10 二人の疑惑
キャロラインは勉強に飽きたので、鬼ウサギを捌いて巾着袋に入れた。六蔵はあれからずっと集中して書き取りをしている。出立すると伝えると、やっと立ち上がって伸びをして、ノートと鉛筆を大事そうに懐に仕舞った。
キャロラインは、六蔵が着物のあちこちから物を出し入れするので、もしや異空間魔法が使われているのではと疑惑の目を向けている。
道中何事も無く、午後の休憩をとる二人。
小腹が空いたキャロラインは、小さめのリンゴを2つ取り出して1つを六蔵に放り投げた。
「今更であるが、わしに食料を分けては不足するのではないか」
「いやむしろ食べて欲しい。お母さんがこれでもかって言うほど食べ物を入れてくれたから。そりゃーありがたいよ、特に調理済みのは。でもさぁ採れ立ての物を食べる醍醐味っていうやつも味わいたいじゃない。せっかく旅に出てるんだから」
「ライン殿のシノビ村であったか。そこは食料に困らぬ豊かな土地なのか」
六蔵は、故郷の民の貧しい暮らしを思い出していた。山に囲まれた狭い農地は水田で占められ、他の作物は段々畑で細々と作る他ないのだ。
「スノビ村ね。作物は普通だと思う。けどうちには村の名前の由来にもなった『スノービー』っていう蜂がいるからね。国中でうちの村にしか生息してないから貴重なんだよ」
「ではその蜂の巣から取った蜂蜜を売って上納しておるのか」
「ううん。現物を納めてるよ。その方が領主様にとって都合がいいらしいよ。お陰でスノビ村は作物を納めなくていいから、食べ物には困ってないね」
(恐らく領主は、貴重な蜂蜜を上位の者にのみ売って利ざやを稼いだり顔を繋いでいるのであろう)
階級社会で生きてきた六蔵は、それを当たり前の事として捉えていた。
「スノービーっていうのはね、雪みたいに白くて丸くてふわふわしてるから、子供たちが追いかけて遊ぶんだ。でも蜂に2回刺されたら死んじゃう人もいるって話だから、大人は子供が小さいうちに気配を消す方法を教えるんだよ」
「気配を……子供は他にどのような遊びをするのじゃ」
「遊ぶ場所は森が多いから、木の枝で剣術ごっことか、木登り競争とか、枝から枝に飛び移ったり、老木を敵に見立ててお手製の武器を投げつけたりして遊んだもんだよ」
遠い目をして語るキャロライン。
「忍……いや、スノビ村では薬草も採れるのであろう」
「効果の高い薬草は森の奥にしか生えてないけど、普通のは浅い所に生えてるから、子供は小さい頃から薬草の見分け方を教わって小遣い稼ぎしてるんだ」
「忍び……いや、スノビ村とは住み良い所なのじゃの」
六蔵の胸に湧き上がった『スノビ村は忍びの里』疑惑はいつか晴れるのだろうか。
休憩を終えた二人は再び歩き出した。六蔵が薬草の見分け方を教えて欲しいと言うので、小川からあまり離れていない場所で探しながら進んだ。
「ライン殿は薬をつくれるのか?」
以前飲ませてもらったポーションは、母親の手作りだと言っていたので聞いてみた六蔵。
「作れるよ。でもお母さんの方が魔力が多いから、効き目がいい薬が作れるんだ」
「薬を作るのに魔力が必要なのか」
「魔力無しでも作れるけど、効き目が弱いんだよ」
「わしにも作れるだろうか」
「普通のは絶対作れる。クリスさんは魔法の使い方が上手だから魔力入りのも大丈夫だと思う」
(あれ程効き目の良い薬が有れば、藩の民がどれ程救われるだろう)
六蔵は是非とも薬の作り方を覚えて帰ろうと決心した。
「ただポーションの材料が揃ってないから後日になるよ。今だと傷薬くらいしか作れないけど良い?」
「もちろんでござる。忝い」
六蔵は、この国に来て良かったと思える事がまた一つ増えた。
二人は薬草を採りつつ進み、本日の野営地に到着した。昨日と同じく六蔵は薪拾い、キャロラインは調理をする事にした。
今日の夕食は、朝獲れたての鬼ウサギのシチューである。といっても、既に鍋に入ったフォンドヴォーは巾着袋に有る。そこに切った野菜と肉を入れるだけである。
キャロラインの工夫のしどころは、肉の下ごしらえ。フォンドヴォーには既に旨みが凝縮されているので、鬼ウサギの旨みを外に逃がさないようにするのだ。
まず、大き目の一口大に切った肉に薄く塩コショウをしてフライパンで焼き目をつける。フォンドヴォーに切った野菜を入れて煮る。柔らかくなったら程よく火の通った肉を入れて煮込む。で、味を調えて完成。あとは生野菜に鉄板のマヨネーズを掛けて終了。
「できたよー」
キャロラインは、敷物を敷いてバゲットを切って盛り付けると、竈の番をしていた六蔵を呼ぶ。
「良い匂いじゃのう」
シチューを木の器によそって手渡すと、六蔵は顔をほころばせた。スプーンですくったシチューを口にして感想を述べるグルメ武士。
「この茶色のトロッとした汁は、実に奥深い。動物系の出汁と野菜の甘さ、そしてハーブとやらも良い仕事をしておる。柔らかく煮えた野菜も、この汁と良く合っておる。なんと言ってもこのウサギの肉じゃ。独自の旨みを保ちつつ、汁の複雑な味と合わさり互いを引き立てておるようじゃ」
「……ありがとう。そんなに喜んでもらえて嬉しいよ」
若干引きつつ、工夫した点を褒めてもらって嬉しいキャロライン。
「このパンは軽く炙っても美味しいし、シチューに浸けるのもお勧めだよ」
六蔵は、バゲットをフォークに刺して焚き火で炙り、パリッとした皮にかぶりついた。
「お麩のようなパンと申す物は、皮が香ばし……」以下略。
「シチューであるか。これにパンを浸すとまた……」以下略。
「野菜に掛かっておるのは、朝餉のあれでござるな。確かマヤ……マヨ……」
「マヨネーズだよ」
放っておいてもご機嫌で食べ進む事に気が付いたキャロラインは、最低限の返事だけを返して、自分の食事に集中するのであった。
六蔵がこの国に来て良かったと思えるもう一つの事は、もちろん美味しい食事である。




