51 ラモンの無言の原因
3人は今日のこれからの予定を話し合った。六蔵がギルドが在るなら行きたいと言うので、まず夕食を摂ってからという事になった。
部屋の中央の僅かなスペースにキャロラインがテーブルを出した。六蔵とラモンが並んでベットに腰掛け、キャロラインがその向かいに座った。
食事無しを選んだだけあり、ラモンは熱々のご馳走をリュックから取り出して並べた。それを見たキャロラインは、もう隠さなくても良いんじゃないかと思い六蔵に耳打ちした。
「時間停止の事、バラしても良いよね」
「ラモン殿には良いであろう。また、馬車で倒れそうになった折に防御を掛けておればと思うたのだが」
六蔵もコッソリ言う。
「そうだよね。夜もバリアを張ったら安心だし。それも本人に言っておいた方が良いよね」
「そう致そう」
キャロラインはラモンに向き直って秘密を打ち明けた。
「ラモン君も持ってると思うけど、私たちも時間停止機能が付いたマジックバックを持ってるんだ」
フライドポテトを出された時から気付いていたラモンであるが、黙って頷いた。
「それと、馬車に乗る時はラモン君に防御魔法を掛けても良いかな?寝る時もバリアを張りたいんだけど?」
最初の段階でキャロラインが作った盗賊の氷漬けを見ていたラモンに驚きは無く、頷いて了承した。
「今言った事は、他の人には内緒にしてね」
これにも頷いて答えた。
二人が話している間にも、六蔵はおにぎりと即席の味噌汁の夕食を食べ始めていた。キャロラインは、自分で作るには手間のかかるカツ丼と味噌汁にした。それを注目する六蔵にカツを2切れ丼の蓋に乗せて差し出した。六蔵は美味しそうに食べたが、感想も述べずに急いで全部食べ終えた。ギルドの閉まる時間が気になるのだろう。
外出の支度をしながら六蔵が言った。
「ライン殿、一人になるがラモン殿の事は任せたぞ」
「大丈夫。任せておいて」
危険が無いか見回りもするので遅くなるかもしれないと言い残して、六蔵は部屋を出た。
キャロラインは食事をしながら探査で辺りを探ってみた。探査は敵意を向けるものに反応する。人間の場合はそれを見極めるのが難しい。悪気無く悪事を働く者も居れば、ちょっとの事で感情が変化するからだ。ましてや宿のように一つの建物の中に大勢が居る場合は、明確な敵意を持つ者の大まかな場所しか分からない。キャロラインが探査を使うと向けられる敵意が光って感じられるが、今はどこも光っていない。六蔵が不在なので用心の為に鍵が掛かっているのを確認して、ドアと窓を塞ぐようにバリアを張った。
そうしてようやく安心して食事の続きをし始めたキャロラインは思った。これからどうしようと。自分が喋らなければずっと沈黙が続くはず。別にそれでも良いのだが、護衛対象と交流を図る事も必要だと思い向かいのラモンを見た。彼は食事を終えて食器にクリーンを掛けてていた。
「えっ、ラモン君もクリーン使えるんだ」
頷くラモン。
「他の魔法も使えるの?」
ラモンは部屋の隅にある机の上の花瓶を指差した。
「もしかして水魔法?」
頷くラモン。
「行商人には必要だもんね」
ラモンは首を傾げてから頷いた。
黙ってはいるがコミュニケーションを取りたくない訳ではないと思ったキャロラインは、核心を突いた。
「どうして喋らないの?」
暫く考えてから、ラモンは書く真似をした。
「ああ、筆談ならいい訳ね」
そう言うとキャロラインは食器を片付けて、背負い袋からノートと鉛筆を出してラモンに渡した。そしてラモンが書いたものを読み上げた。
「なになに、『今月はしゃべらない月だから』………」
予想外の答えにさすがのキャロラインも言葉を失った。日頃六蔵におかしな事を考えていると言われる彼女でさえ、意味が分からなかった。
(これはあれかな?あれだよね……噂で聞く、この年頃の子が罹るというあの病……)
