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よくある話。男子高校生、実は狼男

事実は小説より奇なり。


「(その言葉を私は世界中の誰よりも実感している)」


橙南は池に映る満月を見つめてぼんやりと思った。

時刻は真夜中。いつもならとっくに寝ている時間だが、家をこっそりと抜け出した彼女は、徒歩15分程の距離にある蒼ヶ池公園にいた。名前に池とあるように大きな池と芝生が広がるここでは、現在ウォーキングとランニングのコース設置が行われており、工事中の立て札があちこちに立てられている。

そんな公園で橙南は一体、何をしているのか。

材木をベンチ代わりにしてるので快適とは程遠く、公園内には橙南と、橙南の隣に座る大型犬しかおらず静かなもの。時々風に煽られたビニールシートがたてる音がそれを強調する。


「さぶっ。やっぱもうちょっと厚手の上着にするべきだったかな」


春とはいえ今の気温は薄手のシャツ一枚では厳しく、暖を求めて寄り添っていた大型犬に抱き着いた。動物らしい高体温。カイロにはうってつけだ。ただ少し硬いのがマイナスポイントで、抱き心地を求めて腕を動かしていると「くすぐったい」と大型犬が喋った。

犬が喋る。普通なら驚くところだが橙南は「喋っちゃだめでしょ」と鼻先に指を立てて注意しただけだ。ドッグブリーダーを真似たそれに大型犬は「俺は犬じゃない」と顔を逸らす。

犬じゃないと言うが、両耳はピンとした立ち耳とシベリアンハスキーやジャーマンシェパードを思わせるような顔立ちはどうみても犬だ。不服そうにするりと橙南の腕をぬけて地面に降り立った次の瞬間、四足歩行だった大型犬だったそれはしっかりとした二足歩行で立ち上がる人間、桐生健太に変わった。


「俺は狼だ」

「どっちでもいいから戻ってよ。寒い」


橙南にとっては犬だろうが狼だろうが健太には変わりない。それより今大切なのは暖を取ることだ。人間に戻って温かい毛皮を失った自分には抱き着く価値がないと言外に匂わせられた健太は、俺はカイロでもないと喉元まで出かかった言葉をぐっと飲みこんで自分が着ている上着を差し出した。橙南が着ているものとそれほど差はないだろうが一枚増えるだけでも違うだろう。


「これって何て言うの?彼シャツならぬ友ジャケ?」

「さあな。……誠が着ているようにしか見えないな」


普通、女子がサイズ感の違う男子の服を着れば男心をくすぐるのだが橙南の身長は女子の平均を越えた170cmオーバーな上、双子の弟の誠と顔も体格も瓜二つとくれば、メンズの服を着た橙南は誠にしか見えないのが正直な感想。正直すぎる感想故、すかさず自分の足を狙いにきた橙南の踏みつけを躱す。次がきてそれも躱してまた次をそしてまた次を、と攻防戦を繰り広げているとずしんと質量を伴った音と振動が伝わった。


「おい橙南、今のはヤバいだろ。太ったんじゃないか」

「んな訳ないでしょ。大体、女子になんてことを言うんだ」

「じゃあ今のは…?」


顔を上げた二人が見たのは石像。なぜ石像が動いているのはさておき、石像は人型をしているが両腕を二本余分に生やして独特な髪飾りと衣装から何かの宗教的な要素が取り入れられているということは理解できた。あとは四本の手がそれぞれ剣を握っていることからこちらに対して友好的なものには思えない。

石像はその重い脚を上げて一歩近づいてき、健太と橙南は一歩後ずさる。


「ねえ、健太。あれって、どこかは予想つかないけど外国の神様っぽいよね」

「インドとかマレーシアとかこう、エキゾチックな感じのやつだろ?どうする、対抗して経読でもしてみるか?スポーツ団の夏合宿で覚えたやつ」

「どっちが正確に覚えているか勝負するのもいいけど、外国の神様に日本語通じないでしょー。で、真面目な話ヤバくない?」


剣を構えた石像は明らかに敵意を持っている。石造りだから切れ味はないにしても、質量でかなりのダメージを食らうのは確実だし、対するこちらは素手のみ。あの四本の剣に対抗するには難しそうだし届いたところで素手では大したダメージは与えられないだろう。逆にこっちが痛めるだけだ。

