初めての文
「松、お前はいずれ信忠殿に嫁ぐ身。それまで、文などで親交を深めよ。」
私は父上にその言葉を言われた時、「文とは何だろう」と思ったのを覚えています。
7つの私、まだしっかり文字も書けないような私。
うまく手紙が書けるか心配です。
私は筆先に墨を含ませ、手紙を書き始めました。
『奇妙様へ
私は松です。いずれ、あなたの嫁になるのだと聞いております。それまで、和歌や茶道などの学問を身に付けなければいけないのは分かっております。でも、学問より遊ぶのが大好きなので、いつも学問を後回しにしてしまいます。奇妙様は、学問が御好きですか、御嫌いですか?たとえ御好きだとしても、遊ぶ事も大好きだと思います。奇妙様はいずれ、信長様の跡を継ぐと聞いていますが、戦は好まれますか?私は戦が大嫌いです。人がたくさん死んでしまうのですから。信長様は、戦の無い世を目指す方だと噂されておりますが、そのような立派な方の御嫡男の正室が、私に務まるでようか?一刻も早く、会いたく存じます。』
私はこの文を尾張に送るよう命じました。
尾張は隣国ですが、少し離れた場所。
私は期待に胸をふくらませ、散歩に出かけました。
数日後、文が届きました。
心臓が飛び跳ねています。
私はゆっくり目を開けて、文を読み始めました。
『松殿へ
文をありがとうございます。私は学問は嫌いでは無いですが、遊びの方が大好きです。遊びの中でも、蹴鞠が一番大好きです。蹴鞠は足先が器用でないと出来ない遊びですが、出来るようになるとなかなかおもしろい遊びですよ。そして、戦の事。戦は好きではありません。きっと、父上も好んで戦をしている訳では無いと思います。父上は天下布武という理想を掲げて、戦をしているのです。松殿の父・武田信玄様も凄いお人ですね。甲斐と信濃を上手に治めており、甲斐の虎と謳われているのですから、もしかしたら私の父上より素晴らしきお人かと。しかし、この文を父上がご覧になった時、父上に追い掛けられました。相当悔しかったのでしょうね。松殿は学問が嫌いでしょうが、その努力は必ず報われます。それでは、また文をくださる事を待っています。』
奇妙様って、勝頼の兄上のように威厳があって、少し怖い方と思っていたけど・・・
とても愉快な方なのね。
私は改めて、奇妙様が愛しいと思いました。
ですが、これは前世の無知な愛では無く、歴史を変える為の熱い恋心なのでした。