よくある話。事実は小説より奇なり
事実は小説より奇なり。
その言葉を俺は世界中の誰よりも痛感している。
「(4月…ついにこの日がやってきたか)」
目線の先にあるのは第68回蒼夏高校入学式の看板。周囲にはついに始まった高校生生活を喜ぶ新入生と、その親が集まっていた。上級生達は少し離れたところから、去年一昨年の自分達と姿を重ねているのか、少し懐かしそうでまた少し偉ぶるような目で見ていた。
いずれにしろ、今日から始まる新しい生活に誰もが浮足だっている。――ただ一人、俺、志賀大樹を除いては。
「結局、何にもできなかったな」
この場にそぐわない溜息を一つ。
俺がこれほど落ち込む理由は誰にも予想できないし、できるようなものではない。突拍子もない話だというのは重々解っているし、自分は正気を保っている。それでも敢えて言おう。
この世界は、ゲームの世界だ。
いきなり何言ってんだ。頭おかしいんじゃないかと思うだろうが、こっちは大真面目で、本屋の平台に積まれたライトノベルやコミックスを見かける度に、これって俺のことだよなーと思っている。
いくらフィクションです、創作物ですと言われようが、悲しいかなこれが今の俺にとっては現実なんだ。
前世(といえばいいのか元の世界といえばいいのかは分からない)でこの世界は、俺の姉がドはまりしていたR指定の乙女ゲーム『運命の恋人―困難を乗り越えて―』だった。もうちょっと捻れよっていうツッコミはゲーム発表当初こそあったが、映像が公開されると一気にそっちに注目がいった。有名クリエイターと有名声優によるキャラクターはどれも豪華で人気爆発がした。販売前からネットではすでに攻略キャラの嫁宣言が溢れて販売日のうちに売り切れる店が続出したという程だ。
『運命の恋人―困難を乗り越えて―』は、高校2年の春に転校してきたヒロインがテニス部のマネージャーに就任してそこで出会った男性と恋に落ち様々な障害を乗り越え結ばれるオーソドックスな乙女ゲームだ――と思うのは大間違い。そんな甘いものだったら俺もここまで落ち込まないし、傍観者の一人としてゲームの成り行きを見守っていただろう。むしろ勝手にやってくれとすら思う。
厄介なのはバッドエンドの内容だ。
例えば、先輩の一人の内容は――
「志賀君、おはようございます」
「おはよう、志賀」
振り返ると、冬海氷雨先輩と響銀竹先輩がいた。
柔らかそうな栗色の髪に細淵メガネをかけて微笑み、優しい先輩のお手本を地でいっているのが冬海先輩。その隣で目つきが鋭く所謂強面で背中まで伸ばした髪を一つに束ねているのが響先輩。
言わずもがな二人ともゲームキャラである。
冬海先輩は攻略対象その1で、響先輩は冬海先輩のルートに大きく関ってくるキャラだ。
「おはようございます。冬海先輩、響先輩」
二人の先輩に、俺は頭を下げる。
冬海先輩のルートは、姉さん曰くゲームの中で最も入りやすく初心者向けらしい。確かに後輩の俺に対しても丁寧な言葉を使うくらい物腰だって柔らかいし、ヒロインが所属するテニス部の部長なら好きになる相手としては定番ポジションだと思う。
「ちょうどよかった。今、銀竹とも話していたところなんですが今日の部活は明日のデモコンに向けてのミーティングをします」
「なんたって今年は部の存続がかかっているからな。一人でも多くの新入部員を確保できるように頑張ろうな」
「はい。2年生は俺と立花の二人だけですからね。頑張りましょう」
意気込みよく言いつつも心の中では、デモコンなんて失敗すればいいのにと呟いていた。
『運命の恋人―困難を乗り越えて―』のヒロインは、明日のデモコンを見てテニス部に入部する。本来は新入生に向けてのデモコンだが、転校生も部活選びをする為に特別に見せてもらいテニス部に憧れてマネージャーになるという流れだ。よって攻略対象は俺を除く男子テニス部員で、攻略キャラは先輩三人と同級生、後輩、他校生、隠しキャラが各一人ずつ。
