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4 旅は道連れ


 キャロラインと六蔵は、今日の野営地である湖まで早足で向かっている。大きな町に行けば六蔵の故郷を知っている人が居るかもしれないと、町まで一緒行くことにしたのだ。先を歩くキャロラインは、六蔵の姿が視界に入らなくなると寄り目を解除した。


(あー目が疲れた。こんなことなら目の筋肉も鍛えておけばよかった)


 頭以外も、立ち上がった六蔵の格好はキャロラインにとって馴染みの無いものだった。

 襟もボタンも無く左右を重ねただけの白シャツ。その上に同じように重ねた紺色の薄い上着。その袖は幅が広く袋状になっている。下は、何本もタックを取ったスカートのようなズボン。更にその中に上着を突っ込んでいて、細長い剣と短い剣が挟んである。

 一番理解不能なのは履物だ。藁を編んで作ったと思われるそれは、細い縄で底と足・足首を結んでいるだけの簡単な仕組みだった。親指だけ離れた紺色の靴下は泥だらけで、履物は靴の意味を成していなかった。


(イッシッシ……狙うなら防御力の無い足の甲だな)


 不遜な笑みを浮かべるキャロラインは気付いていない。その足こそ何処よりも速く動き狙いなど定められない事に。


 

 2時間ほど歩くと少し開けた場所があったので休憩をとる事にした。六蔵に声を掛けて草地に座ると、水筒に残った水を二人で分けて飲んだ。

 

 昼飯は出発前に済ませている。その時は簡単で消化に良い物をと、巾着袋から器に入った温かいスープを取り出し、スプーンと一緒に六蔵に渡したのだが、これが失敗だった。急に現れた温かい食事に驚いた六蔵は、巾着袋とスープを何度も見比べた。

 

 実はキャロラインの巾着袋は、魔力が多い貴族の出である母親が作ったマジックバックなのだ。マジックバックとは、異空間魔法を使用して大量に生物以外を入れられる貴重なものなのだ。しかもこれには、時間停止の機能も付いて非常に高価な為、母には絶対人に知られてはいけないと口をすっぱくして言われていたのに。

 

 六蔵には『そういう道具だと思っておいて。後でちゃんと説明するから』と、誤魔化しておいたが大丈夫だっただろうか。不安になったキャロラインは、胡座をかいて遠くを見ている六蔵を盗み見た。

 黒目黒髪、薄く日焼けした肌。意志の強さを現す直線的な眉に思慮深そうな瞼。その下には細くて切れ長な目。引き結ばれた薄い唇に低いが整った形の鼻。常に表情が変わらぬその顔は、見慣れなくはあるが美男の類であるのは間違いないだろう。


(惜しいな……)


 視線を上に上げそうになったキャロラインは、急いで薄目モードを発動した。


「時にライン殿、この森に獣は居らぬのか?」


 先ほどからキャロラインの視線を感じ、面倒になってきた六蔵が口を開いた。緑豊かで小鳥やリスが行き交うこの場所に、強い獣の気配が無いのを不思議に思っていたのだ。


「あ~、普段は居るんだけど……多分父さんが間引いたんだと思う」


「ん?」


「私は、広い世の中を見て自由に生き方を選べるようにって、小さい頃から両親にいろいろ教わって昨日やっと村を出発したんだけど、父さん過保護だから危険が無いように湖までは粗方強いやつ狩ったんじゃないかと……最近帰りが遅かったし」


「良いご両親なのだな」


「うん、それは間違いないよ。私、愛されちゃってるし」


 明るく自慢げな言葉とは裏腹に、キャロラインの横顔にはわずかな陰りが見えた。何か事情があるのかと心配した六蔵ではあるが、あまり踏み込むのもどうかと思い、立ち上がって土を払いながら言った。


「先を急ごうか」


「うん!」


 元気に立ち上がったキャロラインは、六蔵を見上げて頷いた。薄目でニヤリと笑うその顔を見た六蔵は心配するのが馬鹿馬鹿しくなった。やたら親切にしてくれるかと思えば人を小バカにしたような顔をする。正直どう接していいのか迷う六蔵だったが、今はこの10歳そこそこの小僧に付いて行くしか方法が無いのだと自分に言い聞かせた。

 

 ちなみに六蔵には『キャロライン』が女性の名前だという知識は無い。股引を履き短い髪で、その上1人で旅をする女が居るとは思いもしないのだ。

 

 

 再び歩き始めた六蔵は考えていた。

 最早(もはや)この足で開戦の知らせを殿に知らせる事は出来ない。なにせここは外国なのだ。最寄の町で我が藩の場所が知れたとしても、たどり着くまで幾日、いや何十日かかるか分からない。しかし、藩堺の城主は知力に長けている。何らかの方法で援軍を仰ぎ敵を追い返すはずだ。もし藩堺の城を攻められたら、篭城戦となってしまうだろう。六蔵が戻ったとして一体何が出来るというのか。

 だが何としても自分の目で藩の無事を確かめたい。その思いだけが、この理不尽な状況の中で足掻く原動力だった。

 

 焦りで千路に乱れる思考を振り払い、僅かに残された希望へ繋がる道を六蔵はひたすらに進んだ。



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