3 六蔵とキャロラインは自己紹介する
キャロラインは思い出していた。5歳の頃、父がキャロラインの部屋を訪れ、急に騎士の誓いの小芝居を始めた時の事だ。
キャロラインの前に片膝を立てて跪いた父は、木製の小さな剣を両手で捧げ持ち、こう言った。
「キャロライン姫、わたくしローランドを姫の騎士として一生お仕えすることをお許し下さい」
ポカンとするキャロラインに、役者から裏方に転じた父から演技指導が入る。
『剣を受け取って、騎士の肩に剣の腹を当てて「ローランドよ、そなたをキャロラインの騎士に任命します」だ』
拒否をしたら更に面倒な事態になるのは経験上分かっていた5歳女児は、言われた通りにした。すると父は喜色満面な笑顔を浮かべながら、
「ローゼ!俺はキャロラインの騎士になったぞー!」
と叫びながら部屋から走り去った。
こうして、キャロラインの剣の稽古用に作られた木剣を渡す為だけに上演された演目は幕を閉じた。
(はぁ~変な事思い出しちゃったよー)
目の前の男(?)は、その時の父の姿勢と同じ姿勢なのだ。
(もしかして私の騎士になりたいの?)
キャロラインは自分が剣を男の肩に当てる様子を思い浮かべた。
(いやナイナイ!そんな事したら、いや剣を抜いた途端殺られる!)
いつまでもこのままという訳にはいかない。相手は泥だらけの傷だらけだ。
しかし、声を掛けようとするキャロラインの目に入るのは例の頭。まだ子供といえる年の彼女にとって、アレを目にして笑いを堪えるのは大変な試練だった。腹筋と表情筋に力を込めて耐える。
(そうだ、なるべく視界に入れないようにして、仕方ない時は焦点をぼかせば良いんじゃない?)
早速その方法を使って男に声を掛けた。
「あのーそこの人、怪我をしてるようだけど薬は有る?もし良かったら私のポーション使う?」
六蔵は、先ほどから子供が近づいて来て様子を伺っているのは気配で分かっていた。気遣いを見せる子供の言葉に顔を上げた六蔵は、驚きで返事が出来なかった。
六蔵の目に映ったキャロラインの容姿はこうだ。
茶色の長くはない髪を頭の後ろで結び、前髪は目の上で切りそろえてある。肌の色は白く、目は緑色だった。着ている物は、麻布で作られた細い袖の簡素な物。その上に皮の袖無しを羽織っている。その下は股引で、ふくらはぎを覆う長さの立派な皮製の履物を履いていた。身に付けているのは小さな背中が隠れるほどの背負い袋と袖無しの裾から見える巾着袋、それと短めの刀。全体が茶色の濃淡で構成された姿の中で、透き通る緑の瞳だけが異質だった。
その目は寄っていた。寄り目のせいで阿呆面を晒す小僧をどう判断したらいいのか六蔵は迷った。
(わしを馬鹿にしておるのか、それとも痴れ者か。いやしかし、先程まで怯えて逃げていたはずが、今はわしを心配しておる。ともかく話をせねば)
意を決した六蔵は、まず相手の身元を確かめる事にした。
「そなたは南蛮人か?」
「ナンバンジン?ああ、えーっと、ここはサンテラース王国だから私はサンテラース人だよ」
図らずも一番聞きたい事の答えが返ってきた。この地は我が藩ではない。それどころか聞いたことも無い外国だというのだ。六蔵は我が身に起きた奇想天外な事実にしばらく呆然とした。どうにか次に取れる手段を思いつき、小僧に尋ねた。
「湖野藩はどの方角か。火急の用で城に向かわねばならぬのだ」
「そんな名前の国は聞いたことが無いなぁ。少なくても隣国ではないよ。役に立てなくてごめんね」
「左様か……」
六蔵は目に見えて憔悴して顔色を無くしていった。可愛そうだと思いつつもキャロラインは今出来ることをしようと声を掛けた。
「とにかく傷の手当てをしないと」
キャロラインは背負い袋を降ろすと中から水筒を取り出し、手を出すように身振りで伝えた。泥を洗い流した掌は無数の傷で真っ赤だった。
「先に汚れを落とさないと熱が出る事もあるからね。はい、顔を前に出して」
キャロラインは、言われるがまま突き出された顔に水を掛けハンカチでそっと拭った後、手は自分で拭いてもらった。その間に巾着からポーションを取り出して言った。
「他に泥がついた傷は無い?あと、深い傷にはコレを直接掛けた方が効くから」
今だ放心状態ながら、六蔵は尻を着いて両足の袴を捲って傷の有無を確かめていた。どうやら打ち身と捻挫だけのようだ。
(良かった、スカートじゃ無かった!)
ある意味手に負えない案件ではない事に安心したキャロラインは、ポーションの入った陶器のビンを男に渡した。
「これ飲んだらすぐに治るから」
「そのような貴重な薬を頂く訳にはいかぬ」
「ううん。これは私が採った薬草でお母さんが作った薬だからタダなんだよ」
それでも飲むのを渋る六蔵。
(そうか、売ってるポーションはガラスのビンで中が見えるけど、これは見えないから心配なんだ!)
キャロラインは、返してもらったポーションを男の目の前で、中身が見えるようにビンから口を離して一口飲んでみせた。もちろんその間ずっと寄り目である。
何とも言えない表情でビンを受け取った六蔵は、「かたじけない」と礼を言うと、それを少しずつ飲んでいった。
「これは?!」
六蔵が痛みが退いて行くのを感じて両手の掌を見ると、時間を早回ししたようにあっという間に傷が塞がっていった。膝や脛に有ったはずの青痣も消えている。薬を全部飲み終えた頃には捻挫の腫れも退き、一番酷かった背中の痛みも無くなっていた。それどころか疲れも癒えて体中に気力が満ちているのが分かった。
このように速攻で効く薬など聞いた事も無い六蔵は、ともかく礼を尽くそうとしてスクッと立ち上がった。軽く握った手を腰の左右に当て、背中を真っ直ぐ伸ばすと腰を折った。
「遅ればせながら、わしは湖野藩の栗栖六蔵と申す。此度は貴重な薬を分けて頂き真に感謝する」
「あっ頭を上げて下さい!困るから、ホントーに困るから!」
なんと殊勝な小僧だと、六蔵は感心した。
「私の名前はキャロラインだよ。キャロルでもキャリーでも好きに呼んでね」
「カ、キキヤラ……カロ………」
「……ラインで良いよ、クリス・ロックゾーンさん」
「……わしも栗栖で良いぞ」