両者睨みあいが続いていたが石像が動いた。見た目の質量から予想もできない瞬発力で間を詰めると健太と橙南目掛けて剣を振り下ろす。反応が早かったのは健太の方だ。橙南を突き飛ばして軌道から逃がすと狼男化し、剣を受けとめて逆に一本奪い取った。今でこそテニス部所属の彼だが、中学では剣道部の部長を務めていたので扱いは堂に入っている。


「橙南、絶対にそこから動くなよ」


視線は石像に向けたまま、離れた位置にいる橙南に言う。それは、お前は俺が守るという男性なら一度は言ってみたい、女性なら一度は言われてみたい言葉に似ている。その言葉を受けて橙南はしっかり頷いた。

ふぅ、と息を吐いて気合を入れ直した健太は石像を見据えた。柄を握ったのは久しぶりだ。勘が鈍っていないといいがと、剣を振り下ろし石の剣同士がぶつかり合い戦闘が始まった。

狼男化したことで健太の腕力や俊敏性は、人間の時とは比べ物にならないほど向上していて石像相手でも対等な勝負ができる。

実際、一斉に振り下ろされた三本の剣を受け止めきり、薙ぎ払った返しで一本破壊した。


「どうした。四本も剣を持って軍神かと思ったが単なるはったりか?」


挑発してやれば石像はあっさり乗った。怒りのあまり大振りになるものだから健太にとっては、剣先を読むのは容易く二本目、三本目と立て続けに破壊できて、あっという間に石像は丸腰になってしまった。

柄だけになってしまった剣を見つめる石像に、健太は剣を肩に担いでつま先で地面をトントンと蹴る余裕のポーズで「で?」と尋ねる。


「封印されてた元の場所で大人しく石像をしているか、俺に木っ端みじんにされるのとどっちを選ぶ?」


二メートル程ある石像を動かないまでに細かく砕くのは骨が折れそうなので、できることなら前者を選んでもらいたい。まあ、その場合は四本あった剣は一本になってしまうがゼロよりはマシだろう。そんな健太の願いも空しく、石像は橙南に向かって走り出した。

折られてしまった剣の腹いせに襲うつもりだ。

腹を裂いてやろうか、手足をもいでやろうか、首をねじ切るのもいい。そんな残酷な思いと共に四本の手が橙南に向かって伸びる。標的にされた橙南は迫りくる石像を前にしても動こうとしない。恐怖で足がすくんだか?

否、そんな繊細な神経は持ち合わせていない。


「残念でーした」


石像が最後に見たのは、人を小馬鹿にした笑みで手を振る彼女の姿。次の瞬間には足元が崩れて落下した。


「うまくいったね」


石像が落ちた穴を見下ろす橙南。人間に戻った健太も覗きこめば、忌々しくこちらを睨む石像と目が合った。

そんなに睨まれても最初から真正面から落とし穴に誘い込むつもりだったし、橙南に動くなと言ったのも彼女がその目印だったにすぎない。剣を折られた石像が自棄を起こして橙南を狙いに行ったのは誤算だったが、結果的には落とせたので良しとしよう。

穴に落ちた石像は往生際悪く脱出を試みているが、健太が丹精込めて作り上げたのでとても深く、底からでは手を伸ばしたところで到底届かないし、飛びあがろうとしても狭いのでうまく体を動かせないのだ。実際、穴を掘った健太も橙南にロープを下ろしてもらってようやく脱出できたので、石像に共感と達成感を覚えた。





「はぁー、疲れた。もうコンクリート混ぜるのなんてしたくなーい」

「だな。あと、ホームセンターで買ってきたら地味に高くて今月の小遣いが飛んだ。ホームセンターが安いっていうの嘘だろ」

「ね。今月まだ始まったばかりなのにどうしようって言うか、こうなったのは健太が悪いんだよ」

「悪かったがわざとじゃないんだから許してくれ」

「いやいや、わざとだったら橙南ちゃんブチ切れよ?」


あの後、穴にはコンクリートを流し込んで物理的に石像を封印しておいた。

今夜、橙南と健太が遭遇したあの石像はこの公園の奥にひっそりと封印されていたものだった。その昔、多くの村人を襲い恐れられていた化け物。その化け物を退治しようと、何人もの男が挑んだが人の形をしていながら背中から二本の腕を生やした恐ろしい見た目と、圧倒的な力には男十人が束になっても歯が立たず、このまま被害が増えていくだけかと人々が諦めかけていた時、たまたま通りがかった旅人が話を聞き、退治を申し出た。旅人は不思議な力を使い、化け物を石像に変えて封印したことで村に平和が戻り、旅人はその地を去ったという。

