどうぞ空いてますよと手招きに甘えることにした。


「ありがとな。思ったより混んでて空いている席が見つからないから助かった」


河西の隣に座った遼が礼を言うと彼女は「ちょうど時間だったのと期間限定商品の発売当日でいつもより混んでるみたいですね。私達も四人掛けの席を二人で座ってちょっと気まずいなと思っていたのでこっちも助かりました」と微笑んだ。

遼が大樹の隣に座ったので残った河西の隣に座ると、彼女が少し体を強張らせたのに気づいた。誘われて言うのもなんだがどうも河西は自分に臆している気がする。その理由は、テニス部に入部してまだ日が浅く緊張しているからか、それともこの赤い髪に青い目と言う日本人とは大きく異なる容姿にか。

ロイドとしてはもう人生の半分ほどは日本で生活しているので、そこら辺にいる観光中の外国人とは違って日本語はしっかり話せるし漢字も読めるし、なんなら雰囲気やしぐさも日本に染まっているからそう構えなくてもいいのにと思っても見た目がそうさせない。こればかりは慣れてくれるの待つしかなく、どうか部活引退には間に合ってくれますようにと願う。


「俺達が来たのもその桜エビバーガーが目当てなんだ。大樹と河西ちゃんは……放課後デート?」


こてんと首を傾げた遼に大樹と河西の二人から揃って「違います!」と食い気味に否定された。煩かったのか隣のテーブルから非難めいた視線が向けられて、軽く頭を下げて謝罪したロイドはお前にはデリカシーって言葉がないのかと遼の後頭部を叩く。


「志賀君と私がデートなんてまさか。今日はたまたま一緒にいるだけです」

「まさかここで先輩達と会うとは思いませんでした。……この店、知ってましたっけ?」

「勿論。だって俺ここの桜エビバーガーが好きだから毎年来てるし」


目を丸くさせた後輩たちの反応にそうだよなぁとロイドも桜エビバーガーに齧りつく。

桜エビバーガーは熱々サクサクのエビカツと桜エビのソースの組み合わせで確かにおいしいけれど、レギュラーメニューのエビバーガーと桜エビバーガーの違いはソースくらいなのでちょっと味と風味にエビ感が強くなった程度。そもそも桜エビ自体、メインで味わえるものじゃないんだろうから多分、季節感なんだろうとロイドは感じている。

対して遼はと言うと、待ち焦がれていただけあって豪快に齧りついた最初の一口で半分近くが消えていた。食べ物をいっぱいに詰め込んだ口から「んーー!」と言葉にならない声をあげて、しかも口の端にはソース付きなんて行儀悪いと叱責されるところだがこうも満面の笑みでおいしそうに食べられては、ファストフード店とはいえ作り手冥利に尽きよう。

壁に貼ってあるハンバーガーを齧る女性のポスターと頬張る遼の2ショットを撮って比べてみると同じものを食べている筈なのに圧倒的に遼の方がおいしそうに見えるのが面白く、これをSNSにアップしたら確実にバズるけど被写体はロイドではなく遼なので惜しいが諦めるしかない。

ちなみにロイドのスマホには食事中の遼の写真がまだ多数収められていて、大樹と河西に見せれば二人とも面白いほど食いついた。


「おぉ、すっごい笑顔。遼先輩って本当、おいしそうに食べますね」

「ほんと。あ、この新フレーバー!今朝テレビで紹介されていたの見ましたよ。それなのにもう食べてるなんて情報早い!」

「遼は新商品、期間限定商品に詳しいんだよな」


その証拠に「Hey,RYO。おススメのスイーツ店を教えて」と投げかければ。


「かしこまりました。駅前のコーヒーショップでは明後日から毎年恒例桜のドリンクと桜のスイーツが始まります。サンモール蒼夏では大阪で人気のアップルパイの店とクリームにこだわりを持つパンケーキの店がオープンします。七雲商店街には進化系いちご飴や同じく進化系チュロスなど食べ歩きに適したスイーツ店が多数ありSNS向き、いわゆる映える写真を撮るには最適です」


すらすらと出てくる店の情報に大樹と河西から「おぉー」と感嘆の声が上がり、それに気をした遼は「スイーツだけじゃなくてデカ盛グルメも言えるぜ!」と胸を張って次々と店名を挙げる。いずれも食べ盛りな学生と大食い動画投稿者の両方が御用達の店で、遼はその全ての店でお代を賭けた大食いメニューにチャレンジしており、先日もロイドの目の前で超巨大オムライスを完食していた。通常サイズですでに大盛と言われている店での約10人前のサイズで、あまりの重さに運んできた店員の腕は震えていたしテーブルに着地した時にも通常では聞こえない重い音もした。あまりの大きさにロイドが顔をひきつらせた一方、遼は「うまそう!」と輝いた目でスプーンを握っていた。確かにチキンライスを包む卵は焦げ目ひとつない奇麗な黄色をしていてそれを彩るケチャップの赤い色を引き立てる。とはいえこのサイズだ。