展開によってはヒロインの応援で試合に大逆転勝利したり、ヒロインを巡って分裂した挙句試合に負けてしまったりとしてくれるので、前の世界でテニス部だった俺としては、真剣にテニスやれよと言いたい。
決してかわいいヒロインと恋愛できて羨ましいなこの野郎とかそういうのではない。絶対だ。…………うん。
気を取り直して、だってバッドエンドが本当に最悪なんだ。さっきの冬海先輩のルートに限らず、すべてのバッドエンドはもれなく攻略対象者とヒロインとその他モブ複数名死亡がついてくる。
例えばさっきの冬海先輩のルートだと、実は冬海先輩と響先輩は従兄弟で同士ヤクザの五代目候補。強面の響先輩はともかくあんなに誰にでも優しい冬海先輩が!?ってなるけどよくよく考えれば優しいキャラって大体裏の顔があるし、先輩の場合、冬の海に氷の雨っていう名前からして冷酷な面がありますよって感じだよなぁ。
で、その跡目争いとそれに付け込んで勢力拡大を図る他の組との抗争に巻き込まれていき、最終的には俺含む一般生徒を巻き込んで校内大乱闘。人質になったヒロインを助けるため冬海先輩も応戦するも多勢に無勢な上、絶対の信頼を置いていた響先輩に裏切られて敵陣真っ只中に放り出された挙句、ヒロインを目の前で殺されて自分も殺されるこれでもかってくらいのバッドエンドだ。
ちなみにこれはまだ序の口っていうんだから恐ろしい。
「(クラス分け……やっぱりヒロインと同じクラスなのかな)」
冬海先輩達と別れて2年生の階に行くと、廊下に貼られたクラス表に皆が集まっていた。
俺はヒロインと攻略キャラと同じAクラスだと解っているのでわざわざ見に行く必要なないけれど、それでも僅かな期待を抱かずにはいられない。
あれ?でも、ヒロインの名前って何だ?姉さんは自分の名前を入れていたからデフォルト名を知らないんだよな。見たら解るか?
なにせこの高校、普通科しかないにも関わらず全校生徒の割合が男子9割女子1割なんだからおかしすぎる。別に去年まで男子校で今年から共学始めた訳でもないからこれもゲームの力ってやつなんだろうな。
ぼんやりとクラス表を眺めていると、強い力で背中を叩かれた。
「いよっす!クラス分け見たか?」
「ぐっ、立花…いきなり叩くな」
瀬野立花。俺と同じ2年生のコイツも攻略キャラで、苗字みたいな名前が普通に通っているのもゲームの力なんだろう。この名前を話題とすることで瀬野の好感度を上げるイベントがあったし、それを考えると冬海先輩と響先輩みたいな変わった名前と特徴的な外見は必要だと思わされる。
俺?モブらしく普通の名前で黒髪ですけど?
「ぼーっとしているから元気を分けてやろうと思ってさ。なぁ、俺達の転校生がくるのって知ってた?」
勿論、と言いたくなるのをぐっと堪えて首を横に振ると同時に、俺達のクラスというところからやはり設定通りなのかと知った。
転校生を紹介されるのはHRが始まってからなので、このタイミングでは普通知らない。なら何故立花が知っているのかと言うと、たまたま職員室に用事があり、たまたまそこに居合わせたヒロインを同じクラスだからと担任が紹介したからだ。
これもゲームの成せる技ってやつかねー。どれだけタイミングいいんだよ。あと俺達のクラスにってことはやっぱり俺もA組なのか。クラス表観る前にわかっちゃったじゃないか。
「しかも女子だよ女子!さっき職員室で喋ったんだけど、すっげーかわいくて、すっげーいい子!共学とは名ばかりの高校生活に潤いがでるってもんだ!」
恋しちゃう!と叫ぶ立花はバシバシと俺の背中を叩いてくる。
立花のテンションは普段から高いけど、ヒロインに会った後だから余計に高いし鬱陶しい!お前がヒロインかわいいっていうのは解っているし、恋しちゃうのも解っているんだよ!お前のルートは、同じクラスならではの接触の多さで、好感度上げやすいんだ!
だからいい加減、俺の背中を叩くの止めろ!!痛いだろーが!!