キャロラインが思いを巡らせている間にも、ラモンは書き続けていた。
「『お祖父ちゃんは口先だけの商売はダメだと言うし、お父さんは話術も必要だって言うから、ひと月置きにしゃべらないで売るのとしゃべって売る練習をしている』………」
(良かったー、病じゃなくて)
おかしな言動が人に与える不安と、理由が分かった時の安心感をキャロラインは身を以って知った。
「えーっと、だったら普段は喋るとか、商会長の前では喋らないでお父さんの前では喋るとかではダメなの?」
「『それは違う気がする』か」
キャロラインには、その方法が正しいか正しくないとか言うつもりは無いし、他所の家の事に口出しする気も無い。ただ、ラモンが複雑な立場である事は感じたのでなんとか励ましたいと思った。
どうしたら喜んでくれるかと考えていたら、ノートの折癖で前のページが開かれた。そこは連携の種類が文字と絵で書かれているページだった。敵に対する二人の人物が、頭が円で体と手足が線で描かれている。一方の円は黒く塗り潰されており、もう一方は下半分だけ黒い。
ラモンはそこに書かれた矢印を指でたどって熱心に見ている。
「連携に興味が有るの?」
六蔵の刀捌きに憧れているラモンは2回頷いた。
「冒険者になりたいの?」
ラモンは首を傾げて視線を下に向けた。隣のページに書かれた変わった文字が視界に入ると、今度はそれをジッと見つめた。
「それはクリスさんの国の数字だよ。簡単だから書いてみる?」
キャロラインが漢数字の下にこの国の数字を書き入れている間に、ラモンはリュックのポケットからメモ帳とペンを取り出して待っていた。彼が漢数字を書き写し終わるのを待って、キャロラインは自分の顔を指差して得意げに教えた。
「八はこれだから忘れないでね」
ラモンは、変てこな顔をする彼女を見ても何の事か分からなかったが、気を使って頷いた。
一方、部屋を出た六蔵は、宿の受付で日本について尋ねたが知らないと言われた。そしてこの町と次の町にもギルドが無いと聞いてがっかりした。仕方なく他に見当を付けていた場所を聞いて外に出た。
日が暮れたばかりの町にはまだ人通りが多かった。探査で調べたが、宿の方に向けた敵意は感じなかった。そのまま目的の場所に歩いて行く。町の造りはサイショルドと大体同じのようだ。六蔵は中央通りを曲がって居酒屋に入った。冒険者が集まるであろうそこで情報を集めようと考えたのだ。
中に入ると六蔵はカウンターでビールを注文した。カウンターのおやじにも聞いたが日本の事は知らないそうだ。他に聞ける相手は居ないかと店内を見渡すと、乗合馬車の護衛4人がテーブル席で飲んでいた。あちらも気付いて六蔵を手招きした。側に行くとリーダーのバイトが六蔵に声を掛けた。
「ここに座りなよ、一緒に飲もうぜ」
「わしは用があって参ったのじゃ」
「話も聞くから、まあ座れ」
そう言われた六蔵は、自分のビールを持ってきて彼らの席に着いた。
「あんたも大変だよな。子供の世話なんて」
「おい、あの女の子はただの子供じゃないだろう」
「そうだった。あの子は一体何者なんだ?」
アルバとリックが交互に言う。それは自分も聞きたいと思った六蔵だが、差しさわりの無い所を話した。
「山奥の村の出故魔力が多いと聞いておるが、何か迷惑をかけたかの」
「逆だよ。魔物を発見するは、実質上の止めを刺すはの大活躍だ」
サンチェの説明に、聞いていた内容と違うと六蔵は思った。そしてキャロラインの魔法について詳しく聞かれる前にと本題に入った。
「ならば良いが。ところでそなたらは日本という国に聞き覚えはあるか」
「いや、聞いた事は無いな」
バイトの言葉に皆頷いた。六蔵は一々落ち込んではいられないと、もう一つの懸案についても聞いてみた。
「此度の乗客に怪しい者は居らぬか」
((((それはあんただ!))))
と全員が思ったが、決して口には出さなかった。