20 作戦会議と酢味噌
戦うより後片付けのほうが疲れた。少しでも高く売れるように、シルバにクリーンを掛けながら袋に仕舞うキャロライン。この後穴を掘って売れない部位を埋める作業と、地面にクリーンをかける作業も有る。
キャロラインは六蔵にクリーンを教えて手伝ってもらう事を思いつき、提案した。以前から覚えたかった魔法である。六蔵は考えるまでもなくすぐに覚えたいと答えた。
「分かりました。この魔法は想像力が大事です。汚れがどこに行くのかとか考えてはいけません。綺麗になった結果だけを思い浮かべるのです。では、まずはいつも通り魔力を両手に流します。想像してーはっ!綺麗になりましたね。ではクリスさん、やってみて下さい」
六蔵は手近な1頭に両手を伸ばし、集中して魔力を流し魔法を放った。シルバは見る間に綺麗になり、更に血抜きもされていた。
「あのぅクリスさん、何をなさいました?」
「仕舞う際、袖口が汚れるのが嫌でのう。血が流れなければ良いと思ったのじゃ。いけなかったかの」
「いいえ、素晴らしい想像力ですね。その調子でどんどんやりましょう」
キャロラインは、六蔵の魔法の覚えの良さに羨ましさを通り越して、そういう人も居るんだと納得せざるを得なかった。とにかく今はここを片付けるのが先決だと、彼の活躍に期待した。
片付けを終え、しばらく歩いた場所で休憩を取る二人。
キャロラインは防水シートを敷くと、その上に寝転がった。木のコップにオレンジジュースを入れ、一つを六蔵に渡す。
「あー疲れた。クリスさん、あんなに沢山魔法を使ったのに平気そうだね」
「大丈夫じゃ。討伐では活躍出来んかったしの」(これは滅多に手に入らぬ蜜柑の汁か)
「今回は仕方がないよ。でも私たち連携を考えた方がいいかもね」
「そうじゃの。シルバは賢く連携を執っておった」(以前口にした蜜柑より甘いのう)
「私は剣より魔法の攻撃が得意だから、クリスさんが前衛で私が後衛でいいかな」
「剣捌きも見事であったぞ。その歳であのような動きが出来るとは、さぞや鍛錬に励んだと見える」(酸味も控えめで飲みやすい)
「最近剣の訓練してなくて動きが悪った。父さんに怒られちゃう」
「謙遜する事はない。先の件はそれで良い。しかし此度のような横並びの際はいかがする。ゴホッ」 (飲みやすいからと言うて一気に飲んで咽てしもうたわい)
「大丈夫?それなんだけど、なるべく1頭ずつ相手できるようにクリスさんも牽制用の魔法を覚えたら良いと思う。それか、一度に殺ってしまう魔法」
「一度に片が付く魔法に興味はあるが、今は連携であろう」
「でも、一人が片付けばもう1人を助けに行けるでしょ」
「一理有るのぅ。それと人間が相手の場合も有る。色々な想定をしておかねばならぬか」
「うー面倒になってきた。マジックバックの時と同じだ」
「これはノートに書いておける故安心せい。一つずつこなして行けば良かろう」
とりあえず牽制に使える魔法を六蔵に教える事にしたキャロライン。歩きながらでも六蔵は、風で吹き飛ばす魔法も、木を切り裂く魔法も覚えた。ついでに水圧で切り裂く魔法も一人で覚えてしまった。キャロラインは遠い目をして思った。先生とは何かと。
戦闘でかなり時間を使っているため、少し進んだだけで今日の野営地とした。
「ね、クリスさん、スープ出してみて」
準備したテーブルに両手を着き、ピョンピョンと跳びはねながらキャロラインは言った。
六蔵は袖口に手を入れると、スープの器を取り出した。テーブルに乗せた器からは湯気が立っている。
「やったね!時間停止付いてるよ!これでクリスさんも食べ物分けてあげられるね」
「いや、食料まで貰う訳にはいかぬ」
「もしこれから何かあって離れ離れになったら、お腹すいた時困るでしょ」
「わしも獣を狩る事も、食せる物を採る事も出来る」
「でも、縄で縛られたり身動きが取れない時はどうするの?『色々な想定をしておかねばならぬ』って言ったのクリスさんだよ」
縄で縛られては食事も摂れないだろうと思った六蔵だが、親切心を無駄にしないよう、キャロラインの言葉に甘える事にした。
「これは一本取られたな。では暫しの間凌げる位の食料を頂けるかの」
「いいよ!夕ご飯食べたら良さそうな物出してみるね」
そう言うとキャロラインは巾着袋に手を入れ、夕食になりそうな物を探した。今日は時間もないし疲れたので出来合いの、そして簡単に食べられる物にした。
