31 行商のおじさんの謎
何度か休憩を挟み、馬車は今日の野営場所に到着した。若造は盗賊の頭にパンと水を持って行き、見張りに向かった。
それ以外の冒険者は焚き火を囲んで座った。商会長と孫は七輪に似た魔道具と思われる物の上に網を置き、ソーセージを焼いている。馬の世話を終えて御者もそこに加わる。羨ましそうにそれを見つめる冒険者達。
『食の賢者』が現れ始めて数百年後には、シリアルバーやお湯を注ぐだけのインスタントのスープ等が広まり冒険者の食事は豊かになっていた。しかし港町から2日目だという彼らは、食べたばかりの新鮮な魚介類の味が忘れられず、保存食では満足出来ないのだ。
それを見ていたキャロラインは可哀相になり、六蔵にこっそり聞いてみた。
「昨日の干し魚、出しても良いと思う?」
「そなたの好きにすると良い。出すとしたら言訳がたつ今日が最後であろうな」
「じゃあ私も食べたいし、分けてあげよう」
キャロラインは、商会長の所へ行き相談した。
「あのー商会長さん、それ焼き終わったら網貸してくれる?少しだけど干し魚お裾分けするから」
「ああもちろん良いとも」
快く了承してもらい、キャロラインは戻って冒険者に告げた。
「皆さん、干し魚があるんだけど食べますか?小さいんだけど」
冒険者たちに否は無い。「ウォー!」という返事をもらって、キャロラインは焚き火の四方に土魔法で支柱を作り、網を借りてきて乗せた。背負い袋から巾着袋に手を入れて、麻紐で繋がれた小魚の干物をスルスルと2本取り出した。38匹あったので一人4匹の計算だ。頭にはあげないので2匹余るが、皆遠慮したので六蔵とキャロラインが貰う事になった。
網に並べた小魚からは良い匂いがして、子持ちがプチッと弾ける音がする。
「これは港町で食べたししゃもんだな」
「あれは美味しかったわ。ありがとうねラインちゃん」
「子持ちは結構良い値段してたな。悪いな、こんな良いものもらって」
「ふね……不慣れだけど、川沿いを下って来る時に獲ったのを干した物だから大丈夫だよ」
まあ合格であろう。
キャロラインは、焼けた中から商人グループの分を皿に乗せ、お返ししに行った。
「商会長さん、網ありがとう。これ少しだけど皆さんでどうぞ」
「おお、ししゃもんですか。返って申し訳ないですな。さ、二人ともありがたく頂きましょう」
商会長の言葉に孫と御者も手を出す。商会長も魚のしっぽを持って丸かじりする。
「塩焼きも良いですが一夜干しは味が凝縮して旨みが増しておりますな」
キャロラインの背後からは「酒が欲しー」という声が聞こえてきた。
「ししゃもんも美味しいのですが、スノビ村のベーコンも火で炙ると格別ですな」
商会長が笑顔のままギラリとした目つきでキャロラインの方を見た。キャロラインは、背後から誰の物かはっきり分かる冷気を感じた。
「ベーコンは流石に(少ししか)持ってないよ」
「残念。わたしもスノビ村が馬車で行き来しやすい所なら買い付けに行くのですが。川沿いに歩いて登って行くにしろ、港町の先の急な山道を登るにしろ、何日もかけて生産数の少ないベーコンを持ち帰るのでは採算が合いません」
「そうなの?2ヶ月に1回来る行商のおじさんは急な山道を馬車で登って来てたよ」
「なんですと!あの山は、ウインター大陸産の足が太くて短い特殊な馬でなければ登れないはず。領主様が税の徴収の為に港町で飼っていると聞くが、それを借り受けているとなれば一角の人物なのだろう。ましてや自身で飼っているのならば、どれ程財力があるのか」
「そういえば、おじさんの馬は足が太くて短かったなぁ」
「その行商人の名前を教えて貰えないか。是非とも知り合いになりたい」
「う~ん、分かんない。村のみんなも行商のおじさんとしか呼んでなかったよ」
「それは残念。そんなに費用を掛けてその人は何を売りに来ているんだい?」
「村には雑貨屋が一軒だけあるけど、そこに売っていない日用品とか食料を仕入れてくれるんだ。何日もかけて村の人が頼まれたものを港町まで買出しに行くのは大変でしょ。予め頼んでおいたら王都からも品物を運んでくれるよ」
「王都から?それだけ日数と費用をかけるとは……いくら隠居した私でも足が出る商いはしません。他の町で儲けているのかもしれませんが……」
「あ、後は子供達が喜ぶようなお菓子や小物も持って来てくれるよ。一番嬉しいのは、王都や他の町の噂話をしてくれる事かな。スノビ村は領主様の取り決めで村への道を整備できなくて、あまりよその人が来ないからね」
「では、ベーコンを大量に買い付けて高値で売っているのかも知れませんな」
「ううん。少ししか買わないよ。作ってる量も少ないし」
「ふむ、益々道楽としか思えませんな。なんとも奇特な人と言うか不思議な方ですな」
「子供たちの話もちゃんと聞いてくれる良い人だよ」
行商のおじさんの謎は深まるばかりだ。
キャロラインが冒険者達の輪に戻ると、彼女と若造のししゃもんが残され他の人は食事を終えていた。六蔵は乾パンとししゃもんを食べたそうだ。若造が見張りから戻り、夜の見張りの順番が決められた。六蔵は最初の『早番』、若造は志願して最も辛い中間の『中番』、遅くまで起きていられないキャロラインは『遅番』といわれる早朝の見張りをする事となった。
食後、見張りまでのわずかな時間に六蔵とキャロラインはテントで打ち合わせをする事にした。冒険者と同じ型の両親が使っていたテントを持っていたキャロラインは、それを張ると防音付きのバリアで覆った。
「まずいよクリスさん、両親が元貴族だってバレる所だった」
「何をした」
「最初からだよ。魔法学校に行っていたリサさんもあんなに大きな氷は作れないんだって。それと、探査とバリアと防御とクリーンと脱水も普通の人が使うのは珍しいみたい。基本魔法の火、水、風、土は大丈夫だけど」
「そなたが言った魔法は既に使えると知られておるのだろう。今回は仕方がないが次からは誰かが使うのを見てからにするが良かろう」
「そうする。クリスさんは私に魔法を教わったんだから、同じ魔法を使っても良いと思うよ」
「では防御、クリーン、水、風、火の魔法は使うとしよう」
「………火?」
「……言い忘れておったが、ライン殿が使うのを見て覚えたのじゃ」
「覚えてくれるのは嬉しいよ。でもさ、先生に報告しないのはどうかと思うよ」
「……済まぬ。勝手に覚えては悪いと思ったのじゃ」
「問題はそこじゃないよね。私には防御魔法を教え忘れた時あれ程グチグチ言ったのに。何でしたっけ?『まだわしに大事な事を話し忘れてはおらぬか』でしたっけ?あーここら辺にペンペン草生えてないかなー」
キャロラインは六蔵の表情と声色を真似て言い募った。
「さて、見張りに行かねば」
そう言って、旗色の悪くなった六蔵はその場をすごすごと退却した。
「やったー!クリスさんを口で負かしたぞーー!」
本気で怒っていた訳ではないが、日頃口では敵わない六蔵に勝ってスッキリしたキャロラインは、防音のバリアを解く前に勝利の雄叫びを上げるのであった。