13 急いては事を仕損じる
話しながら歩いたせいでのどが渇いた二人は、午前の休憩をとることにした。
六蔵は、先程教わった事をノートに書き留めた。爵位の順番などを改めて聞きながら熱心に記入する六蔵の手元を覗き込むキャロライン。
(やっぱりぐちゃぐちゃで分かんないや。それにしても教えなきゃいけない事が多すぎ。クリスさんは物覚えが良いから助かるけど)
キャロラインは、町まで行けば六蔵の国の場所がすぐにでも分かると考えている。それまでに、薬草やポーションの作り方、一般的な魔法、防御魔法などは最低覚えて欲しいと思っていた。時間のやり繰りに頭を悩ませたキャロラインの眉は八の字になった。
「クリスさん、朝早く鍛錬したって言ってたけど、ちゃんと寝てるの?」
「ああ、常よりよう寝ておる。藩堺の城に居った折、夜の見張りを終えて寝所で横になるのじゃが、仲間の諍いの声でよう起こされたわい」
「藩堺のお城って国境の砦のこと?」
「藩の堺を守る城じゃ。強者が集められた故『最強の砦』と呼ばれておったがの。何せ癖のある者が多くてのう、しょっちゅう他愛も無い事で喧嘩しておった。それを止める隊長殿も苦労されておったのう」
懐かしそうに、そして少し寂しそうに空を見上げながら話す六蔵。それを見たキャロラインは、この人を一人前に育てて無事に、そして少しでも早く国に帰してあげようと心に決めた。
「さあクリスさん!今からビシバシしごきますからね!覚悟してください!!」
教師の役に入ったのだと、キャロラインの奇行に慣れた六蔵はすぐに分かった。
二人は再び歩き出した。キャロラインは、どうすれば少ない時間の中で効率よく六蔵に教えられるのかを考えている。
(歩きながら覚えられることって何だろう。魔法は集中してやりたいし、薬もだめだし。街道に出る前に覚えてもらいたい事を先にやらなくちゃ。だから今日は昼に傷薬……いや、昼には文字を教える約束を………)
「下がれ!」
六蔵は今までに無い鋭い声を発した。驚いて体が動かなくなるキャロライン。
瞬時にキャロラインの前に躍り出た六蔵は、刀の鞘で地面を擦りながら、何かを前方の上空に跳ね上げた。刀を抜きつつ前方に走り込み、目にも見えない速さで刀を振ると、キャロラインに振り向いた。
地面には3つに切られた蛇が、まだ動きながら落ちていた。どうやら蛇がキャロラインに噛み付こうとしていたようだ。状況が分かってからも、彼女は動けなかった。
「いかがしたライン殿。いつもであれば歩きながらも辺りの気配を探っていたであろう」
気付かれていたのかとキャロラインは思った。
「ごめんなさい。考え事をしていたせいで、迷惑をかけました」
「怪我が無ければ良いのじゃ」
せめてものお詫びに、キャロラインは刀にクリーンを掛けた。鞘に収めた刀を脇に挿しながら六蔵がこのままにして良いのかと聞いた。
「あんまり血が出てないけど、毒蛇だから埋める」
そう言うと、キャロラインはなるべく遠くの草むらに土魔法で穴を開けて埋めた。
昼休みを取る時間になってもキャロラインは浮かない顔をしていた。六蔵は元気を出してもらおうと、申し出た。
「ライン殿、今日の昼飯はわしが作ろう」
「えっ、クリスさん料理作れるの?」
キャロラインは、以前夕食の手伝いをさせようとしたが、最初から作れるとは思っていなかった。
「野営や飯当番で慣れておる」
「でもそしたらクリスさんの勉強する時間が少なくなる」
「では、わしが作っている間にこれに文字を書いてくれるかの」
六蔵は、懐からノートと鉛筆を出してキャロラインに手渡した。それならと、受け取るキャロライン。
それからテーブルと椅子を巾着から出して、六蔵に言われた材料と調理道具をテーブルに用意すると、キャロラインは椅子に座ってノートに文字を書き始めた。対面では六蔵が、残ったご飯で握り飯を作っている。
夢中で字を書いていたキャロラインは、呼ばれて初めて食事が出来た事に気が付いた。テーブルには、予想より小さく握ってあるおにぎりが何種類か皿に乗せられている。具が分かるように三角の天辺に乗せられたのや、混ぜ込んだ物も有る。
「いろんな種類があるね」
「ライン殿が具になりそうな物を沢山用意してくれたからの。飯を全て使うてしもうたが良かっただろうか」
「うん。どうせ次はご飯を炊くから。いただきます」
汚さないようにノートを六蔵に返し、クリーンを掛けて食べ始めるキャロライン。感想を待っている六蔵に対し、彼女は食後の予定を早口で伝えた。
「食べ終わったらノートを見ながら読み方と書き方を教えるね、それから傷薬の作り方を一度やって見せるから、クリスさんはそれを見ながら……」
「これこれ、何をそんなに慌てておる。昼休みは読み書きだけで精一杯じゃ」
「だって急がないと教えたい事がまだまだあるから」
「わしの国には『急いては事を仕損じる』という諺がある。慌てると失敗するという意味じゃ。暫し落ち着け」
「でも早くこの国のことを覚えないと、クリスさんが国に帰るとき危険な目に遭ったら困るでしょ」
六蔵は、見知らぬ土地で自分を心配してくれる人が居ることに感動した。しかし今後の為にも言うべき事は言っておこうと口を開いた。
「わしの身を案じての事じゃったか。有り難く思うぞ。では尚更落ち着く事が肝要じゃ。平常心を保たねば危険に対処出来ぬ。先程の蛇とて、いつものライン殿であれば対処出来たであろう」
「そうだけど、私は一度にいろんなことを考えるとワーってなっちゃうんだ」
「では良い事を教えよう。丹田に気を集中すると自然と呼吸が深くなる。それが落ち着いた状態じゃ。落ち着けば冷静な判断がつく。試して損は無いぞ」
「やってみるよ!」
キャロラインは今日一番の笑顔で答えると、スーハースーハーと大きく息をする。
「止めぃ!倒れてしまうでわないか。先に丹田に集中するのじゃ。自然と呼吸が深くなると申したであろう」
ぐったりと椅子の背にもたれていたキャロラインは、めげる事無く姿勢を正して集中する。しばらくして呼吸が整うと、彼女の顔つきまで落ち着いてきた。
「余計な力が抜けた感じがする。教えてくれてありがとう。なんだかお腹が空いてきたよ。一緒に食べよう!」
目の前のおにぎりに逐一感想を言いながら食べるキャロラインを見て、六蔵は満足そうに魔法の熱湯でお茶を入れるのであった。