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23 スピードアップ


 翌朝は晴れだった。日の出前にも関わらず薄っすらと明るく、小鳥が(さえず)っている。

 

 朝食は雑炊で簡単に済ませた。もちろん六蔵は大層気に入っていた。今日は鍛錬も湯浴みもせずにクリーンで済ませ、身支度を整える六蔵。キャロラインもてるてる坊主をちゃんと仕舞い、地面も元に戻すと身支度を整えた。二人共長靴を履いている。

 昨日降り続いた雨で、濁った川の流れは激しい。水量が増えた為、川は草地を浸食している。森からも雨水が流れ込み、歩ける場所は狭くぬかるんでいる。並んで歩くのは難しいので、六蔵が先を歩く事にした。

 

 緩やかながらも下り坂になっている草地は滑りやすい。にも拘らず、六蔵は昨日の遅れを取り戻そうと、足早に歩を進めた。六蔵の早さに付いて行くには、キャロラインは軽い駆け足になるしかなかった。


「へ・の・へ・の・も・へ・じ・ ・へ・の・へ・の・も・へ・じ………」


 リズムを取りながら走るキャロライン。気に入った事は飽きるまでやるのが子供というものだ。


「……ライン殿、少し早すぎはせぬか」


振り向いて六蔵が訊ねる。


「まだ大丈夫だよ。クリスさんこそ、滑って転ばない?」


「いや、この長靴の底は滑らぬようになっておるようじゃ。重さも気になる程でもない」


「ならよかった。へ・の・へ・の・も・へ・じ・ ・ハ~・ ・へ・の・へ・の………」


 疲れるのなら掛け声を出さなければ良いのにと思う六蔵だが、しばらく本人の好きにさせていた。


「クリスさん、ハ~、ちょっと休もうか。ハ~」


 案の定、音を上げるキャロライン。急ぎすぎたと反省した六蔵もそれに賛成した。


 濡れた地面に防水シートを敷いても滑りそうなので、バリアの半球を更に縦に半分にし、垂直の面に腰掛けられる台を作り床と繋げた。もちろん両面バリアにして突き抜けないようにしてある。床もバリアで作れるので、他の形にも変化させる事が出来るとキャロラインは気が付いたのだ。

 台に腰掛け、コップに無意識に冷たい水を魔法で作って入れて飲む二人。一息つくと、二人とも長靴を脱いで、足を投げ出した。


「長靴は足が濡れなくて良いけど、蒸れるんだよね」


「そうじゃの。足袋が濡れぬので気持ち悪うないし冷えぬ。が、蒸れるのぅ」


 それぞれ長靴にクリーンを掛け、内側に温風を当てる。二人の息はピッタリだ。

 少しだけ休むと、二人は再び長靴を履いて出発した。今日は他の事は一切しないで、先に進むことに専念する事にしていたからだ。

 六蔵は、先程よりゆっくり歩いた。後ろから例の掛け声は聞こえない。ぬかるみは相変わらずだが、前方から射す朝日が心地良い。ペースを掴んだ二人は、何度か休憩を挟み昼休憩の時間となった。が、そこは両側の森から流れ込んだ水で益々川幅が広がった場所だった。人一人がやっと歩ける地面しかない。しかもその先は歩ける隙さえ無かった。

 仕方なく二人は斜面を登り、木に背中を預けて、立ったままおにぎりとお茶を腹に入れた。


「どうしよう。このまま森を進む?」


「滑り落ちぬよう気を付けて進む他あるまい」


「じれったいな。早く進みたいのに」


そう言ってキャロラインは、恨めしそうに勢い良く流れるを見下ろした。


「そうだ!いい事思いついた!船で川を下ればいいんだよ!」


 また可笑しな事を言い出したキャロラインを、六蔵は横目で見ながら聞いた。


「船などどこに有る」


「へっへ~ん。バリアの形を変えて船にするんだよ!」


自慢げなキャロライン。


「船が作れたとしても、この流れの速い川では転覆するのが落ちじゃ」


「キャロライン様が作る船だよ。覆いを被せて、倒れても浮くようにするんだ」


「……ふむ。大分不安じゃが物は試しじゃ、やってみるか」


「うんっ!………私、船見たこと無いから作れないや」


 キャロラインの村には小川しかなく、海に行った事も無いので、船を目にする機会が無かったのだ。

 仕方なく六蔵は、キャロラインのノートに船の絵を描いてみせた。六蔵も川を行く小型の釣り船しか見た事は無かったが、二人乗りなら十分だろうと考えての事だ。

 キャロラインは、幅の狭い地面に沿ってバリアで船の形を作ってみた。これも両面バリアである。そうして出来上がったのは、透き通った青色の、概ね船に見える物だ。

 六蔵はこやつに出来ぬ魔法は無いのではと驚いた。


(あと)は方向を定める(かい)じゃな」


「かいってどんなの?」


 再びノートに描いてみせる六蔵。ふむふむとそれを覗き込んだキャロラインは、魔法で薪を作った要領で木を切り出し乾燥させ荒削りをすると、細かい所は六蔵に聞きながら仕上げた。それを2本作ると強化魔法を掛けて六蔵に聞いた。


