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7 河童と巾着と武士の魂


 翌朝、日の出前に六蔵は目を開けた。ここは何処かと、まだぼんやりしている頭で疑問に思った。透き通った青い膜の外には、湖と鬱蒼とした森が見える。横を向くと、火の消えた焚き木の向こうに子供が寝ている。


(ああ、わしは異国に居ったのじゃった)


 六蔵は、昨日我が身に起こった出来事を思い出した。気が付いたら異国に居て妙な子供と出会い、その子が『魔法』という術を使ったのだ。

 異国に来た事は不思議ではあるが、あれから日数が過ぎているならなんとか辻褄が合わせられるだろう。しかし、何でもない事のように使われる魔法には驚いた。興味が勝り言われるまま試してみると、なんと自分にも出来たではないか。

 そんな場合ではないと思いつつ、嬉しさを感じた六蔵は朝の鍛錬を始めた。


 日が昇った頃キャロラインが目を覚ますと、六蔵は既に湖の(ほとり)で顔を洗っていた。湖の水をすくっているのかと思いきや、六蔵は両手の掌からシャワーを出して顔に掛けていた。恐るべし魔法の才能。


「おはよう。早いねー」


「常より日の出前に目が覚めるのでござる」


「私は日の出と一緒に起きるよ」


 キャロラインも顔を洗って歯を磨いていると、六蔵が遠くを指差しながら小声で叫んだ。


「河童でござる!」


 指差す方を見ると、約200m程先の(あし)の陰に緑色の肌をした尖った耳の子供位の身長のヤツが見え隠れしていた。


「あれはゴブリンという魔物だよ。六蔵さんの所ではカッパって言うんだ」


「左様。緑の体の背中に甲羅を背負い、(くちばし)が有り頭に皿を乗せた妖怪じゃ。実物を見たのは初めてじゃ」


「こっちのとは姿が違うようだけど、まいっか。退治してしまおう」


「何を言う。あ奴はキュウリを盗むなどの悪さはするが、子供達と遊んでくれる気の良い妖怪なのだぞ」


「んー了解。アレはそいつとは別物だ。ゴブリンは人間を見境無く襲ってくるし、特に女子供は攫われて酷い目に遭うんだよ。見つけ次第殺すのが人を守る為のルールなんだ」


 話をしている間にこちらにそっと近づいて来たそれを、六蔵は目を凝らして見るた。河童とは全く違う姿だった。


「違うたようじゃな。して如何がする」


キャロラインは六蔵が脇に挿している細い剣が気になっていた。


「1匹なら全然弱いからクリスさん、小手調べに()って見る?」


「お任せあれ」


 言うが早いか、六蔵はゴブリンに向かって音も無く体を低く保った走法で走り出した。ゴブリンに対峙する直前、刀を抜いた軌道そのままに敵を切り上げた。ゴブリンが棍棒を振り上げる間も無く、その胴と首はスッパリと切り離されていた。

 

「すごい……」


 やられる筈は無いとは判っていたが、余りの速さと落ち着き、それと洗練された動作にキャロラインは驚いた。やはり強者と恐れた自分の勘は間違いなかったと確信した。

 六蔵は血振りした刀を懐紙で拭った後、(さや)には収めず渋い顔で眺めている。魔物を切った汚れが気になるのだろう。そう思ったキャロラインは、近くに行って断ってから刀と六蔵にクリーンをかけた。


(かたじけな)い」


「いえいえ。それにしてもクリスさん強いねー。その剣見せてもらっても良い?」


「この刀か?触らず近くに寄らなければ見て良いぞ」


 その刀身は美しかった。僅かに曲線を描きギラリと光る2種類の銀色の堺は、不規則な波紋で仕切られていた。


(怖い……)


キャロラインには刀自体が殺気を放っているように感じた。


「ありがとう。綺麗な刀だね。ここ片付けたらご飯にしようか」


 キャロラインは土魔法で深めの穴を開けるとその中にゴブリンの死体を埋めた。取り除いた土をまた魔法で戻して六蔵に説明した。


「魔物の血の臭いで他の魔物が寄って来るからこうするんだよ」


 頷いた六蔵と共に元の場所に戻りながら、キャロラインは探査で調べてゴブリンの仲間が居ないのを確認した。



 今朝は昨日の残りの猪鍋と塩結びを作って簡単な朝食にした。温め直していないはずの猪鍋が熱いのを確かめると、六蔵は質問した。


「その巾着袋であるが、熱が冷めず幾らでも物が入る袋という事で(よろ)しいか」


「どっどどうしてそれを……」


「……目の前で見ていたからの。人には知られたくないのであろう?」


「熱が冷めないというか時間が停止する物ですが、はい、その通りです」


なぜか敬語で答えるキャロライン。


「魔法に疎いわしにも分かるのじゃ。もちろんわしは他言せぬが、知られとう無ければ背負い袋に入れるか、着物の中に入れる。何れにせよ人前では使わぬことじゃ」


 背負い袋を降ろして物を出し入れするのは面倒だし、肩から斜めがけにしている巾着を隠すとなればズボンの中になる。ズボンに手を入れて食べ物を出す自分を想像して、キャロラインはブルブルと首を振った。


「こっそり出し入れしたらバレないんじゃないかなー」


「わしが盗人であればまず金が入っていそうなそいつを狙うぞ」


「分かりました。背負い袋に入れます」


納得したキャロラインは素直に巾着袋を仕舞った。『盗賊クリス』を想像したキャロラインは、再びブルブルと首を震るのであった。


 

 出立する前にキャロラインは、魔物が強い事と厄介な攻撃もする事を六蔵に教えた。そして自分の予備の剣を手渡し、邪魔になる刀を巾着袋に入れて預かろうと申し出た。しかし六蔵は、静かながら怒気を孕んだ声で拒否した。


「刀は武士の魂である。人に預けるなどもっての外」


「ごめんなさい……」


「いや、ライン殿の親切には感謝しておる。怒っている訳ではないぞ」


 六蔵は彼にとって刀が如何に大事かという事を伝えたのであって、キャロラインを叱った訳ではない。その証拠に、貸してもらった剣を何度も振ったり重さを確かめたりして何事も無かったようにしている。六蔵は左に刀と脇差、右に剣を挿してキャロラインと共に歩き出した。


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