16 シャンプーと白ウサギ
その夜、六蔵が翌朝も鍛錬の後にシャワーを浴びると聞いたキャロラインは、石鹸とシャンプーとコンディショナーを渡しておいた。
六蔵は石鹸の匂いを吸い込むと、幸せそうに微笑んだ。
「なんとも良い香りじゃ。これは何の花の香りじゃ」
「石鹸の匂いとしか言いようがないけど、シャンプーとコンディショナーはバラの花の香りだよ」
「コンデショナーは初耳じゃと思うが」
「シャンプーで髪を洗ったあとに付けて、しばらく置いてから洗い流すと髪が潤ってサラサラになる物だよ。それと、泡立つのがシャンプーだから間違えないでね」
「ほう、それは楽しみじゃ」
「石鹸もだけど、それぞれきちんと洗い流してね」
「あい分かった」
この世界の石鹸・シャンプー・洗剤の類は、転生者である『石鹸の賢者』の配慮により全て天然素材のため、川に流しても安全である。
フェイスタオルとバスタオルも受け取ると、六蔵は朝が楽しみで仕方がないと言わんばかりに復習を済ませて早々に眠った。
キャロラインも、翌朝が楽しみで仕方がなかった。シャンプーを使った六蔵がどんな反応をするのかを見るつもりなのだ。不埒な理由でわくわくしながらキャロラインも早々に寝床に入った。
翌朝、昨日と同じ位の時間に起きたキャロライン。早くに起きた理由を思い出し、小川を見渡して目標のものを見つけた。
この作戦は絶対に見つかってはいけない。本来六蔵に恥を掻かすのが目的では無い。あくまでキャロラインの興味を満たすための行為なのだ。
キャロラインは、バリアにこちらからは見えても外からは見られない機能と、気配を遮断する機能を付加した。バリアのギリギリまで近づいて、準備は整った。
(おや、今日は川まで張り出した枝に着た物を掛けてるんですね。あの長くて白い布は……考えないでおこう。
肝心のシャンプーは、良かった間に合った。体が泡だらけということは、シャンプーと一緒に洗い流すつもりかな。
おーっとクリスさん、両手にボトルを持って迷ってる。これは予想通りの展開だぁ。片方を置いてまずもう片方を試すつもりだね。……ってなんで使わないの。そうか、シャンプーが無いんだからプッシュボトルも無いのかもね。
あっまさか捻る?捻っちゃう?おー止めた。そう、そこを押すんだ。成功!じゃないな、下に落ちちゃった。ふふっクリスさん表情変わりすぎ。頑張って。やった今度は成功。
で、それを髪に付けてー……。あ、先に髪濡らしておくように言わなかった。そりゃ泡立たないよね。シャワーで一度洗い流すつもりだな。髪をこすって、あ、泡立った!そう、それがシャンプーだよ。石鹸と同じ使い方だって気付いたみたいだね。頭全体にお湯を掛けてるし、もう安心。
髪全体に行き渡るようにシャンプーを付けて、ちょっと多すぎ、もったいない。ちゃんと泡立ってるな。泡立ち過ぎてるな。まあ本人が楽しそうだから好しとしよう。
頭を傾けて両手で髪を洗ってって、乙女か。そう、ちゃんと地肌も洗って気持ちよさそう。えーっと、はい了解。そこも地肌という認識でいいんですね。
後は洗い流す……さない。泡泡の髪を持ち上げてどうするの?何するの?二つに分けて頭の上で尖らs……ちょっと待って、防音するから待って)
バリアに防音を付加した後、たまらず毛布の上で笑い転げるキャロライン。地面を叩き足をバタバタさせる。しまいには咳き込む始末。
一方、六蔵の頭には2本の角が出来ていた。川を覗き込んでその頭を確認しようとしている。
(何あれ、こないだの鬼ウサギのつもりかな。でも髪が長すぎて先が垂れてきたよ。あれじゃぁ普通のウサギじゃん、白ウサギじゃん。大人だと思ってたけど可愛いとこあるんだね。お、ウサギさんは満足したんですね。頭から全身を一気に流してサッパリしたようですよ。よ、良かったあっち向いてくれて。
