5 六蔵 初めて魔法を使う
この世界は、いわゆる異世界である。
栗栖六蔵の居た地球の歴史が進んだ平成時代に『異世界』を舞台とした創作物が多くの人に認知された頃、キャロラインが住む『シーズン』という異世界が誕生した。大勢の人間が望む異世界とやらを創ってあげようと思った、大いなる者の計らいであった。
大いなる者が転生者を選ぶ基準は、『己の努力に反して不遇な目に遭って亡くなってしまった、異世界の概念を持つ人間』という事だった。
『シーズン』暦で100年毎に転生者が送られた。異世界と地球は時間の流れが違うというより全く別の次元に存在する為、どの年代からどの年代にも送る事も可能なのだ。
初期の転生者には、本人が望むまま大盤振る舞いでチートを授けた。しかし、その者達は権力者に搾取されたり、自分の欲望のままに横暴に振る舞い、恨みを買って返り討ちに遭ったりと上手くいかなかった。
そこで3人目からは、異世界物を読んで知った自動翻訳と居空間収納、プラスちょっとしたチートに抑えてみた。するとそれからの転生者は楽しそうに異世界での人生を送るようになった。
その時々の転生者は、地球での知識と得意分野を生かして周囲の人々を幸せにした。料理・衣類・石鹸・肥料などは非常に役立った。
特にどの転生者も力を入れたのが料理だ。恐ろしいほどの執念で、かつて食した味を再現していった為、『シーズン』の食事事情は格段に向上していった。その他の分野に急激な発展は無かったが、それ位で丁度良いと大いなる者は満足した。次に来る者の為に異世界っぽさを残しておきたかったからだ。
しかしなぜ『異世界の概念を持つ人間』に当てはまらない六蔵が転生されたのか。それは大いなる者のミス………ミスタッチのせいだった。
新し物好きの大いなる者は転生者候補の名簿をタブレットで管理していたのだが、慣れない操作の上反応が悪く、何度もタッチしているうちにいつの間にか原案である『不遇な目に遭って亡くなった者』の戦国時代までページが遡っていたのだ。しかも慌てて『GO』のボタンをタッチしてしまった為、何の説明もしないまま送り出してしまったのだ。
哀れ六蔵。
せめてもの侘びとして、六蔵が亡くなった顛末は記憶から消しておいた。転生者特典は自動で付与されているから問題ないはずだが、大いなる者はこれまでの者よりいっそう彼を注意深く見守るのであった。
休憩から約1時間半後、二人は本日の目的地である湖に到着した。予定より遅く着いたので日暮れまであとわずかだった。
「クリスさん、悪いけど暗くなる前に乾いた薪用の枝を集めてくれる?遠くには行かないでね」
「あい分かった」
本来なら水浴びと洗濯もする予定だったのだが、時間が無いので仕方がない。キャロラインは釣竿を湖の端に刺して石で固定すると、土魔法で竈を作り近くに落ちている薪になりそうな木をくべて火をつけた。竈の上に鍋を置くと今度は水魔法でスープ用の水を入れた。その後は巾着袋からジャンジャン素材を出して、切って放り込んだ。
沸騰する間に釣竿の様子を見に行くと、魚がかかっていた。この辺りでよく獲れるリトルマスだった。気をよくしたキャロラインはもう一本竿を出して同じ様に仕掛けると、鱗と内臓を取ったリトルマスを水で洗ってザルに乗せた。面白いように釣れたので次々と処理をして、その内の3匹をザルに置くと、残りを巾着袋に仕舞った。
魚を持って竈まで戻ると、丁度六蔵も戻ってきた。
「ご苦労様。わーいっぱい集めたねー」
軽く一抱えもある小枝や木片を、幅広の紐で上手に括ってある。
「野宿には慣れておるゆえ」
(ほほーこれは良い拾い物をしたわい)
若干上から目線で喜ぶキャロライン。
「それじゃあ次は魚に塩を振ってくれる?まずは手を洗ってね」
人を使う気満々のキャロラインは、薪を置いた六蔵に手を出すように言うと片手をかざして水を出した。
(何と!)
驚いた六蔵は素早く手を引っ込めて、キャロラインの手をまじまじと見つめた。
「これは如何なる奇術か」
巾着袋を不思議がられた時には、時間停止機能が珍しいのかと思ったが、もしかして魔法自体を知らないのか。母親に魔法の無い国もあると教わっていたのでそう思い当たると、キャロラインは怖がらせないように説明した。
「これは魔法といって、この国では誰でも出来る普通の事なんだよ」
「誰でも……」
「そう、クリスさんも出来ると思うよ。やってみて」
そう言うとキャロラインは自分の掌を六蔵に見せながら説明した。
「まず、おヘソの少し上が温かくなるように意識を集中して、それを掌まで流してみて」
六蔵は言われた通りにやってみた。
「出来たら次は、水が出るのを想像して『出ろ!』って念じるだけ」
真剣な表情で掌を見つめる六蔵。恐らく心の中で『出ろ!』と叫んでいるのだろう。するとすぐに掌がじわじわと濡れてきた。これは汗かな?と思われる位の量だ。
「クリスさんすごい!一回で出来るなんてすごいよ!今度は水が勢い良く出るのをハッキリ想像してみて。見たことのあるやつを思い出しても良いよ」
キャロラインは六蔵が魔法を嫌いにならないようにと褒めたが、一度で魔法を使えたことに本当に感心していた。彼女が魔法を使えるようになるには1ヶ月以上練習した後だったのだ。
六蔵が黙々と練習し始めるのを横目に、キャロラインは料理の続きに取り掛かった。
(良いお手伝いさんが出来たと思ったけどこうなったら仕方がない。お母さんも私が小さい時はこんな気持ちだったのかな)
手伝いを忘れて遊びに夢中になる小さなキャロラインを、ため息をつきながらも微笑む母。その姿を今の自分と置き換えて想像してみた。
母親気取りのキャロラインは張り切った。
手早く魚を串に刺して塩を振り、スープの灰汁を取り味噌を入れ味が調ったら巾着袋に仕舞う。竈を壊して薪を足し、串を焚き木の周りに刺しつつ六蔵にアドバイスする。
「『出ろ!』じゃなくても『ハッ!』でも『ッサ!』でもいいのよ~。気合だけでもいいし、やりやすい方法を試すといいわ~」
六蔵は、高音で女言葉を使う小僧を胡乱な目つきで見やったが、集中を切らすことなく練習を続けた。