11 六蔵 温い湯を所望する
食後は六蔵の希望により傷薬を伝授する予定だったが、クリーンを掛けて寝床を用意するとキャロラインはウトウトし始めた。今日で旅立ちから3日となるが、今までの疲れが出たのだろう。
「火の番はする故、もう休むとよい」
「ありがと。バリア張ったら寝るね。おやすみ」
キャロラインが眠るまで、六蔵は昼食後に教えてもらった計算のやり方を復習していた。彼女が寝たのを確かめると今度は新しい魔法を試し始めた。昼に見た水を熱くするやつだ。
バリアの外に上半身だけ出るように立ち、湖の方角に手を突き出す。昨日と同じように魔力を掌まで廻らせ、水が温かくなるイメージで放水してみた。片手で温度を確かめたが、冷たくない水程度だった。熱い風呂位の温度をイメージして再度挑戦。すると今度はぬるいお湯が出た。
続けようとしたが、湖まで届かなかった水で広い範囲が濡れているのに気がついた。地面は湖に向かって緩やかに傾斜しているので寝床までは届かないと思ったが、念のため遠くに飛ふように大量のお湯を放出した。バリアから足を出せないので仕方がないのだ。しかし先ほどより冷たい。次は細く、かつ勢いよくなるようにやってみると、今までで一番高い温度のお湯が出た。
(成る程。水量が多いとぬるく、少ないと熱いのだな)
それを踏まえて、丁度良い温度の少量のお湯を出し、そこから徐々に水量を増やす方法に切り替えた。そうすると、最終的にはホースで水撒きする程度の量を出せるようになった。
(成功じゃ。だがもう一踏ん張り)
六蔵は、キャロラインのように熱湯でお茶を入れるのがやってみたいのだ。手先からチョロチョロと出るお湯はかなり熱そうだ。温度を確かめる事は出来ないので、多少量が増えたところで成功とした。
(疲れたのう。休むとするか)
成果に満足した六蔵は、すぐに眠りに落ちた。
翌朝、早く寝たキャロラインはいつもより早く目が覚めた。日の出前の薄明かりの中、水音がした方を見ると、野営場所から離れた小川の辺に、濡れた長髪のすっ裸の男が居るではないか。
まだ寝ぼけている上、乏しい明かるさである。目を凝らしてよく見ると、その人物は確かに六蔵である。
(えー何から突っ込めばいいの。まず髪か。解いたら肩甲骨の下まであるんだ。そして触れずにはいられない天辺の地肌。ようやく見慣れてきたのに、このイメージが残ったらどすんの。カッパだったっけ?こんな感じなのかな、カッパ。いや、失礼なことを考えちゃいかん。
よし、次は体か。細身だけど意外と筋肉付いてるのね♪じゃなくて、何あの変な動き。左右の掌を体に向けて回転させてるんだけど。おっ掌からシャワーが出てる。湯気が昇ってるし、もしかしてお湯を出しているのかな。昨日初めて魔法を覚えたのにもうあんなこと。ご褒美に石鹸でも持っていってあげるか。でもいくら私が子供でもスッポンポンを見られたら恥ずかしいよね。まあ、ここは気が付かなかったふりで)
高速で次々と失礼千万な感想を思いつくキャロラインは、何も見なかった事にして寝たふりで六蔵を待った。
図らずも武士の情けを発揮するキャロラインであった。
寝たふりをしているうちに本当に寝てしまったキャロラインの耳にコンコンという音が聞こえた。バリアを叩く六蔵だ。
見上げたら裸が目に入るのを知っているキャロラインは、彼の足元から徐々に目線を上げていった。膝の辺りで着た物を抱えているのに気が付き、体を起こしてバリアを解除して言った。
「おはよう。水浴びでもしてきたの?」
とぼけるキャロライン。
「いや、鍛錬で汗をかいた故、湯浴みをしたのじゃ」
「お湯が出せるようになったの?すごいね」
「ライン殿のお陰じゃ」
嬉しさの為か温まったからなのか、六蔵の頬は上気している。体全体からも湯気が上がっている。
「せっかく温まったのに冷えちゃうから火に当たって」
そう言うとキャロラインは消えた焚き木に薪をくべて火をつけ、バリアを掛け直した。日が出たばかりのこの時間はまだ寒かったのだ。
「忝い」
着物を抱えたまま焚き木の側の敷物の上に胡座をかいて座る六蔵。その後姿のお尻は白い布で仕切られ腰に回されている。お尻が覆われている訳ではない。
(これも触れてはいけない案件だ)
キャロラインは六蔵に断りを入れて、着物と褌と草履にクリーンを掛けた。そしてもう一つの案件について聞いてみた。
「髪の毛、魔法で乾かそうか?」
焚き木の前で、前傾姿勢で髪を手ぬぐいで拭いていた六蔵は、期待のこもった目で了承した。
六蔵の背後に回ったキャロラインは、風魔法の温風バージョンを髪に当てた。
「熱くない?」
「大丈夫じゃ」
それを聞いて髪の根元から毛先まで温風を当てていく。後頭部が一通り生乾きの状態になると、軽くなった黒髪が踊るように揺れる。
(よし、次は右側……出来た。左側……出来た。前側は無し。終了!)
これからどうするのかと六蔵を見ていると、いつの間にか綺麗に畳まれた着物の側に置いてある品々の中から櫛を手に取り、長い髪を梳いていった。それが終わると、口に紐をくわえ髪を纏めるように梳かし始めた。
「ああっ、セットするならちゃんと乾いてからの方がいいんじゃない?」
「今は梳き油が無い故、この方がやり易いのじゃ」
そう言うと、六蔵は髪の根元を紐で結わえ、再び綺麗に梳かした垂れた髪を曲げて、根元と一緒に纏めて結わえた。
(上手いもんだな。おや、近くで見たら天辺に毛が生えてきてる。天然のハゲじゃなくて剃ってたんだ。父さんより年上かと思ってたけど意外と若いのかも。でも何で剃っちゃうかなー)
落ちた髪の毛を始末して、着物を着始める六蔵。着付けに興味はあったが着替えまで見る訳にいかないと、キャロラインは小川まで顔を洗いに行った。
戻ると六蔵は既に身支度を終え、細々とした品も見当たらない。全て着物に収納済みなのだろう。
「ライン殿のクリーンもサッパリするが、湯浴みは血の巡りも良うなって良い心持じゃ」
「だったら今度湯浴みする時は声掛けて。石鹸貸してあげるから。シャンプーもあるよ」
「石鹸、シャンプーとは何ぞ」
「石鹸は体を洗う物で、シャンプーは髪を洗うための液体の石鹸みたいな物。石鹸より髪がキシキシしないし、地肌がスッキリするよ」(毛も生えやすいかもよ)
キャロランは朝食の準備をしながら不遜なことを考えた。
「便利な物があるのじゃのう」
「うん。千年位前に『石鹸の賢者』って人が、それまでのとは比べ物にならない質の良い石鹸を作って、その時シャンプーも作ったらしいよ」
「ほう」
「あと、『食の賢者』と呼ばれる人が大体100年毎に現れて食の革命を起こしてるんだって。クリスさんの好きなマヨネーズも『食の賢者』が作ったんだよ」
この後の朝食で、六蔵は野菜に掛けられた後世の日本人の恩恵に与るのだった。