マジックバックは、手を入れて具体的なものを思い浮かべると自然に手に取れるが、キャロラインの母が何を入れたのか分からない。そういう場合は、『簡単に食べられる物』と考えながら探すと、次々と中に有る候補が頭に浮かび、手に取れるのだ。
(……カレー、良いけどクリスさんの解説が長くなりそうだな。ご飯物がいいだろうから丼だな。……玉子は朝に食べたから牛丼、いや猪丼にしよう。後はあっさり今朝のウドと、即席の味噌汁で決まり)
メニューが決まるとてきぱきとそれらをテーブルに並べる。ウドを見た六蔵が酢味噌を作ってくれると言うので、言われた材料を出した。
「すり鉢は有るか」
「すり鉢って何だろう」
「内側に溝が刻まれた陶器の器じゃ。擦りこぎ棒と共に使う物のじゃ」
「見たこと無いから無いと思うよ。あ、多分似たようなのならある」
そう言ってキャロラインが取り出したのは乳鉢と乳棒だ。
「これ使える?」
「材料が混ざれば良いのじゃからこれで良い」
「薬草を擦り潰すときに使う道具なんだよ」
「ほう、左様か」
材料を入れて擦り混ぜる手つきは、薬を作るのに問題は無いとキャロラインは思った。彼女は、六蔵が酢味噌を作る間に、インスタントの味噌汁に熱湯を注ぎ準備を整えた。
「ではいただきます」「頂き申す」
キャロラインはまず、ウドに酢味噌を掛けて食べてみた。
「おいしい!甘酸っぱくて味噌の味もしてウドに合うね」
「茹でた葱や焼いた茄子にも合うぞ」
「合いそう。この味噌汁は、お湯を注ぐだけで作れるからクリスさん持っておくといいよ」
「手作りと変わりない味ではないか。これは一つ頂こう」
「はははっ、一つじゃなくてもっと持っていってよ。沢山あるんだよ」
「では遠慮なく。して、この飯の上に乗った猪肉は醤油とみりんで味付けされておるのか。しょうがの風味も猪肉生かしておる。よく染みた葱もよいのう。何と言っても、これらと飯を共に口に入れた時の美味さよ。それにも勝るとも劣らぬのが、汁が染みた飯。わしはこれだけで何杯もいけるぞ」
六蔵が解説している間に、キャロラインは袋からマヨネーズをこっそり取り出し、ウドに付けて食べていた。いつもはマヨネーズなのだ。それを目ざとく見つけた六蔵は、黙って自分のウドにも掛けて食べてみた。
「美味いではないか。何故隠しておった」
「隠してた訳じゃないんだけど、せっかくクリスさんが酢味噌を作ってくれたから悪いと思って」
「わしに気を使う事はない」
「そう?それじゃあ、これに味噌混ぜても美味しいんだよ」
早速、試す六蔵。
「マヨネーズにコクが出て更に美味くなった。気に入ったぞ」
以降、『透明の賢者』渾身の作である絞り出せる容器が、テーブルの上を行き来した。酢味噌はいずれ、葱か茄子に掛けられるだろう。
夕食後、テーブルの上を片付けたキャロラインは、インスタントの味噌汁の他にもあれやこれやと食品を取り出して並べた。
「これ、そのように沢山の食料は要らぬ。いづれにせよ、わしも何かで稼いで金を得ねばならぬ。その金で買う故、数日凌げれば良いのじゃ」
「そうだね、押し付けるのは良くないね。しゃあ、他の人に見られても良いようなのだけにしておくよ」
そう言って、出した物を仕舞い保存食を数日分取り出すキャロライン。
「そうだ!稼ぎたいならクリスさんも冒険者になりなよ!途中まででもいいから、一緒に旅しながら冒険しようよ」
「わしのような異国の者も冒険者になれるのか」
「誰でもなれるよ。身分証も必要ないし。冒険者ギルドで登録して登録料を払ったらいいだけ。初めはあんまり稼げないけど、ランクが上がると金額の高い仕事が出来るようになるって、父さん言ってた」
「騎士にはなれぬのか」
「騎士になるには騎士学校に行かないといけないんだけど、貴族でなければ入れないんだよ。平民でも腕が認められて貴族様に後ろ盾になってもらえれば入れるけど、その数は少ないんだって」
「そうであろうな。一ヶ所に長く留まるのは本意ではない故、冒険者として旅するのが良いかも知れぬ」
「そうだよ!ギルドは大きい町には大体あるからどこでも仕事できるよ。これから連携の練習がんばろうね!」
新たな目標が見つかった二人は、連携のパターンを相談してはノートに書き記し、夜遅くまで起きていた。