さあ、お待ちかねのコンディショナーです。要領は分かったから動きがスムーズ。そして乙女ターイム。もう手触りが良くなったのかな、何回も手櫛で梳いてるよ、フフッ。
偉い、ちゃんと待ち時間を無駄にしないで顔を洗って、最後のすすぎと全身シャワーで終了。
ありがとうございました。良いものを見せて頂きました)
キャロラインは、六蔵に向かって正座で礼をした。
彼女の為に弁解するなら、キャロラインは決して六蔵を馬鹿にしている訳ではない。六蔵の勤勉で強い所や、為になる意見をくれる所を尊敬しているのだ。娯楽の少ない村で育った彼女は、初めての物を使う人の反応を見たかっただけなのだ。
観劇後のような満足感に浸るキャロラインは、バリアを元の状態に戻し毛布を被ったが、寝られるものではない。先程の角を思い出しては「ブフォッ」と噴き出してしまう。寝るのを諦めたキャロラインは、六蔵のために薪に火を点けた。集中して呼吸を整えていると、バスタオルを肩に掛け、着物を持った六蔵が戻ってきた。バリアを解いたキャロラインは六蔵に聞いた。
「おはよう。シャンプーどうだった?」
「素晴らしい使い心地で頭が軽くなったようじゃ」
「良かったね。さ、火に当たって」
バリアを張り直し、六蔵が使ってる防水シートを焚き木の側に寄せ、座るように促すキャロライン。その様子はまるで、上演後の主役を世話する付き人のようである。濡れたフェイスタオルを乾かしながらキャロラインは聞いた。
「今日も髪乾かすね」
「いや、出来れば自分でやってみたいのじゃが」
六蔵が魔法にすごく興味を持っているのを知っていたキャロラインだが心配だった。
「お湯で魔力を使ったんでしょ。これ以上使ったら疲れて歩くのが大変だよ」
「こちらに来てから体力が付いたようなのじゃ。今も全く疲れておらん」
「仕方ないなぁ。じゃあ、後ろは私が乾かすからね、疲れたら止めてね」
「有り難い」
キャロラインは手本として、まず普通の風魔法を使って見せた。
「水を出す時と同じように魔力を手まで流して『出ろ』、あ『ピュー』が良いかな。そんな感じでどうぞ」
若干教え方が手抜きになってきた。
「いざ!」
ビューーーー!
そんな指導でも六蔵は完全に風魔法を習得した。バリアの外の草が激しく揺れている。
「マッタクモッテスバラシイデス」
「水の時と殆ど同じやり方だからの」
「温風もお湯を出す感じでどうぞ」
ゴォーーーー!
「はい出来ました。そうだと思いました」
言われなくても風量と温度の調節をしている六蔵を横目にキャロラインは、魔法の先生は必要ないのでは?と本気で思った。
乾いたフェイスタオルで六蔵の髪を挟んで、パンパンと叩きながら水分を拭き取るキャロライン。反対側を覚えたての温風の魔法で乾かす六蔵。髪が乾くにつれ、バラの香りが立ち上ってきた。
「真に良い香りじゃ。しかし男がさせる匂いでは無いのではないか」
「大丈夫だよ。ちゃんと乾けば近づいたら分かる程度に収まるから。どうしても気になるなら、今度違う匂いのを使ってみる?」
「ほう、違う匂いのも有るのか。このバラの香りのは是非姫様に使って頂きたいのう」
「えー!お姫様に会った事があるの?クリスさんのとこのお姫様ってどんな格好してるの?」
子供といえど男子、女の子に興味が有るのだと六蔵は解釈した。
「年の頃はそなたより3つ4つ上か。絹のような黒髪を束ね、淡い色合いの小袖を召しておられる。その上に振袖で裾が長く、美しい花柄があしらわれた打掛を羽織られておる。時節柄華美になり過ぎない配慮もされた、実に優美なお姿である」
六蔵大絶賛である。着物は女性も合わせが違うだけでほぼ同じ形だという。興味を惹かれたキャロラインは、髪が乾いてから六蔵に着物を着て見せてもらった。髪を梳かし始めた六蔵をお姫様に見立てるには、薄目モードになる必要があった。