「ゴホッ、ゴホッ」
背後で咳をする声が聞こえ、反射的に身構えた。
「ちょっと沙紀、大丈夫?」
「うん、ちょっと風邪ひいちゃってさ」
「気を付けなよー。最近、流行っているみたいだから」
大丈夫、他愛ない会話だ。
今はまだその時期じゃないと自分自身に言い聞かせる。
「悪い、立花。ちょっと購買行くから」
「そう…よく見れば顔色悪いな。大丈夫か?」
「ちょっと寝不足だからかな。なんか飲み物買って気分変えてくる」
「ふーん。入学式あるんだから早く帰って来いよ」
「解ってるって」
クラス表と立花から少し離れると、後から来た生徒が空いたスペースを埋めてあっという間に見えなくなってしまった。そのまま購買の方へ歩みを進めて、一人きりになったところでこっそり抑えていた息を解放、深呼吸を繰り返した。
「(立花のバッドエンドは夏からだって解っているし、息を抑えたくらいじゃ意味がないのも解っているけど、なんとなくやっちゃうな)」
立花ルートではハッピーエンド、バッドエンドに関わらずパンデミックが発生する。インフルエンザと思われていたが、実はペスト菌が変異したもので、対応は後手後手に回り、感染力の高さも状況を悪化させてあっという間に世界中が感染していた。さらに性質の悪いことに、致死率も高く、既存の薬では対応できないときた。
こうなるとバッドエンドも予想がつくだろう。立花がその菌に感染して、じわじわと命が削られようやく完成した特効薬が投与される寸前にヒロインの腕の中で息絶える。そのシーンは、実写と変わらない完成度の高さが仇となって俺にとっては軽くトラウマものだ。
因みにモブの俺は感染したという明確な表現はないものの、立花とヒロインの会話で2年生はほぼ感染して、その半数以上死んだと言っていたので死んだ可能性の方が高い。生き残った側に入るために、感染が広まる夏休みには十分注意して手洗いうがい、消毒で特効薬ができる年明けまで自己防衛をしっかりとしないとな。目指すは非・感染者!
「(あ、またも攻略キャラ発見)」
今日はよく会う。
向こうから歩いてくる三人目の攻略キャラ。日本人のとは違うすらりとした骨格にトレードマークの真っ赤な髪は間違えようがなくロイド・テンプル先輩だ。
姉さんが言うには普段は日本語だけど、たまに英語で話しかけてくれるロイド先輩の声は色気たっぷりな外国人イケメン兼色気担当。これで声フェチに目覚めたファンも多いらしい。うーん。ロイド先輩には悪いけど、赤毛なのが惜しまれるよなぁ。やっぱアメリカ人は金髪の方がそれっぽい。
「ロイド先輩、何しているんですか?」
「よぉ、大樹。実は遼と橙南を捜しているんだけど、知らないか?」
「遼先輩と橙南さんですか?ちょっと見ていませんね」
「そっか。見かけたら教えてくれる?」
「はい、解りました」
「Thanks」
でた。噂のイケボ……って訳でもない。俺が声フェチじゃないからかもしれないけど、普通の声とどこがどう違うのか全然解らない。この声のどこにキャーキャー騒ぐ要素があるんだろ。
「(イケボはヒロインに対してだけなのかな?)」
「……大樹?俺の顔に何かついてる?」
「そうですね。目と鼻と口が。あとそばかすも」
「大樹でもそういう冗談言うんだな」
ロイド先輩は笑って俺の肩に軽いパンチをした。当てるだけの軽いやつ。おぉ、アメリカのドラマで見たことあるやつだ。体験できてちょっと感動。
そういえば、ロイド先輩のルートも物騒なんだよなぁ。
ロイド先輩のルートに入った当初は、国際恋愛にワクワクしているんだけどロイド先輩の両親が軍の捜査官だと解ると同時に担当している事件が絡みだしてついにロイド先輩共々巻き込まれてしまう。
その事件に絡んでくるのが、冬海先輩とその組なんだよ。
細かいことはよく覚えていないけど、アメリカで冬海先輩の組が何か悪いことをして、それで追いかけられていたんだっけ?逮捕されそうになるなら捜査官を殺っちゃえばいいじゃん的な発想に至ってまずは息子のロイド先輩を人質に、たまたまそこにいたヒロインも巻き添えくらってってやつで、ここからの展開は冬海先輩ファンとロイド先輩ファンに大きな亀裂を作った。五代目の跡目争いをしていた冬海先輩ルートだったけどこのルートでは、すでに五代目を襲名していて本領発揮、そりゃあアメリカから追いかけられるって程に悪い事をしていた。
あとこの冬海先輩は闇落ちと呼ばれていて、その先輩もかっこいいからと敢えてロイド先輩ルートを選ぶファンもいるらしい。
怖ぇよ。冬海先輩よりそのファン心理が怖い。
