43 町でお買い物
掲示板の前で二人は、この町で国の情報が得られるかどうか分かるまで依頼は受けない事に決めた。そのやり取りが聞こえた大男の職員が二人に声を掛けた。
「あんた達、何を売ったか知らんが、依頼にそれがあったら受け付けてやる」
「後からでも良いの?」
「場所と日にちが決められていない依頼は、討伐ではなくその物が欲しいという意味だ。物さえあれば依頼完了になる」
それを聞いた二人は、持ち込んだ獲物の名が書かれた依頼を探した。
「あんた達はD級だから、それ以下の依頼は残しておいてやれ」
見ると、熊はE級が受けられる依頼だった。そこで鬼ウサギとシルバの名を探すと、『シルバの胴体部分の一枚皮を6枚希望』と書かれた依頼書があった。それを剥がして持っていこうとすると、大男の職員に止められた。
「剥がしてしまったら必ず依頼を受ける事になる。まだ条件に合うか分からないんだから、俺が確認するまで待ってろ。受けてからダメでしたでは、依頼失敗になる。さては冊子を読んでないな」
そう言うと、職員は依頼書を読んでから解体場に向かった。冒険者の冊子を途中までしか読んでいない六蔵と、全く読んでいないキャロラインは、図星を突かれて顔を見合わせた。
「手抜かりであった」
「やっぱりだるんだるんだね。そろそろピシッとしなくっちゃ」
「あの者は見かけによらず親切じゃのう」
「仕事熱心なんだね」
体を傾けながら歩いて職員が戻って来た。
「希望通りなのが6枚あったから依頼完了だ。明日の精算に加算されるからな」
二人が依頼料を確認する間も無く、職員は掲示板から依頼書を剥がして受け付けに座り、それに判を押した。昇級の実績になるからと二人にカードを出させて、何やら操作した魔道具に通してカードを返した。
「随分と綺麗で数があったな。でも俺は驚かないぜ」
わき腹に手をやり、クールに笑う職員。キャロラインはお礼を言う為に職員の名札を見た。
(本名だった……)
「デストロイヤー殿、ご教授感謝致す」
「ありがとう……」
「冒険者は命がけの仕事だ。気を引き締めて頑張れ」
建物を出た二人は、ギルド前の広い前庭のベンチに腰を下ろした。
「初めて会うた時の態度は、いかに冒険者が危険かと教える為であったか。あの者は職員としての誇りがあるのじゃな」
「うん。最後には格好よく見えたよ」
「男は顔ではないからの」
何気に失礼である。
「商会長さんも日本の事調べてくれるって言ってたから、お店に行ってみようか」
「左様であったか。しかし昨日の今日じゃ、日を置いた方が良かろう」
「うーん、後は誰に聞こうかな。そうだ!本屋さんに行けば、外国の事が書いてある本があるかも」
「それは良い考えじゃ。是非参ろう」
キャロラインが見た覚えが有ると言うので、中央通りを歩いて本屋を探した。昨日と同じく道行く人に注目されるが、六蔵は悪意の有る視線でなければ気にならなくなった。キャロラインが言うように、自分の姿を見て日本を知る者から声が掛かる可能性が有ると思ったからだ。
キャロラインは、村では売っていない品々に目移りしてあっちの店、こっちの店と覗いているが、中に入ろうとは言わない。
「店には入らぬのか」
「まずはクリスさんの国の事を調べなくちゃ」
この子は色んな事を経験する為に旅に出たのだ。初めての町で買い物をするのも経験だろう。自分の都合に合わせてばかりで申し訳なく思っていた六蔵は、心に余裕を持とうと決めた。
「今しか出来ない事を楽しめと言われたのはライン殿ではないか。わしもノートが欲しいのじゃ。気になる物があれば入ってみよう」
「うん!」
教会の塔の時計は8時半を指している。この時間に開いている店は、パン屋や食料品店や食堂、花屋や土産物屋などだ。土産物屋に入って興味深く見て周るが、二人の財布の紐は固い。
