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外伝・股太郎、遭遇

 昔々、股太郎が鬼凱と修行仲間になった後のお話であります。



『おい股太郎』

「なんだ鬼凱」

『富士の大山の近くに良い温泉があると聞いたのだが、行かないか?』


 そう鬼凱が、かつての部下から手紙を手に言いました。

 悪さをしなくなった鬼凱率いる鬼ヶ島派は解散し、ボスの鬼凱はおじーさんとおばーさんの弟子となりましたが、部下はまだ全国へと散っておりました。

 その内の富士近くを拠点にしている鬼からの手紙でした。


 ごくんと、股太郎の友達であるアベコベ三人組の一人、

 雉尾亮之助(きじおりょうのすけ)が食べていた饅頭を飲み込んで股太郎に言います。


「富士ならば前に登ったことがある。その周辺もブラブラ散策していたから、もし遊びに行くと言うのなら案内できるぞ」


 それを聞いて犬塚友蔵(いぬずかともぞう)がハイハイハイ!と挙手しました。


「俺またみんなで遊びに行きたいっす!今回は鬼さんもいるからもっと賑やかで楽しいっすよ!」


 テンションの高い犬塚に猿山笑彦(さるやまえみひこ)は迷惑そうな顔で手で耳を塞いでいましたが、犬塚の案は猿山も賛成でした。


「確かにもう一度富士辺りを調べてみたいと思っておりましたし、良い温泉があるの言うのなら、一度味わってみたいですね」


 ふむ、と股太郎は考えました。

 鬼ヶ島に行った後、股太郎はまた山で修行の毎日でしたから、たまには遠出をしてみるのも良いだろうと思いました。


「確かに興味あるな。それに何となくだか、面白そうだ。よし、師匠達に許可を貰ってこよう」


 数分もしないうちに股太郎が戻ってきました。


「許可が出た。ついでに頼まれ事もされた」

『なんだ、お使いか?』

「いや、お使いというよりは様子見か。富士の方向にアキカガが出たから何の用か見てこいと」

『アカガ、アガ?よくわからんが二人の頼みなら行ってやろう』


 前は二人の事を嫌っていた鬼凱でしたが、打ち解けた後は何だかんだと気に掛けてくれるようになりました。

 なので、鬼凱はこういった用事を頼まれることが多いのです。


 よっこいしょと立ち上がった鬼凱と、せっせと準備を始める股太郎に猿山は訊ねました。


「え、もう準備を始めるのですか?」


 すると二人は不思議そうな顔で言いました。


「何を言ってるのだ。30分後には出発だぞ」

『早く食え、でないと吐くぞ』

 猿山「え」

 雉尾「え」

 犬塚「!」






 股太郎と鬼凱、そして犬塚が物凄い速度で山中を駆けます。

 股太郎の背中には雉尾、鬼凱の背中には猿山が背負われておりました。

 ゴッと吹き荒れる容赦ない風で猿山の顔面の皮がまんべんなく引っ張られて白目を剥いているのを、犬塚が気付いてギョッとして鬼凱へと話し掛けます。


「おいおい鬼さん!後ろの猿が大変な事になってるっす!首がもげちゃうぞ!」

『お?そりゃ悪い悪い。股太郎、少し速度を落とそう』


 速度が落ちて、気絶しそうだった猿山が我に返りました。


「……私の首は無事ですか…?」


 猿山の問い掛けに雉尾が答えます。


「眼鏡は消えたが首はまだ付いとるぞ。良かったな」

「…貴方の言う通りの姿勢が正解だったと言うわけですね…」


 ぐったりしながら猿山は、股太郎に背負われている雉尾の真似をして鬼凱の体に隠れるように体を縮込ませました。

 これで先程のように猿山の首が飛びそうになることはありません。


 そんな感じで丸々1日走れば、目の前には大きな富士が現れました。






「温泉の場所は書いてないのか?」

『手紙にはカガチヤマという所にあるらしい』

「カガチヤマとは何処だ?」


 雉尾が「ああ」ととある方向を指差しました。


「確かあの方向──」