「これで良い?」


「良いな。次はそれを支える部分を作らねばならぬ」


 その後、船の細部を六蔵に指示されながら補正していくキャロライン。船が出来上がると、その上に隙間を空けないようにバリアで覆いをくっつけた。


「やったー!完成だ!」


 喜ぶキャロラインに六蔵が一言。


「して、どの様に乗り込むのじゃ」


「……一回覆いを取って乗る」


「その後、いかにして川に船を運ぶのじゃ」


「もー!意地悪しないで教えてよ!」


「ハッハッハ……済まぬ。ライン殿は櫂を船に載せ座席に座るがよい。わしが後ろから押し、川に出した後乗る故、櫂を支点に置きバリアを張るという手順でいこう」


 キャロラインは、言われたとおり櫂を積み込むと、忘れ物が無いかを確認して船に乗って座席に座った。六蔵が船を川に押し出すとすぐに船が進み出したが、ひらりと飛び乗ると櫂をセットした。すかさずキャロラインはバリアを張った。

 

 船は激しい川の流れによって上下左右に揺れた。船べりに掴まって舵を執るどころではない。幸い櫂にはT字型の横棒が付いているので、手を離しても落ちないようになっている。覆いのお陰で転覆することも無い。しかし、想像以上のスピードにキャロラインは叫んだ。


「もっとゆっくり進めないの!」


「そうよのう。そなたの魔法で帆を張る事は出来ぬか。正面の風を受ける布じゃ」


「やってみる」


 キャロラインが両手を船の中央の上にかざすと、帆の役目をする四角いバリアが覆いに沿って正面の向きに付けられた。その途端、船首が持ち上がり、二人は座席から滑り落ち、船尾まで運ばれ倒れた。帆が風を受けすぎているのだ。急いで帆に小さな穴を沢山開けるキャロライン。ザブンと音を立てて船は水平に戻った。二人はほっとして立ち上がり、座席に並んで座った。

 スピードは落ちたが、今度は船首が左右に振れるのを抑えられない。川底の岩にガンガン当たって余計に向きが変わる。キャロラインは帆を小さくしてその向きを変えられるようにした。帆をコントロールしつつ、櫂の使い方に慣れて、ようやく船は安定して進むようになった。

 

 安心した二人は、交代で休憩をとる事にした。先にキャロラインが座席を離れて船尾の方で船べりにもたれ掛かった。ほっと息をつき、初めて景色を見渡した。雲が浮かぶ青空の下、密集した木々が後ろに流れて行く。川は濁っているが、段々流れが緩やかになって上下の動きも治まってきた。座っていても自分の足で走るよりも早く進む感覚を味わう。


「私、船に乗ったの初めて」


キャロラインは今ようやく船旅を実感している。これが船と呼べるかは別として。暫くのんびりと過ごしてから六蔵と交代した。


 六蔵も船に乗ったのは初めてだ。自らの手で櫂を操り、障害物を避けながら操船するのが楽しい。船底が透き通っているのでゾワゾワするが、慣れると気にならなくなった。仰向けに寝転がると、晴れた空が眩しい。


(これで少しは遅れも取り戻せるだろう)


気持ちが楽になった六蔵は、景色を存分に楽しんだ。


 二人が休憩を終えると大分流れが緩やかになっていたので、櫂で水を漕いで船を進めた。どうやったら効率的に漕げるか意見を交換し試した。1人で漕ぐ方法も交代で試してみたが、最終的には六蔵が操船を面白がり、座席を独占した。楽出来るキャロラインにはもちろん何の不満も無かった。

 

 それぞれが船旅を楽しみ、日が沈む頃やっと岸に上がる事にした。六蔵はなるべく広い場所を見つけそちらに舵を切ったが、それからどうするかは考えていなかった。


「ライン殿、風魔法で何とかならぬか」


「今からじゃ間に合わない」


話している間にも船は水流で流されて、川沿いの広い土地が過ぎ去ろうとしている。


「では櫂を固定して覆いを外してくれ」


 覆いが外されると六蔵は袴が濡れるのも構わず川へ降り、船尾を押して岸へと船を乗り上げようとした。流れの勢いを借りて斜め前方に船を押し、ようやく船体を川から引き上げる事が出来た。

 思いの外舟を漕ぐのに筋力を使ったようで、六蔵の太ももや腕、ふくらはぎはプルプルと震えていた。草地に足が着いた瞬間力が抜け、四つん這いになる。汚れるのも構わず、そのままごろりと仰向けに大の字になると、大声で笑ってしまった。

 今まで、何の(しがらみ)にも囚われずに、自分の行きたい方向に舵を切り、夢中でその場その場を切り抜ける事などあったろうか。睦に乗り風を切って走らせた時も同じ様な感覚を味わったが、戦や任務、訓練以外に戯れで乗る事は禁じられていた。

 六蔵はまるで冒険した後のような爽快感を感じていた。


「ああ、楽しかったでござる」


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