次に入ったのは食料品店だ。店先には冒険者用の保存食が並べてある。色取りどりのパッケージの説明を読みながら、六蔵は店のカゴに必要な物を入れていく。その中にはお湯を注ぐだけで出来上がるお粥も有ったので、迷わずカゴに入れた。
店内には野菜や果物、それと保冷の魔道具の棚に肉や魚が並んでいる。六蔵は保存が利く野菜と果物を、キャロラインは巾着袋に手を入れて調べ、不足している野菜だけカゴに入れた。米を見つけた時も、六蔵は迷わなかった。キャロラインが持ってきたカートに5kgの米を積むと、やっと会計に向かった。途中に有った調味料コーナーで基本の調味料も買う事にした。基本にはもちろんマヨネーズも含まれている。
会計を終えると六蔵が小声で言った。
「思うた以上の買い物になったのう。ここで仕舞うては目立つであろうな」
「外でお店の陰に隠れて仕舞おうか」
その会話が聞こえた店員が、二人にアドバイスした。
「お客さん、今はマジックバックも前より安くなって珍しくないんですよ。スリに狙われるかもしれない外より店内で仕舞った方がいいですよ」
キャロラインは両親に教わっていたのが古い情報だと知って、なんだか恥ずかしくなった。六蔵は気掛かりが一つ減って安心した。
「教えて下さり感謝致す」
「ありがとう」
早速キャロラインが巾着袋に野菜を仕舞い、六蔵が袖口から買った物を仕舞う。珍しくないと言った店員も、着ている物に米袋が仕舞われるのを見て口をあんぐりと開けた。
「ここに入りたい!」
キャロラインが嬉しそうに指差して言ったのはパン屋だった。大きな窓から可愛らしく飾られた菓子パンが見えている。店内に入ると、焼きたてのパンの匂いに食欲を誘われた。菓子パンから始まり、調理パン、食パン、デニッシュ等、それぞれに種類が豊富だ。キャロラインは、母が作るパンとは見た目も具財も違うそれらが珍しく、次々とトレーに乗せて買った。
六蔵は、店員に日持ちがすると聞いてハード系の長いパンを一つだけ買った。二人の主食の好みは違うようだ。
「あー満足。でも無駄遣いだったかな」
「食料は必要な物であろう。粗末にしなければ無駄にはならぬ」
六蔵は、キャロラインが買い物を楽しんでいる様子を見て微笑んだ。
パン屋を出ると、殆どの店が開店していた。本屋も開いているだろうと見渡すと、道を渡った前方に文房具屋と並んで建っていた。二人は先に本屋に寄る事にした。
本屋の中は、縦に2列の本棚が置かれ壁際は天井近くまで本が並んでいる。左程広くは無いが、文字を覚えたばかりの六蔵が目当ての本を探し当てるには時間が掛かりそうだ。そこで店の奥に座る眼鏡の店員に聞いてみた。
「伺うが、日本という国の事が書かれた書物はあるか」
「はて、そんな国の名前は見た覚えが無いな」
「では外国の事が書かれてある物はあるか」
「それならその辺りに」
そう言って店員は、壁際の奥の一角を指し示した。そこには、六蔵の知らない国名が書かれた本や、冒険譚といったものが数冊あるだけだった。側に来たキャロラインが、これはという物を手に取って目次を調べたが、日本と書かれた本は無かった。観光案内や外国の食文化等の本も二人で手当たり次第に調べたが、日本という文字は見つからなかった。気落ちした事を悟られまいとする六蔵を見て、キャロラインが店員に聞いた。
「この町に図書館はある?」
「図書館は領都まで行かないと無いよ」
この時代の『シーズン』では 『紙の賢者』とその子孫達によって上質な紙の生産量は増えていたが、一般の町人が自由に本を読める図書館を作れる程ではなかった。
店を出たキャロラインは、六蔵が落ち込んでいるのを気が付かない振りをして言った。
「他の伝手もある事だし、まずはノートを買いに行こう!」
「ぶ厚いノートと鉛筆をの」
六蔵も、キャロラインが気を使っているのが分かって明るく答えた。