 ドウッ!と山から赤い蛇のようなものが飛び出し、空へと消えていきました。


「──…なんですが…」

「今のは何ですか??」

「あっという間に消えちまった!」


 騒ぐ三人をよそに、股太郎と鬼凱は手で目元に日陰を作りながら消えていった空を見詰めておりました。


『赤かったな』

「まるで蛇だが、蛇にしては毛もあるし手足もあった」


 そこまで見えなかった三人は心のなかで「そうなのか」と呟きます。


『ならば、あれは龍というものだ。しかし赤いのは初めて見たな。青なら昔見たことがあったが』


 どうやら龍には色んな色があるようです。


「それよりも、雉尾の指差した山から出てきたな」

「出てきましたね」

「前からアレは居たのか?」

「居たらこんなに驚いてませんよ?」


 股太郎は少し考え、言いました。


「とりあえず行ってみるか」

「本気ですか!?」

「もしかしたらアキカガについて分かるやもしれん」


 というわけで、股太郎達は龍の飛び出していった山へと向かいました。


 鬱蒼と生い茂る木々には凄まじい爪痕が残されています。

 それを見て股太郎。


「熊だな」


 どうやら熊のマーキングのようです。


『新しいな。この山の主といったところか』

「ヒグマか?」

『ヒグマはもう少し北だろう。だとしてもデカイな』


 股太郎と鬼凱が二人で熊語りをしているその隣で、猿山が「ん?」と首を傾けた。

 しばらく地面を見下ろしていた猿山が突然しゃがみこんで地面に両手をつけ、更に耳を近付けた。


「どうした猿山」

「なにやら振動が伝わってきます」


 何ともなしに雉尾は犬塚を見ますが、今は足踏みもせずに大人しく股太郎達の会話を聞いておりました。

 とするならば、振動の要因が別にあるということになります。


「何処の方向から?」

「勘ではありますが、上の方ですね」


 猿山は立ち上がって膝の土を手で払うと、二人はへと話し掛けました。


「股太郎さん。上の方に大きな何かが暴れているようです」

「それは本当か」

「はい」

「よしわかった」


 そう言うと股太郎はずんずんと登っていきます。

 熊だったらどうするのかという心配など股太郎にはありません。

 股太郎が猿山の示す方向へと進んでいくと、「えい!」「やあ!」と声が聞こえてきました。

 それと共に、スズーン!やらドーン!などの重たいものを叩き付けるような音も聞こえてきました。


 地面の振動は、この音が原因だったようです。


 草影から様子を見ると、一人の男が熊と取っ組み合いをしているではありませんか。

 それを見て股太郎は「おお!」と感心しました。

 目の前で起きている光景は、股太郎がやっていた修行と同じだったからです。


 思わず股太郎は、ふう、と一呼吸置いた男へと歩み寄って行きます。


「良い腕をしているな!」

「!」


 泡を吹いている熊を一本背負いで倒した男が顔を上げた。

 まるで鬼のような男であった。

 黄金の様な髪に、瞳はギラギラと赤く輝いていた。

 体躯は股太郎よりも低いが、しっかりと鍛え上げられたと分かる良い筋肉をしていた。

 一つ気になる点があるが、股太郎にとっては些細な事であった。

 鬼というものもいる此処では、首から肩にかけて真っ赤な鱗が生えているのは、まぁそういう人間もいるよな、という感じでした。

 そもそも股太郎が人間であるかどうかも怪しいのに、そこを突っ込むのも藪な話です。


「誰だ」

「私は股太郎。遥か南西の果てより来た。後ろにいるのは私の仲間だ」


 股太郎が後ろを示す。

 草影から出てきた鬼凱含め犬塚、猿山、雉尾を見て、男はようやく警戒を解いた。


「儂は金武太郎と言う」

「ほう。筋太郎か。良い名だな、名は体を示すというが、名を付けたものは天才だな」

「なんだお前。良い奴だな」


