よくある話。事実は小説より奇なり3
事実は小説より奇なりと言うけれど、それにしてもおかしくないか。
そう言いだしたのは河西の方だった。
「入学式から結構経つのにいまだに誰のルートにも入る気配がないっておかしくない?都予選も中間テストも終わっちゃったよ?」
「入らないならいいじゃないか。元々、ルート回避狙ってるんだし」
『運命の恋人―困難を乗り越えて―』はサブタイトル通り様々な障害を経て攻略キャラと結ばれるもの。その様々が暴力団の跡目争いにパンデミック、国境を越えた犯罪事件等とかなり危険な内容の上、ヒロインの河西と違って所詮モブキャラの俺はどのルートでも死んでしまうのから絶対に回避したい。
だから俺達は協力し合っている。今日だってこうやって学校帰りに某ハンバーガーチェーン店で話し合っているのにいきなりなんだ。やっぱりヒロインやりたくなったのか?
そう問えば「それは違う」と首を横に振られる。
「一ファンとしてはこれ以上美味しい展開はないけど、どのルートでも大勢の人の命に係わる事件に巻き込まれる恋愛なんて絶対嫌。でも気づいたのよ。ルートに入るためのシナリオが役割を果たしていないって」
「そうか?俺には皆の好感度が上がってるように見えるけどな。強いて言うなら誰かが特出しているわけでもないから、このままだとハーレムエンド行き?」
「ううん、このゲームにハーレムエンドがあるなんて聞いたことない。志賀君はこのゲームで都予選と中間テストがイベントなのは知ってるよね。でも都予選は普通に優勝したし、中間テストの時に瀬野君の家でやった勉強会もゲームでは二人きりだったのに志賀君もいたでしょ?」
そう言われるとそうかもしれない。
ゲームをしていたのは姉さんで、俺は姉さんから聞いただけだから細かいところまでは知らないんだけど、確か都予選ではロイド先輩と東城のイベントがあった。
ロイド先輩の方は、ヒロインが足りなくなった飲み物を買いに自販機に行くと帰りに他校生に絡まれて困っているところに、たまたま通りかかったロイド先輩が英語とスペックの高さで他校生を追い払って助けてくれるイケボベント。これはロイド先輩の最初のイベントということもあってファンの中でもかなり人気なんだっけ。
でも実際には、きちんと飲み物を準備していたにもかかわらずゲームの強制力というのか自販機に行く流れにはなった。ただ俺と立花も一緒に行ったのでそのおかげか他校生から絡まれることなく、ロイド先輩のイケボ英語バージョンは聞けず仕舞い。絡まれる筈だった他校生ともすれ違ったけど、何か起きる様子もなく普通にすれ違って終わった。
一方の東城のほうはというと、決勝戦の対戦相手に東城が中学時代のチームメイトがいて、おまけに東城とダブルスを組んだこともある人だから因縁の対決ってやつ。
決勝戦直前にヒロインと一緒にいた東城を見つけると、ヒロインがいるにも関わらずどうして自分達と同じ学校に来なかったのか。どうして蒼夏を選んだんだ。どうして自分の実力を解っていないのかと責めだす、通称どうして三段活用とネタにされた東城イベントがあったのに、こちらもいざ始まってみると東城の中学時代のチームメイトが接触した場には河西だけじゃなくて俺と響先輩もいたし、交わされた会話も。
「あれ?東城?卒業以来じゃん久しぶり。つーかその恰好、もしかして1年生なのにもう試合に出してもらえるの?」
「うん。蒼夏って人数少ないから1年の俺でも出してもらえた」
「いーなーぁ。俺達なんて先輩達いるから2年どころか3年生になってもレギュラー争いで試合に出れるか怪しいんだぞ」
「強豪校だと強い人達ばかり集まって大変だな」
「そー。一応、先輩達応援しなきゃいけないから東城の事応援できないけど頑張れよー」
「おー。ありがとう」
と言うだけでそれ以上の絡みはなし。ちなみに試合は3-2で蒼夏が優勝している。
