無限煉獄1 『地獄の1週間』
「ククッ、皆の自己紹介も終わったところで最初の目標地点を決めようじゃないか。カカッ、エライザ、俺ら勇者はどこへ行けばいい?」
不気味な笑いをところどころに混えながらユリウスはそう言った。
「はい、まずはこの王都の西にある魔王軍最東端の地、カルノス大地に行こうと思います。そしてそこにある無限煉獄を攻略したいと思います。」
「へぇ、無限煉獄か。大層な名前だが、そこに強ぇヤツはいるのか?」
そう言って金髪を逆立てたガフルが私に問う。
「えぇ。そこは魔王軍最東端にして、人族との境目の部分なので、魔王軍からしても重要地点という訳です。魔王直属部隊【六花】ではありませんが、魔王軍を支える【三槍】の1人であるジュネヴァがおります。」
「【三槍】か。大した名前じゃねぇか。そいつは強いんだな?」
「はい。ジュネヴァは魔王直属部隊【六花】である、シュエランとネルフの武の師匠であり、その才はまさに闘神アレスの生まれ変わりと言われています。」
ガフルは毛を逆立てたまま、闘神の名を耳にするとピクッと少しだけ反応し、そうか‥と珍しく静かにこぼした。
「ククッ。これは面白そうだ。じゃあそこに行こう。用意は各自しておけ。1週間後に王都を経つぞ。ケケッ。」
ユリウスの判断の速さを見て彼がこのパーティーの最重要人物である勇者であるという事を再確認する。
「じゃあな。ケケッ。俺は王都を少しばかり楽しませてもらうぜぇ。ヘヘッ」
そう言って彼はこの応接間から出て行った。
それを見て慌ててリンがガフルに指示をする。
「ちょっとガフル!あいつほっといたら何するかわかんないからこの1週間見張っといて!」
「は〜いよ。しょうがねぇなぁ。」
彼らはいつもこうなのだろう。慣れた口ぶりでガフルはリンの指示に了解の意思を示し、部屋を出ていく。
「私も‥ちょっと‥疲れた‥。寝たい‥。」
「あぁ、そうね。マナにしてはよく頑張ったわ。エライザ、ここに寝室があるなら使わして欲しいんだけど。」
「えぇ、ありますよ。ご案内しましょうか。」
リンは助かるわ。と言って眠そう(もうむしろ寝ている)マナをおんぶして、三階の寝室まで運び出す。
「リンはどうするんですか?」
「けーいーご!親しみと敬いが混ざって変になってるわよ!そーね。私はあなたに戦闘を教えなくちゃならないわ。」
「え?」
私の中に悪寒が走るのがわかる。
「本当は【聖女の加護】はあまり戦闘向きじゃないのだけど、他の3人だと強すぎて今のエライザなら0.2秒で木っ端微塵になってしまうから‥かと言って恐らく王都の騎士レベルだと魔王軍には到底勝てない。だから、私が稽古付けてあげる。」
ユリウスにパーティー参加を強制されて薄々気付いていたが、恐らく私は道案内という役割だけでなく、戦闘にも参加させられる。
しかし、これまで賢者の右腕として、賢者見習いらしく座学ばかりしてきた私は戦闘の基本の「き」の字すらないのである。
「私、戦闘なんてやったことないよ!」
彼女の指摘を受け、敬語をなくし、出来るだけ戦闘に参加しないように促すも、
「だから教えてあげるの。加護の使い方もね♡」
完全にリンにとって逆効果だったようだ。
確かに足手まといになりたくはないし、しょうもない流れ弾に当たって死ぬのなんて絶対に嫌だ。
そしてなにより、師匠が私を見込んで与えてくれた【賢者の加護】。これを貰っておいて宝の持ち腐れにするなど、師匠に顔向けが出来ない。
「じゃあ、リン。お願いするね。」
「そこはご指南お願いします、師匠でしょ!」