それから数百年、時代の流れと共に村は滅びて人々の記憶から石像の存在も忘れられた頃、石像は満月の夜になると封じ込められていた意識が戻っていることに気が付いた。しかし意識を取り戻しても周囲には旅人が誰も近づかないようにと結界が施されており、動くことはままならずならば結界が朽ちるのを待っていたある日、それは訪れた。

学校主催の清掃活動中に健太がうっかり結界を壊してしまったのだ。本人曰く、石像にゴミが貼りついているなと思ったとのこと。そのゴミこそが封印の札なのだが、健太が解るはずもなく、剥がした後になんとなく空気が変わった事に気づいてゴミ袋に入れたさっきの札と石像を交互に見つめたらしい。


「見た目があんなのだからてっきり、不法投棄かと思ったんだ。それが調べてみたらなんだ?あんな危ないのが封印、しかも満月の夜になるとその封印も弱体化するって誰が解る」

「そこはほら、同じ満月の夜に活性化するカテゴリで健太は解ってもいいんじゃないかなと思うけど」

「狼男歴の浅い俺には無理な話だな」

「えー、頑張ってくださいよぉ」


事実は小説より奇なり。

伝説や想像上のキャラクターである狼男は実在している。ただ、人を襲ったり物を破壊するなんて暴力的なことはしないし、変化も満月に限らず三日月や半月の時もできるし、完獣化も半獣化も思いのまま。たまに力加減を誤ったりするがご愛敬程度でそれ以外は普通の男子高校生と変わりない。


「それより早く帰るぞ。お前、黙って家出てきたんだろ?もし誠にバレていたら面倒だ」

「健太と一緒にいるって絶対気づくからね。んでもって、何してるんだどこにいるんだって三人のグルチャで連絡してくる」

「……おい、そんな事言うから本当に来ただろ」


気づいていないだけで狼男の他にも吸血鬼や鬼、人間の間では名前を知られていない者もいて、彼らは上手く人間社会に溶け込んでいる。幸いなことは、その筋のトラブルに遭遇しても、世界の命運をかけて戦うようなものではなく、今回のように橙南や他の理解者の力を借りて解決できるの精々ご近所トラブル程度だということ。それを拍子抜けと思うか幸いと思うかはその人次第だ。


「わー、即行で一緒にいるのバレた。ねー、誠君って昔から健太に対してだけあたりが強いけど、あれって何で?」

「馬が合わないってやつじゃないか?知らん」


それより目下の悩みは、幼馴染から一方的に敵対心を向けられて煩いことだなんて誰が思うだろう。狼男の秘密を知った橙南が色々なことに巻き込まれたからと考えたこともあったが、それよりずっと前から嫌われていたし、そもそも、橙南を介してしか会わないので接点自体も少ないのだが…。


「やっぱり誠君にも狼男ってこと話さない?」

「絶対嫌だ。知ったら笑われるに決まってる」


きっぱりと断られた橙南は唇を尖らせながら健太の隣を歩く。健太と誠の間に挟まれている彼女はどうにかして二人を仲良くさせることができないかと画策しているのだが、一方は敵対心むき出しでもう一方はそれならそれで良しという態度なので平行線のまま。


「あー、また誠君からだ。これ相当怒ってるじゃん。コンビニで何か賄賂買って行こうかな」

「さっき金欠って話したばかりなのに?」

「でしたー。やだな家帰りたくない」

「三連休で明日も休みだからウチに泊まってもいいけど、それをすると誠の機嫌が更に悪くなるな」

「そのお誘い、本気で乗りたくなるから言わないで。……うーわ、誠君ったら玄関で待ち構えてるよ」



橙南の家が見えてくると同時に仁王立ちの誠も見えた。遠目からでも解るほど怒っていて、どうしようかと立ち止まってるうちに痺れを切らせた誠がこちらに歩いてきた。

その迫力はさっきの石像ともう一戦交えた方がマシと思わせるほどだ。


「た、ただいま…誠君」


少しでも印象が良くなるように先に口を開いた橙南に、誠は顔をしかめる。


「おかえり。さあ、帰るぞ」


機嫌の悪さを隠すことなくむしろ全面的に出して、誠は橙南の腕を引いて強引に連れて行った。何度か橙南が健太を振り返ろうとしたがそれも許さず、押し込むようにして先に彼女を家に入れると自分も続き、扉が閉まるその直前、健太を睨み付けた。

その意味が解っている健太は、ため息をついて二人の家の隣にある自分の家に帰っていく。

そんな男子高校生が狼男なのだ。


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