店からの完食できるものならしてみろという挑発が目に見えて、いくら今まで数々の大食いメニューを制覇してきた遼でも流石にこれは……と危惧するロイドを他所に、遼は両手を合わせて元気のいい「いただきまーす!」の掛け声でオムライスの山に突撃した。突き刺されたスプーンは塊でチキンライスを引き出して、歯が見えるまで大きく開いた遼の口に吸い込まれていく。


あ、大丈夫だ。


一口目のそれで遼の完食を確信したロイドはこのチャレンジを記録すべくスマホを構えた。折角のアリーナ席で見逃すのは惜しい。

すくって食べて飲み込んで。すくって食べて飲み込んで。

一定のスピードで往復するスプーンがオムライスの山をどんどん崩していく様子は見ていて気持ちよく、ロイドはもとより他の客やホールの店員、調理場からも首を伸ばしてこちらを見る店員達が見入っている間にチャレンジは成功。撮影した動画を大樹と河西に見せてやれば、やはり二人も同じ事を思ったようで「大食い動画で投稿したらどうですか?」と割と真剣に言う大樹に河西も強く頷いて同意を示す。


「普通の人の大盛が志摩先輩にとっての並かやや少なめって感じですね。もうここまでくると特技は大食いって言っていいんじゃないですか?」

「いや、別に大盛じゃなくても食べる事全般が好きだから特技より趣味だな!そういう河西ちゃんはなにか趣味ある?」


急に話を振られた河西は「え!?趣味ですか!?」と慌てた後に。

「うーん、引っ越してからまだ通学路以外あまり知らなくて土日はどこになにがあるのか散歩?散策?しているので多分、それかなぁ」

と悩みながら答えた。聞けば河西が以前住んでいた町では、カフェ充実していたらしく、特に密集している場所では数軒先に次の店という具合に並んでいたようで、それも常連客で成り立つような地元に根付いた店もあれば、誰もが知っている有名なチェーン店、その時々の流行に合わせてメニューがコロコロ変わる店、昼間はソフトドリンクのみだが夜になるとアルコールも提供するカフェバー、カフェなのにコーヒーよりもフードメニューの方が充実していて味も定評のある店等々、とにかく多様でだからあんなにカフェが乱立していても成り立っていたんでしょうね。と河西は言う。


「志賀君は?」

「俺は剣道だな。テニス始めたから時間は減ったけど、今でも道場に行ってるし、たまに健太さんと打ち合ってるし」

「ああ、大樹も健太も中学では剣道部だったんだっけ」


橙南から聞いた話だが大樹と健太は小学生の時から同じ剣道道場に通っていて、数々の大会で好成績を収めていたらしい。特に健太は全国大会に出場するほどの強者で、都外からスカウトの話も上がっていたのだが本人の希望で古豪と呼ばれた蒼夏を選び、同じ道場に通い健太を兄弟子と慕う大樹もそれに続き蒼夏に入学した。まではよかったのに、二人共揃いも揃ってどうしてテニス部に入部しているのか。

ロイドの記憶では健太は1年生の夏休み後に剣道部からテニス部に転部してきて、大樹は体験入部期間を剣道部で過ごした後、見学にすら来ていなかったテニス部に入部した。おかげで入部初日に「曙中学の志賀大樹です。中学では剣道部だったのでテニスは初心者ですがよろしくお願いします」ともう一人の新入部員立花と並んで自己紹介をされた時には誰だコイツ?と頭の中に大きなクエスチョンマークが浮かんだものだ。


「ロイド先輩は何ですか?趣味」


遼、大樹、河西と続いて回ってきた自分の番に「そうだな」と考えを巡らせる。


「たくさん写真とっていたしSNSですか?」


そう河西が尋ねる。確かに食べる事が趣味の遼に付き合っているおかげで流行りの店に行く機会が多く、しかも味は勿論それ以上に写真映えすることが必須の今の時代、ロイドのスマホにはSNSにうってつけの写真が多く収められている。本当は作曲が趣味だが言えるものではないし、話の流れ的にSNSと答えてもおかしくないよなと口を開きかけたタイミングで。


「ロイドの趣味はアレだろ?歌」


さらりと言ってのけた遼にロイドに緊張が走る。

いや、遼は歌と言っただけだ。作曲だとはまだ言っていない今ならまだ巻き返せる。


「へー。誰かのファンなんですか」

「そうじゃなくって自分で歌作って歌う方。アップもしてるし」


ハイ、アウトー!

何でいやお前が知ってる?いやそれよりどこでバレた?