このルートならモブ生徒関係ないのでは?って思うけど、バッドエンドでは、追い詰められた冬海先輩が蒼夏高校の生徒を校舎もろとも爆破しちゃうんだ。もうね、変な笑いがこみ上げてくるっつーの。無関係なモブを巻き込むな。
購買が見えてきたところで聞き覚えのある声が聞こえてきた。
さっきロイド先輩が捜していた先輩方二人。
志摩遼先輩と宇井橙南さんだ。
志摩先輩は普通の高校なら確実に校則違反であるアッシュグレーの髪色をして、伸ばしているのか伸びているだけなのかちょっと長めの襟足が特徴だ。
あと、この先輩はいちいち動作が大袈裟だ。話す時は大体身振り手振りだし、大口開けて笑って次の日は目がパンパンに腫れるほど泣いて、喜怒哀楽がはっきりしている元気系の人。加えて言うといつでも半袖姿で、驚くべきことにこの先輩、春夏秋冬いつでも半袖のカッターシャツなんだよ。うちの学校の制服ってブレザーなんだけど、この人がブレザー着用しているところを見たことがないし、いや、むしろ長袖のシャツ自体着ているところも見たことないわ。
その先輩の隣にいるのがテニス部マネージャーである橙南さん。志摩先輩同様、校則違反もののオレンジの髪色にショートカットなのと女性にしては高身長(多分170cmちょっとの俺と同じか高いくらい)なのが相まって双子の兄と間違えられることもあるんだとか。
そんな人がモブな訳ないよな。
さっき言った双子の兄が他校生枠の攻略キャラで、橙南さんはそのルートに現れるライバルキャラ兼同じ女子マネということでお助けキャラその一。ヒロインは2年生だから先輩キャラを攻略する時にいろんな情報をくれるんだって。
で、あの二人は購買の入り口で何をしているんだ。しかも何か言い争っている感じだし。
「なー、橙南いいだろ?たまには七雲以外との練習試合のセッティングもしてくれよ。例えば梅が丘とかさー」
「梅が丘?遠いから却下。しかもあそこと練習試合したところで何の意味もないじゃん。あっち弱いから遼達がストレートで勝つだけ。次もご近所の七雲とやーりまーす」
「でも七雲じゃあ意味が、あ」
しまったと言葉を噤む遼先輩だけど、手遅れだ。眉間に皺を刻んだ橙南さんは遼先輩を睨み付け、睨み付けられた遼先輩はホールドアップして顔を引きつらせるというなんとも解りやすい構図。
「七雲だと意味がない?何か企んでいる?」
「全然。ちぃーっとも思っていません」
「……まさかと思うけど、練習試合で梅が丘の女子をナンパするつもり?絶対そうだ!梅が丘ってかわいい女子が多いって有名だし!七雲は男子校だから女子がいないし!」
「やだなー、橙南。そんなこと全く思っていないよ」
はっはっは、と豪快に笑う遼先輩だけど嘘が下手すぎる。それじゃあ、そのとおりですと認めているようなもので、元々深かった橙南さんの眉間の皺が一層深いものになった。
でも梅が丘かぁ。遼先輩のルートには梅が丘の女子がライバルキャラとして登場するんだよなぁ。
練習試合をきっかけに知り合った梅が丘の女子部員が学校の枠を軽ーく超えて、ことあるごとにヒロインの邪魔をするので真っ当なライバルキャラと言えばそうだけどそれでは『運命の恋人―困難を乗り越えて―』には物足りない。そこで製作スタッフは何を思ったのか、公立である梅が丘に実はとある財閥の令嬢を通わせていて、その令嬢をライバルキャラにした。
恋に狂った令嬢はさまざまな手を使って、妨害をしてくるからもうドン引き。そもそも、そんな妨害をするなら蒼夏に転校したの方が早くない?絶対その方がいいよな?
ラストは梅が丘との合同合宿だけど、そこでヒロインの邪魔をしつつ遼先輩へのアプローチもするという有能さを見せつける。その上マネージャー業もしっかりこなすんだから遼先輩で満足しないでアンタならもっと上狙えるだろ、もっとその才能を他に活かせよ。
まあ、それも空しく合宿最終日に令嬢が告白すると、遼先輩が「俺が好きなのはヒロインだ」とはっきり言われるんだけどさ。ここまできて誰も死なずにハッピーエンドにならないのがこのゲームの嫌なところ。
ざっくり言うと合宿帰りにバスが事故ってヒロインと令嬢以外全員死亡。俺も含まれている。この時点で俺には十分きつかったけど、最後までやりきった姉さんは達成感からか、興奮冷めきらぬうちに事細かに教えてくれたもとい、俺という犠牲者を増やしてくれた。
思わず「なんてもの聞かせるんだ!」って手近にあったクッション投げたら「巻き添えしたいからに決まってんでしょ!」と顔面目掛けて投げ返されたのは懐かしい。つーか、巻き添えさせるな!