先ほどまで敬語を無くせなど言っていた彼女から反対の言葉が出てきて少しめんどくささを感じたが、あえて口に出す必要もないので、私は黙って覚悟を決めた。
「ご指南お願いします、師匠。」
「はいよ!任せて!」
1週間という僅かな時間で戦争の地へ行かなければならないので私たちは早速王都内にある騎士の練習場へ移動した。
◇◇◇
「まずは戦いの基礎からね。戦い方には様々な型があるけど、知っての通り基本は魔法を使うわ。近接戦闘型、いわゆる武を象徴とする人たちも拳に魔法をのせて戦うの。遠距離型はいうまでもなく魔法を具現化させて戦うわ。」
「これって、どこの世界でも同じなの?」
私はふと疑問に思いリンにそう聞くと、
「そうね、恐らく世界の理のようなものでそこは統一されてるんだと思う。じゃなきゃ私たちは即戦力として機能できないからね。」
まぁ確かにせっかく呼び出した勇者が、特訓するから少し待ってくれとか言い出したらガッカリするし、その間に世界滅ぶかもだからそりゃそうか。私はそう思いながら彼女の話を促す。
「まずあなたの適性を見させてもらいたいんだけど、魔法には火・水・風・地の基本属性に加えて、氷や雷、毒、光や闇などの上位属性、武を象徴とした者が使う金属製、そして伝説級の、空間属性。例の三族の長を襲ったと思われる魔法がこれね。有名なのがこの辺で、もう少し特殊なのもあるけど、禁忌であったりある一族にだけ伝わるものだったりするからほぼ関係ないわ。」
彼女は彼女達の持つ常識と私たちの世界の常識との差を確認するかのように丁寧に魔法について説明した。
「それじゃあ少しばかりステータスを見せてもらえる?」
「ええ。どうぞ。」
彼女は私のステータスをみて、ほうほう。と頷きながら満面の笑みを溢し、こう言った。
「それじゃあ、実戦といこっか♡」
「えっ?!」
動揺を隠せない私に彼女はこう続ける。
「あなたは魔力が常人の何倍にも長けてるわ。それに【賢者の加護】による適性属性の大強化。つまりあなたは今上位属性までの魔法なら詠唱さえすれば使えるということ。練度さえ上げれば無詠唱での魔法使用が可能になるわ。一から適性属性を探し、魔力を鍛えるよりも、実戦で戦い方を掴みながら練度を上げる方が効率が良いのよ。時間もないしね。」
つまり今の私は戦える状態にあると。
しかし、攻撃魔法はどの属性であれ、ある程度のダメージを与えるために中級魔法以上の魔法を使わなければならない。
火は出せるにしても、焚き火程度の火か山火事並みの火なのかによってダメージ量は明らかに差が出るだろう。
そして、今まで中級魔法以上を使うと魔力が切れかけるなんて事は何度もあった。
1度の攻撃しか出来ないのに戦闘なんて出来るわけが‥
「中級魔法以上の魔法だと魔力が切れかけるんだけど、1度の攻撃しか出来ない今、戦闘が成り立つの?」
「だからこその実戦よ。魔力量の調整、節約、魔力量の底上げ、詠唱の隙を最小限に軽減。最終的には無詠唱化を目指すわ。」
「無詠唱魔法の攻撃だなんて、人類にとっては伝説級でしょ‥?魔力が高い魔王軍配下の上級魔族は出来ると聞くけど、それは彼らが常人の何百倍もの魔力を有しているからで‥」
「そうね、けど魔力量さえ上げれば難しい事はないわ。それに無詠唱魔法は魔法の完成系よ。難易度は高い分、極めたら戦闘の隙をなくせることに加え、魔力量の節約にすらなるの。あなた達はそれも知らないの?」
「ええ、そんな話聞いたことないわ。」
聞いたことないのは当たり前と言えば当たり前だ。
人類が使用する魔法の最高到達地点と言われた【賢者】マハラバでさえ、無詠唱魔法は適性属性である水の中級魔法が限界だった。
