8 武士と騎士
朝靄煙る小川沿いの緩やかな下り道を、キャロラインと六蔵は半ば駆けるように下っていた。先頭を行くキャロラインの足が速くなるのは、小川の端の草地が歩きやすいだけではなく気まずい為でもある。
(さっきはびびったな。私に対して怒ってないのは分かってるけど、クリスさんのお怒りポイントは把握しておこう)
対して六蔵は、早く諸刃の剣を試したくて獲物を探しながら進んでいた。靄は晴れたが魔物も獣の姿も見つからなかった。
「クリスさん、急ぎすぎて疲れちゃった。少し休もうか」
1時間ほどでキャロラインは音を上げた。腰を下ろしてそれぞれ水筒と竹筒に補充しておいた水を飲む。
「人里までは後どの位で着くのかの」
「湖から流れるこの小川に沿って6日位で街道にぶつかるでしょ。そこから歩きで6日位で大きな町に着くよ。途中街道を逸れたら小さな村がいくつかあるけど、外国の情報が貰えるとしたらギルドのある町の方が良いと思う」
「思うたより遠いのでござるな」
「街道で運良く乗せてくれる馬車がいればもっと早く着くけど、中には悪い人も居るから、無闇に乗っちゃだめだって父さんが言ってた」
「そうかも知れんの。して、ギルドというのは如何なるものぞ」
「ギルドは、冒険者のための組合だよ。依頼者から受けた仕事を冒険者に紹介する所。仕事は、魔物の駆除とか素材集めとか、あと馬車の護衛でいろんな所に行くから外国の話も聞けるかもよ」
「成る程。用心棒の職を斡旋する処か。その冒険者の他に武士は居らぬのか」
「武士は居ないけど騎士なら居るよ。私の父さんも昔は騎士で、駆け落ちする時にお母さんと一緒に冒険者になって、旅をしながら今住んでるスノビ村に落ち着いたんだって」
突込み所の多い話ではあるが、まずは騎士とは何かを尋ねた六蔵。
「騎士は、剣と鎧で武装して国中の人を守ってくれる人たちなんだ。何個かある騎士団にそれぞれ役割があって、王族を守る近衛騎士、王都の安全を守る衛兵、王都や町の門を守る門番、戦争で戦う軍人とか。武士も同じ感じ?」
「そう、全く同じじゃ。それに加えて文官も武士の役割なのだ。何しろ城におわす殿自身も武士だからの」
「へー、辺境伯の領主様が騎士でもあると同じなんだね。あ、辺境伯様に仕える騎士もいて国境の砦を守ったり、領主様を守ったりするそうだよ」
「立派な職じゃの」
「武士さんもすごいよ、文官になれるって。クリスさんも読み書き計算は出来るの?」
「文官程ではござらぬが、多少の心得はある」
「じゃあさ、お昼ご飯の後に何か書いてみせてよ」
「心得た。では参ろうか」
その後は早足程度にスピードを抑えて進んだ。食べられるハーブやキノコの見分け方を六蔵に教えながら少しだけ山に入ると、魔物の鬼ウサギを見つけた。
六蔵が剣を試したいと思っているのに気が付いていたキャロラインは、目で合図をすると鬼ウサギの注意を惹くように剣を木にぶつけて音を鳴らした。キャロラインに気付いたそれは、角を向けて突進してくる。普通のウサギの耳の部分が2本の長い角になっている鬼ウサギの通常攻撃である。意図を察した六蔵は横から剣を打ち下ろして鬼ウサギの首を刎ねた。
武器が変わっても、素早い動きの敵の急所を外さずに一度で仕留める技量に、キャロラインは関心した。しかし六蔵は今の動きに満足していないのか、刃を見て首を傾げている。
鬼ウサギの首と胴体を巾着に仕舞うキャロラインを見て、六蔵は顔をわずかにしかめた。
「大丈夫。この袋の中で他の物とくっつかないし、時間が止まってるから血も流れ出ないよ」
それを聞いて元来綺麗好きである六蔵は安心した。
「さあお昼にしよう」
日が天辺に来たので昼食を摂ることにして、キャロラインは防水シートを敷いた。今回はピクニック方式だ。先にキャロラインは小川に鬼ウサギを浸けて、流されないように重石を置き血抜きをしている。それを見ていた六蔵は尋ねた。
「魔物の肉は食べられるのか」
「食べられないのもいるけど、普通の動物に比べて魔物の肉の方が旨みが強いんだよ。鬼ウサギはシチューにすると美味しいよ。夕飯楽しみにしててね」
自分と六蔵にクリーンを掛けながらキャロラインは答えた。昼食の前にもう夕飯の話である。
(お昼は軽くサンドイッチにしよう。温かいのが飲みたいから紅茶かな)
ティーポットに茶葉を入れ、魔法で作り出した熱湯を注ぐキャロライン。彼女は水魔法を温度変化させる事が出来るのだ。六蔵はそれを横目で見ながら、後で真似して見ようと心に決めた。
サンドイッチや木のカップなどを取り出し、紅茶を入れたキャロラインは六蔵に蜂蜜を勧めた。
「甘いのが大丈夫だったら、このスノビ村特産の蜂蜜を紅茶に入れてみて」
六蔵は、まずは一口紅茶を飲んでからスプーンで掬った蜂蜜を混ぜて飲んでみた。
「ほう、この紅茶とやらだけでも香り豊かで美味いが、蜂蜜を加えるとくどくない甘さと花の香りが相まって更に美味くなるのう」
六蔵の的確な解説は止まらない。
「この柔らかく白い物に挟まれた塩漬け肉と野菜、それを取り纏めるまろやかで酸い汁は何であろう。こちらの茹でた玉子に和えたのと同じじゃな。酢味噌に似ておるが……」
ガツガツと、しかし上品に食べる六蔵に、我が子を見つめる母親気分のキャロラインは答えた。
「それはマヨネーズといって、国民に大人気の調味料よ~。白いのは主食の一つのパンよ~。小麦で出来てるの♪」
(本当に不可思議なのは、食べ物ではなくこやつの態度よのう)
不審者キャロラインを華麗にスルーして、六蔵は美味しい食事を味わうのであった。