ハッピーエンドは、事故っても全員無傷で遼先輩に抱きしめられて守られたヒロインが見つめあって終わりっていう何それ展開。言いたいことはたくさんあるけど、この落差はなんだろう。シナリオ書いた人疲れすぎていっちゃってるとしか思えない。
……いっちゃっていると言えば、他校生の誠ルートも結構、いっちゃってる。
まだ遼先輩と騒いでいるのを見ていると、とても想像できないが、実は橙南さんは重度のブラコンで、双子の兄である誠さんを家族ではなく異性として愛している。いわゆる近親相姦。
七雲との練習試合をきっかけに、誠さんのルートがスタート。最初は先輩マネージャーとしてヒロインを可愛がっていた橙南さんだけど、誠さんの好感度と比例してヒロインを憎みだす。
それだけだったらまあ、普通だけど、誠さんのルートでハッピーエンドを迎えるには、橙南さんの好感度も高いまま保持する必要があるのでハードルが高く、橙南さんは誠さんルートを選択したファンから叩かれていた。小姑なんて表現は優しいほうで、アンチは凄かったなぁ。某掲示板では、橙南から誠を守るスレが100を突破していて、始めは普通に攻略方法が話し合われていただけなのに、最終的にはどうやって橙南さんを排除するかに変わっていたくらいだし。
そんなのだからバッドエンドもやばかった。誠さんとヒロインが愛し合っていると知った橙南さんは、嫉妬に狂いヒロインを襲撃する。
それも、学校に火を放ってその混乱に乗じてヒロインを直接襲うというえげつないもので、間一髪のところで駆けつけた誠さんが橙南さんを説得するんだけど聞く耳持たずで、それどころか裏切り者とか罵って誠さんにも襲い掛かる始末。裏切り者ってさぁ……双子だからいつも一緒なんて狂った笑顔で言うなよ。瀬野ルートに続いてトラウマものだわぁ。
そんなんだから最後の火に囲まれ選択でも、私とヒロインどっちを選ぶ?で誠さんはヒロインを選ぶんだよ。なんでその女なの!?って般若顔されてもハッピーエンド目指すならこっちだろ。
これ回避したいんだけど、この火に囲まれて天井が崩壊するまでがハッピーエンドとバッドエンドの分かれ道だからここまでの流れは回避不可能。きっついなぁ。
ハッピーエンドを迎えたのかバッドエンドを迎えたかは、目覚めてやっと解る。ハッピーエンドなら誠さんに助けられて、生き延びるんだけど、バッドエンドでは誠さんがヒロインを見下ろしていると思いきや、それはナイフを握りしめた双子の橙南さんで、目覚めたヒロインは、誠さんそっくりな笑顔を向けられて刺殺されてしまう。
解るだろうけど、モブ生徒の死亡ポイントは橙南さんが放った火による火災だ。このゲームって、どのルートを選んでも俺達モブ生徒が巻き込まれるから勘弁してほしい。ヒロインと攻略キャラはさまざまな犠牲を払って、運命の恋人と結ばれる?ハッ。巻き込まれるモブはたまったもんじゃないっつーの!!