やはり、彼女達勇者一行とは少し戦闘力もとい常識に差があるのだろう。
恐らく彼らが何度も召喚を繰り返し、死と復活を幾度となく経験することで強くなりすぎたのであろうが。
彼女はまぁいいわ。と言い話を進める。
「本当は魔法についてならマナの方が圧倒的にすごいんだけど、あの子は寝てるし、それに感覚的過ぎて教えにならないし、少し間違えたら王都がチリになって、私とガフルとマナとユリウスしか生き残らないからね。」
彼女の口調のせいで冗談に聞こえるが、これは本当なのだろう。
【魔星の加護】は書物でしか見た事がないが、その加護を持つものは魔法の理を凌駕し星すら降らせるという伝説を持つ加護の一つだ。
もちろんガフルが持つ【闘神】も、目の前にいる赤髪のリンが持つ【聖女】も同じく伝説級である。
「【聖女の加護】を持つリンもマナと同じくらいの力を持ってるでしょ?【魔星】、【闘神】に並ぶ伝説級の加護なんだから」
「ええ、そうね。私の加護も伝説級よ。上位属性のその上である希少属性かつ血継属性の聖属性の使用を可能にする加護だからね。ただこの力の本質は細胞の超活性による治癒能力の向上、つまり時間をかけて治すはずの傷を細胞を活性化させる事で無理やり短時間で回復させるというもの。戦闘向きじゃないでしょ?」
彼女の含み笑いに疑問を覚えつつも、まぁ確かに。と頷く。
「だからといって、戦闘が出来ないわけではないわ。こうしている間にも時間がどんどんなくなっているわ。とりあえずかかってきなさいよ。」
そう言って彼女は私と少し距離を取った。
手をクイクイッと動かして挑発をする彼女に私もとりあえずやってみようと賛同する。
「ではいきます‥!」
「うん、かかってきな!」
最初は師匠から教えていただいた水魔法で‥!
「大いなる力よ‥生命を育み大地の根源となる祖の力を我に貸したまえ。【中級水魔法・アクアシュート】」
刃物のように狂気を浴びた水が空気中から生成され、赤髪の彼女の元へ暴力性を帯びて飛んでいく。
おし‥魔力はまだ尽きていない。
そう心で思った刹那、自らが生成した水がその暴力性を完全に失いただの水と化す。
と視界から得た情報がようやく脳に到達したころにはもう視界に赤髪は写っていなかった。
「チェックメイトね♡」
後ろからリンの声が聞こえるのと同時にようやく自らの首に短剣が突き立てられているのを理解する。
恐らく彼女の持ち物だろう。
収納魔法のインベントリーすら見えなかった。
とういうか、魔力感知にすら引っかからなかった。
恐らく私の魔力感知が脳へとその成果を申告する以前に彼女は全てを終わらせたのだ。
これでも私は賢者の右腕として多少なりとも自信があった。
しかし、勇者と1番長く旅をしてきたであろう彼女は勇者の右腕なのだ。
私の脳裏に浮かんだのは人類の希望でも、刃を突き立てられる恐怖でも、自分への失望でもなく、ただただ彼女が強すぎるという畏敬の念だけであった。
「完敗です。何をしたかさっぱり分かりませんでした。」
「そりゃこのレベルじゃあ魔王軍に攻め込まれても仕方ないわ。」
「ぐうの音も出ません‥」
彼女はまぁこれでも一応勇者一行だからね。と笑ってみせた。
「それじゃあ今の戦闘の解説とエライザには何が足りないのか、今この段階ではどうすればいいのかを稽古していこっか!」
「はい!」
「お、分かってきたじゃん」
彼女の満足気な表情は恐らく敬語とタメ口の使い分けが彼女の望むものになってきた事によるものだろう。
「それじゃあ、早速‥と言いたいところだけど、出てきなさいそこの3人」
?!