勉強会の方も今思えばかなり不自然な流れで立花の家に行ったけど、ただの勉強会で終わったし敢えて言うなら立花のペットがかわいかったことくらいか?アイツ、フェレット飼ってるんだよ。黄色っぽい毛並みだからボルトって名前で、めちゃくちゃ撫でまわしてやった。
しかしそのボルトが河西には気がかりだと言う。
「ペットなんて飼っていたらイベントのどこかで絶対出てくるでしょ?それも犬や猫と違って珍しいフェレットだったら尚更。なのにゲームではボルトどころかペットを飼っている設定なんてなかったのよ」
「確かに。ペットに関連付ければ好感度の上げ下げしやすいよな」
「でしょ?ゲームだと瀬野君の苦手なところを教えて好感度をあげて休憩の時に部屋に女子を入れたのは初めてで緊張したって言われるんだけど、それだって生物だったのが数学に変わってるし、もしかしたら初めて部屋に入れた女子だって私じゃないかもしれない」
それはちょっと考えすぎだと思うけど。喉元まで出かかった言葉を寸前で飲みこんだ俺は偉いと思う。
だって立花だぞ?あの立花に部屋に入れるような女子友達いると思う?絶対ない。100%ありえない。女友達じゃなくて彼女なんてオチも絶対ない。ないないない。
だってじゃなきゃ羨ましすぎるんだよ!!
俺なんて前世?含めて姉さんと母親、ばーちゃん以外、部屋に入ってた女性いないんだよ!それなのに立花はいるとかずるい!
「落ち着いた?」
「んー、まあそこそこ」
「じゃあ残りのイベント確認しておこうか」
取り乱した俺が落ち着くのを待って河西は鞄からノートを取り出した。このノートには俺と河西の知っている限り『運命の恋人―困難を乗り越えて―』のイベントと登場人物を書き込まれていて、都予選と勉強会の結果も書いてある。ゲームとは違いどのキャラの好感度がどれだけ上がっているのか解らないので、ここから考えていくしかないのだ。
「うーん、近い所だと冬海部長のお弁当かな?」
「あー、部長に弁当つまみ食いされるやつか」
「そう。卵焼きをあーんさせるスチルが卵焼きより甘いって言われたアレ」
「姉さんが絶叫上げてたの思い出したー。あれのせいで朝昼晩三食卵焼きが続いたし、食べるときもニヤニヤしてるからめちゃくちゃ気味悪かった」
「あ、それ私もした」
「お前もかよ」
「だってファンなら一度は通る道だから!」
胸を張る河西だけどそんな力説されてもな。俺、ファンじゃないし卵焼きも甘いのよりしょっぱい派だから三食甘い卵焼きでちょっと嫌だったから解んないわ。
とりあえずこのイベントの失敗としては、冬海部長に卵焼きを食べさせ化ければいい。お弁当に卵焼きを入れないかお弁当自体を持ってこなければいい話だけど、まーたなんか強制力が働いてきそうだよな。
「じゃあお弁当を食べるときは俺と一緒にいるか?」
「いいの?よかったそれだったら瀬野君も一緒に食べる流れになるだろうし、冬海部長と二人きりっていうシチュエーションじゃないからイベントは確実に流れるわね」
「遼先輩と誠さんの方はどうだ?」
「志摩先輩にはオープンしたてのアップルパイのお店に行かなければ会わないし、誠さんのイベントは練習試合から始まるからその日程が決まらないことには。でも……」
順調にフラグつぶしを相談していたのに、ここにきて急に言い淀む。
そう言えばここに来た時に、誰のルートにも入らないことをおかしいと言っていたな。ルートには入りたくない。だけどルートに入らないことを怪しむのは矛盾しているのに。
「シナリオ自体は進行しているのに、肝心の成功パターンがないっていうのがおかしいのよ。大体、乙女ゲームに転生する系っていうのは何もしなくても攻略キャラから好かれるものなのに全然そんな気配がない。いいえ、そうなるのがいいの。そうしたい。何も起きなくていいんだけど思ったことがあって。もしこのまま誰のルートにも入らなかった場合」
声のトーンを落とした河西の言葉は俺に衝撃を与えた。
「どんな事件が起きるの?」