「あ!大樹!ちょうどいいところに!次の練習試合の相手、大樹も梅が丘がいいよな!」
「遼!往生際が悪い!七雲ったら七雲!ハイ決定!」
「横暴!他の人の意見も聞くべきだ!大体、七雲じゃなくたっていいだろ!」
「ダメ!七雲じゃないと…」
「じゃないと?ちょっと待て!橙南こそ何か企んでいるだろ!」
「やだなー、遼。そんなこと全く思っていないよ」
おいおい、さっきと真逆じゃん。七雲にこだわるなんて、やっぱり橙南さんもゲームの影響が出ているな。これどっちと練習試合するかでルート決まるようなもんじゃん。
来た時も賑やかだったけど、もっと賑やかになった二人にはもう俺のことなんて見えておらず、真横を通って購買でジュースを買って飲んでいる間はもちろん飲み終えた後もまだぎゃいぎゃいと騒いでいて、結局、俺から二人の居場所を教えられたロイド先輩に回収されるまで続けられていた。
『続きまして新入生挨拶。新入生代表――』
ようやく始まった入学式だけど、新入生ではない俺にとっては退屈な時間でしかなくついウトウトしてしまった。壇上の斜め右にある時計を見ても、まだまだ時間がかかりそうだ。そもそもあの時計ちゃんと動いてる?電波時計のくせして長針が全然動いていないように思うんだけど。
「(東城だったらあの時計も動かせたりできるのかな)」
半分寝ている頭で、思い出したのは東城の設定。
最後の攻略キャラ、後輩の東城未来はテニス少年とは別にハッカーという裏の顔がある。日本ではハッカーというと不正にアクセスして、情報を引き出したりアカウントを乗っ取ったりする悪い奴のイメージだけど、東城はその逆。自分のハッキングスキルで多くの情報を守って、ネットに残った痕跡からサイバー犯罪者を突き止めていく。その手腕は日本警察だけでなくFBIも協力を仰ぐほどだ。
もっと言うなら今の日本には東城のハッキングを防げるセキュリティは存在しないと言われていて、設定とはいえど、一か月前まで中学生していた奴じゃないよな。だってここサイバー犯罪対策が遅れている日本だぞ?
東城のハッキングスキルはもちろん、イベントにも関わってきて例えば、遠征ですっかり遅くなった帰り道、東城はちょーっと張り切っちゃうんだよ。3年生が引退した直後だから寂しさと不安を零しているヒロインを元気づけようと電力会社のシステムにハッキング。即席のイルミネーションでヒロインを元気づけようとした。効果はばつぐんで、ヒロインと東城の距離はぐっと縮まるっていうサプライズイベント。ちなみにこのイベントはゲーム内人気ベスト3だ。女子ってキラキラしたものとサプライズに弱いからなぁ。
そしてこのサプライズイベントをきっかけに、最初は仄々とした先輩後輩の恋愛が急展開を見せる。電力会社にハッキングをしたことが、とある犯罪グループに知られてしまうんだ。まぁ、冬海先輩のとこなんだけどさ。つか、あんな派手なことをしてどこにもバレない筈がない。
で、今の時代、重要なデータやシステムはネットで管理しているから、東城のスキルは犯罪者からすれば喉から手が出るほどほしい。冬海先輩直々に手を組まないかと勧誘にくるけど、犯罪行為しろって言われているんだから東城はもちろん拒否する。
このルートなんだけど、実は全ルートの中で最も危険なルートだったりするんだよなぁ。
冬海先輩は、とある製薬会社のロックを解除して研究中のウイルスとウイルスデータを手に入れてバイオテロを起こすつもりなんだ。
おい製作スタッフ。乙女ゲームに何とりいれているんだ!こんな危険な高校生活があるわけないだろ!という俺とネットの声はさておき、ここからが今までのキャラが総動員される。
実は、冬海先輩の組と遼先輩ルートで登場したライバルキャラの財閥令嬢の実家は裏で手を組んでいた。冬海先輩が手に入れたウイルスとデータを基に自分のところの研究所で実用化と特効薬を作って自分達の安全性と収束プランを確立したうえで、製薬会社の管理ミスを装い世界中にばらまく。世界中に蔓延して冬海先輩の組にとって不都合な人達を殺したところで、自分達が作った特効薬を発表して大儲けついでに世界を牛耳ろうって魂胆だ。
このウイルスっていうのが、立花ルートで登場した細菌でもある。いやいやさっきから細菌って言ったりウイルスって言ったりどっちなの?ウイルスは増殖に宿主を必要として、最近は自分で増殖するから全くの別物なんですけどーっていう指摘は元の世界で散々行われたし、よく覚えていないのでこの場では止めておこう。…あれ?逆だっけ?細菌が宿主を必要とするんだっけ?