驚いたように私と顔なじみの変人と爽やか少年とむさ苦しい男が姿を表す。
「バレちゃいマーシタカァ。シカタないデスーネ。」
そう言ったのは私が変人とした男。
【王都騎士団魔法長】マグリット・エドワードだ。
私の魔法学校時代の同級生で首席卒業。
こう見えて最年少で【王都騎士団魔法長】になったおとこである。まぁつまり天才だ。
しかし、顔にはピエロのような化粧を施し、変なイントネーションで話すものだから完全に変人である。
「凄いです!マグリットさんの魔法を破るなんて!!」
そうやって目を輝かせているのは、若い男の子。
【王都騎士団副騎士長】ハルネス・ユートフィア
騎士学校卒業後にたったの2年という異例の速さで副騎士長まで上り詰めた鬼才であり、この国の貴族であるユートフィア家長男である。
ちなみに【王都騎士団騎士長】であり【剣聖】と呼ばれるマーガレット・ユートフィアは彼の姉である。
「勇者一行と聞いていたが、まさかマグリットの隠密魔法が破られるとは‥さすがとしか言いようがないな。お前もまだまだだな、ガハハハハッ」
そう言って丸太のような太い腕でマグリットの背中を叩いた男。
【王都騎士団団長】ヘンリー・スクワッド
恐らく現時点での人類最強の男である。
ただしむさ苦しい。さらにデリカシーがない。
だから嫌いだ。
「王都騎士団の偉いヤツらがそろって何してるんですか」
「ガハハッ、噂の勇者一行がいるというんで、実力を見てみたくてな!それにしてもエライザ!酷くやられてたな!ガハハハッ」
「うるさいですよ。少しは慰めてください!」
「ガハハッ、慰めなんてそなたには似合わんだろう!」
彼は大笑いをしながらそう言った。
そして一瞬で表情を変え、私にこう言った。
「そなた、今何をされたか見えなかったろう。インベントリーから一瞬だけ出したチェーン武器のようなものでアクアシュートを粉砕。その後一瞬だけ【聖女の加護】を発動させ、細胞の超活性に基づく身体能力上昇を使い、瞬時に移動、そして最後に短剣をインベントリーからだし悠々とチェックメイトといったところか。」
「あはっ♡すごいですね。全問正解です。ところであなたは?」
「おっと、自己紹介が遅れたなぁ。すまない、ガハハッ。俺はヘンリー・スクワッドだ。【王都騎士団団長】をやっている!以後よろしくな!ガハハッ」
リンはなぜか少しイラッとして笑いかけヘンリーはそのデリカシーのなさからか全くそれを気にしていないようだった。
「せっかくですし、そこの3人も加えて指南致しましょうか?」
「お!いいのか?!お前らも参加するよな!」
「はい!ぜひ!」
「モチロン、そのマホーを分析させて頂きマスネェー」
リンの問いかけに3人が口を揃えて賛同する。
リンの口調が丁寧になっているのを見て少しばかりおかしさを覚えるが笑ってしまっては何をされるか分からないので必死に堪える。
「では、エライザとそこの3人。始めましょうか♡」
こうして私と騎士団のエライ組の地獄の1週間が始まった。
もう一生思い出したくはない。
しかしその分かなり私たちは強くなった。
こうして短くも長い1週間が過ぎ去った。
◇◇◇
「ケケッ、用意はできたカァ〜?皆ァァ」
「うん、出来てるわ。」
「オイ、エライザ。ケケッ、お前はイケんのカァ」
「ええ、もちろんです!」
「ヨシ、分かった。じゃあ出発ダァ、カルノス大地の無限煉獄とやらを攻略し、【三槍】が1人ジュネヴァを狩るぞォ」
こうして私たちは魔王軍に初めて反撃の狼煙を上げたのである。