先ほどの店同様、すらすらと答えるおかげでロイドの心境は大混乱である。後輩二人はロイド本人の口から言われていないからか、半信半疑の視線をロイドと遼交互に向けるので「嘘じゃないぞ!」となぜかムキになった遼がスマホを取り出して動画を再生し始めた。言わずもがなロイドが作曲して歌ったもので、しかも昨日投稿したばかりの最新作とくれば、恥ずかしさのあまり両手で顔を覆うのも仕方ない。

投稿者の名前はオペラの歌姫を意味するDIVAから拝借して「D」と名乗り、背景は顔出しもパーツ出しもせずフリーイラストを繋ぎ合わせただけなのに本当、なんでバレたんだろう。歌声か?いや、歌っているときの声と普段喋るときの声は出し方が違うので気づかない筈。


「ちょっと待ってください。うっわ、こっちのやつ再生数エっグ…。素人の歌なんてこんなに再生されるものじゃないでしょ」

「どっかの有名人がSNSで今よく聞く歌って紹介していたからそれじゃないか?まあ、俺はもっと前から知っていたけどな!」

「えぇーなんですかそのマウント…でも素敵な歌。女性パートは誰が?ロイド先輩のお姉さんですか?」

「いや、そこは俺の妹の咲良が歌ってるぜ。ロイドが作った歌を咲良単体で歌っているのはこれとこれとかだな」

「待て待て待て。お前、どこまで知っているだ?つか、いつから知った?」


状況についていけなくてうっかり流されていたが、今のは聞き捨てならない。ロイドは手の平を向けてストップをかける。なんで自分が歌っていることだけでなくて、遼の妹の咲良に楽曲を提供していることまで知っているんだ。混乱が続くロイドに、遼は太陽のように輝く笑顔で答えた。


「そんなの最初からに決まってるだろ!」






「あはは!お兄ちゃんにバラされた上、そんな追い打ちかけられたなんてロイド君も大変ね」

「笑って言うけどなぁ…こっちはその後どんな顔すればいいか解らなかったんだぞ。その後、大樹と河西ちゃんにも口止めしたりしてもうメンタルガリガリ削られた」

「お兄ちゃんってよく言えば豪快とかエネルギーの塊みたいな反面、平気で地雷踏み抜くところがあるから」

「あとデリカシーがない」

「だね。でも帰ってきてからロイドが歌っているのは内緒だったのか?って私に聞いてきたから反省はしているみたいだし、私からも説明しておいたから許してあげて。はい。さっき言ったところ完璧に直ってるからアップして大丈夫だよ」


あくる日の休日、ロイドは遼の妹の咲良にハンバーガー店での出来事を話した。げんなりするロイドとは対照的にとても楽しそうに笑った咲良は、ヘッドホンを外して完成したばかりの曲の感想を伝える。

彼女こそがロイドの作曲にアドバイスをし、ロイドに歌ってみないかと提案した張本人だ。その提案のおかげで大勢の人から好評を得られる嬉しさと快感を知ったけれど、この度めでたく親友と後輩にも知られてしまうという恥ずかしさも知った。

幸いなことに、ロイドが歌を投稿していると話したのはあの場だけだったので大樹と河西には口外しないよう頼んでおいたし、二人共ロイドの気持ちを察して誰にも言わないと約束してくれたから本当にいい後輩たちに恵まれたと思う。


「Thanks.しっかし、一体どこでバレたんだ?俺につながる要素ゼロだろ」


身バレするのはもうごめんなので投稿専用のアカウントや今まで投稿した動画、コメントへの返信、コラボした他投稿者等々…幾度となくスマホと睨みあいを続けてきたが特に個人を特定できるようなものはない。一体、遼は何を見て自分とDを結び付けたのかが未だに解らず、あの時に聞いておけばよかったけれどそんな心の余裕はなかったし、かといって今更何で俺だと気づいたの?とも言えず、モヤモヤした気持ちのまま頭をかきむしる。


「あー、お兄ちゃんって勘が鋭い時があるからそれかな」

「そんな理由じゃ納得できない」

「だよね。私も聞いたんだよ?でも『だってどう聞いたって咲良とロイドじゃないか』って言われたし、そもそもどこで私達の動画知ったの?って聞いたらしばらく考えて『どこでだろ?』って自分でも首を傾げていたんだから何の参考にもならないよね」


全くもって咲良の言う通りで、大きく息を吐くとスマホを置いた。相変わらず収穫はゼロ。咲良のチェックも済んだことと気分転換を兼ねて今日新作をアップしますとSNSに告知投稿すればフォロワーから『楽しみにしています』『待っていました』等々の反応がすぐに返ってきて反応の速さに戸惑いつつ、嬉しさがこみ上げてくる。

投稿を始めた頃は素人なので当然再生数も少なくコメントも無いかあっても片手で足りる程度だったけれど、どこかの有名人が気まぐれで自分の動画を紹介した為にここ最近は再生数もコメントも比べ物にならないほど増えた。これがインフルエンサーというものなのかとしみじみ感じていると、1階からロイドと咲良の名前を叫ぶ声と階段を駆け上る音が聞こえてくる。

告知投稿を見た遼が突撃してくるまであと3秒。フライング視聴はお断り!とロイドと咲良が突っぱねるまであと4秒。



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