……。
やっぱりどっちでもいいや。ともかく立花ルートに進んだ人なら、あれが世界中に広がって起きたパニックと被害の大きさ、特効薬がどれだけの人を救ったか解る。解るからこそ、冬海先輩の計画は何としても阻止しなければならず、世界の命運は東城に託された。
以上の話をロイド先輩の両親、軍の特別捜査局のボスに言われて協力を仰がれた東城はただただ怯えた。
そりゃそうだ。いくらハッキングスキルが人より並外れているからって東城は16歳の高校生。小さなその肩に全世界は重過ぎる。ヒロインが東城ならできると励ましても、今まで協力してきた事件とは規模が違う。終に東城はプレッシャーに耐え切れず逃げ出してしまうんだけど、冬海先輩がみすみす逃すはずがない。追い詰められた東城とヒロインに協力しろと脅す冬海先輩は、いつもと同じニコニコ優しい笑顔なのに、全然違うって完全に悪だったなぁ。余談だが、東城を追い詰めるこのイベントがゲームの中で最も人気があったイベントだ。黒冬海最高!とネットでは狂喜乱舞していた。
アレいいの!?女子のはまるポイントって全然理解できない!!
そんな絶体絶命のピンチに駆けつけたのはなんと橙南さんと誠さん。
誠さんルートではブラコンの橙南さんだったけど、このルートでは味方だった。東城とヒロインの服を交換して二人に成りすますことで冬海先輩と追っ手を引き受けてくれた。その間に東城とヒロインはロイド先輩の両親と合流して助かったけど、囮になった橙南さんと誠さんは殺されてしまったと聞かされ、ようやく東城は覚悟を決める。これだけ巻き込んでしまってもヒロインは東城を信じてついてきてくれるし、自分の知っている人が自分の為で殺されてしまったんだから、これ以上逃げていちゃ男が廃る。
冬海先輩は東城が憧れていた先輩だったけど、愛するヒロインを守るために、世界を救うために真っ向から立ち向かった。
警察と軍の特別捜査局が冬海先輩の自宅と財閥令嬢の実家に踏み込んだけど、もぬけの殻で捜査は暗礁に乗り上げる。そこで新しいアジトを突き止めるのに東城が奮闘した。ノートパソコンひとつでここまでできるのかは疑問だけど、そこはほらゲームだから。
ヒロインが東城にかける言葉の選択でアジトに迫っていくのもゲームだから。ここで選択肢を間違えれば東城のハッキングスキルに影響してバッドエンドを迎えるのは当たり前、正しい選択肢を選んでも他キャラの好感度によってはバッドエンドを迎える。姉さんが言うには好感度のバランスをとるのが非常に難しいらしい。
発売から1年たっても、東城ルートの最短攻略はどれだって検証スレがたつくらいだったから相当なんだと思う。
全ての選択肢と好感度をクリアして冬海先輩を追い詰めると、冬海先輩はヒロインを人質にして再び東城に誘いをかける。組の構成員も研究施設も抑えられて完全に追い詰めたと思っていたのに、冬海先輩の中ではまだ別のプランがあったんだ。そこでヒロインは最後の選択を迫られる。
こめかみに銃口を突き付けられたまま「助けて東城!」と叫ぶか「私のことはいいから、冬海先輩を撃って!」と強気で言うか「何も言わずにじっと東城を見つめる」の三つ。姉さんはクリアしたことはないようで、どうやったらハッピーエンドになるのぉぉおお!!って叫んでいたけど三つとも選んでノーマルエンドなら、どこかで選択肢間違えたんだろ。意地張らずに攻略本見ればいいのに。
とまぁ、こんな風に各攻略キャラと紆余曲折を得て運命の恋人と結ばれるヒロインなんだけど、そのとばっちりを受けるこっちはたまったもんじゃない。
そもそもシナリオ書いた奴に言いたい。始めに言ったがこのゲームは乙女ゲームでR指定。Rならエロだろ。なんでグロなんだよ。手を繋ぐ止まり、キスシーンのひとつもない一方で流血当たり前、死傷者多数なんていうおかげでこっちはフラグ回避するのに必死になるしかないじゃないか!なんとしてもヒロインには他の男と恋愛してもらわないと!
入学式はつつがなく終わり、今日は授業がないのでこの後はHRで終了だ。そのHRまで少し時間があるし、これからの動きについて対策を立てておくか。
人気のない階段に下ろしてさて、と腕を組む。
「まずは相手だな。ヒロインがテニス部に入るのは避けられないだろうから、とりあえず健太さんに好印象をもってもらおう」
攻略キャラぞろいのテニス部だが、一人だけ頼れそうな人がいる。
俺が小学生の時に通っていた剣道道場で知り合ってからお世話になっている3年生の桐生健太さん。健太さんは攻略キャラでもない上、ほとんどのストーリーに関わってこないから唯一のモブキャラと言ってもいいだろう。
同じ3年生のテニス部には響先輩もいるけど、あの人は冬海先輩の従兄弟だし、冬海先輩ルートに大きく関わる人だからな。下手をしたらそのルートに入りかねないから却下。あと、テニス部以外の人も頼ろうと思うと剣道部の先輩達か。念のために同じ委員会の先輩も候補に入れて。
ああ、でもその前にあと瀬野とヒロインの接触をどう避けよう?くそっ、同じクラスっていう時点で無理なんだよ。
「「どうしろって言うんだ…」」
ん?
溜息が重なった。周りを見ると、階段の影に座り込んでいる女子と目が合った。そんなところに人がいたなんて!って顔をしているけど、それこっちも同じこと思っているから。
「えーっと、ごめんなさい。人がいるなんて思わなくて」
女子が先に謝り、俺も謝る。つか、さっきの独り言思いっきりかぶってたよな?
「いやこっちこそ。えーっと、さっきの独り言だけど…」
「あ、ああ!すみません!私転校生なのでちょっと憂鬱というか…」
歯切れ悪く説明する女子だけど、こっちは冷や汗だらだらだ。これ、確実にヒロインだろ!マジかよ!なんでこんなところで会う!?
尚も謝る女子は、誰もがうらやむ白い肌に太陽の光を受けて輝く薄茶色の髪は肩までのストレート。唇は桜色で、大きくてぱっちりした目。眉をハの字にしているけど、十人中十人が可愛いっていうだろう。わぁお、まさにヒロイン。
「立花が言っていた転校生って君か…」
呟き程度だったが彼女にはしっかり聞こえていて「立花…ああぁ、どうしよう……」とまるでこの世の終わりでもいうくらい青ざめた。せっかくの可愛い顔が台無しっていうか、何かおかしくなかった?なんでこの子こんなに怯えているんだ?しばらく見ていると、ヒロインは意を決したように俺に尋ねてきた。
「あの、つかぬ事をお聞きしますが蒼夏ってテニス部廃部したんですよね?」
「したけど、去年今の3年生達が復活させたよ」
「じゃ、じゃあ部長さんと副部長さんの名前って…」
「冬海氷雨。副部長は従兄弟の響銀竹」
俺の返事を聞いて彼女は息をのんだ。唇を震わせて青かった顔が今度は白くなって今にも倒れそう。ちょっと待てよ。なんだかこの反応って…。
「えーっと、転校生?ひょっとして『運命の恋人―困難を乗り越えて―』っていうゲーム…」
「なんでそのゲームの名を!?」
わぁお、大当たりー。せめて最後まで言わせて。がっつり食いついてきたヒロインに俺は「姉さんがプレイしていたから」と苦笑した。
それからは、俺も自分と同じ立場だと知ったヒロインの興奮をなんとか宥めてお互いの状況を話し合った。ヒロイン、もとい河西愛梨はこの乙女ゲーム『運命の恋人―困難を乗り越えて―』のファンだが、各攻略キャラとのシナリオに巻き込まれるのは何としても回避したいのだと言う。そりゃそうだよな。誰が好き好んで残酷な恋愛したがるってんだ。
ただし本屋に並ぶ転生ネタを参考にすると、ゲーム補正というのだろうか、どう動いてもヒロインと攻略キャラの恋愛は避けられないというのは俺より河西の方がよく理解していて(前の世界では二次元大好きなオタクだったらしい)知っているからこそ高校生らしく普通に生活をあわよくば恋愛もしたいのに。と肩を落とした。
そうだよな。今の状況じゃ恋愛どころか普通に生活できるかさえ怪しいものだからな。しかも俺みたいな巻き込まれモブではなく、ヒロインだから常に危険と隣り合わせで、いつ割れてもおかしくない薄い氷の上を歩くようなものだろう。
待ち構えている恐怖に震える河西を見て、俺の口は自然と動いていた。
「じゃあ俺が協力するよ」
「本当ですか?」
「俺だって各キャラのシナリオは知っているんだ。どのルート選んでも巻き込まれ死にするのを黙って待っているなんてできないからな。頑張って攻略キャラを回避しよう」
よろしく。挨拶に手を差し伸べれば、河西は「ありがとうございます!」と両手でしっかり握りしめた。
こうして、モブ生徒の俺とヒロインの河西による乙女ゲーム攻略キャラをおとさない同盟が誕生した。
事実は小説より奇なり。
その言葉を俺は、いや俺達は世界中の誰よりも痛感している。