 明らかに股太郎は聞き間違いをしておりましたが、それに気付くものはおりませんでした。

 名前を褒められた金武太郎は気を良くして、熊から手を離して股太郎と向き合います。

 その隙に熊は静かにゴロゴロ転がって金武太郎から逃げることに成功しました。


「良く見れば貴様、強そうだな」

「ああ。強いぞ。先程の熊よりも強いと自負している」

「ほお?そりゃあ、良いな…」


 ザワザワと金武太郎の髪が逆立ちます。

 まるで野性動物のような気配に犬塚、猿山、雉尾は圧倒されて腰が引けそうになりましたが、その前に立ち、鬼凱が盾となってくれました。


「良ければ儂の稽古の相手になってはくれんか?」


 その言葉に股太郎は笑みを浮かべました。

 久々のゲームに心踊っておりました。


「楽しそうだ。勝負事はなんだ?」

「勝負といえば、角力(すもう)に決まっておるだろう」


 そう言って金武太郎が腰の帯に親指を掛けます。


「望むところだ。先にルールを確認しておきたい。君の言う角力はどちらから始めるのか」

「純粋な力勝負だ。ならば、組み合ってからのものの方が面白いだろう」

「ははは。それは確かにそうだ。猿山!鬼凱!」


 股太郎に呼ばれて慌てて猿山と鬼凱がやって来ました。


「こいつは猿山。私が全国の鬼と勝負事をする際の審判をしていた。信用できる人物だ。今回の勝負にも審判役として良いか?」


 金武太郎が猿山を上から下まで見回します。


「うむ。がめついが、勝負事に関しては徹底的な公平主義者か。良かろう。して、そこの角付きは?」


 金武太郎が鬼凱を示します。


「猿山の護衛だ。危ないのでな」

「確かにそうだ」


 金武太郎からの許可がおりたので、猿山は金武太郎からルールを事細かに聞き出して股太郎と共有し、その間犬塚と雉尾は避難用の塹壕を掘っておりました。


 オホンと猿山が一つ咳払いをします。


「それでは、ルールを説明いたします。今回のゲームは数ある角力の一つである南方系角力。5分間3本勝負で競い合います。 立ち合いは無く、がっぷり四つに組み合った状態で取組をはじめ、相手の両肩を地面につけたら一本となります。双方、よろしいですか?」


「うむ」と、股太郎が頷き、「ああ」と金武太郎が頷きました。


「それでは組み合ってください」


 股太郎と金武太郎が組み合います。

 腕を腰の帯に巻き付け、強く握り込んで準備が整いました。


 懐中電灯を手に、猿山がタイミングを見計らいます。


「それでは…───、始め!!」


 鬼凱が猿山を抱えて全力で後ろへと飛びずさると、股太郎と金武太郎の二人から凄まじい圧が発せられました。

 まるで鬼ヶ島での戦いのような圧によって、周囲の木々が薙ぎ倒され、動物達は必死の形相で二人から逃げていきます。


 足払い、担ぎ上げ、振り回しと次々に技が繰り広げられ、地面にヒビを発生させながら二人は全力でぶつかり合いました。


「一本!!!」


 一瞬の隙を突かれた股太郎が投げ飛ばされ、初めの勝負は金武太郎が勝ちました。

 これに犬塚が驚きました。

 旅の最中、股太郎が鬼に負けたという事が無かったためです。

 しかし、共に修行していた鬼凱は冷静です。

 何せ股太郎が無敵でないことは知っていたからです。それは勿論、股太郎と鬼凱の師匠の二人の存在が原因でした。

 1日何回かは敗北しているのを見ているので、特に驚きはしません。

 それに、鬼凱は金武太郎がただの人間でないことを感じ取っておりました。


「一本!!!」


 しかし股太郎とて負けてはおりませんでした。

 再びの投げに股太郎は金武太郎の足の内側に足を掛けて固定し、逆に力ずくで投げ返したのです。


「おお」


 これには金武太郎も驚いたようで、目を丸くさせながらも嬉しそうに笑いました。


「ははははは!!!楽しい!!!楽しいな!!!」

「ああ!!凄く楽しいぞ!!!」


 そうして身体能力が高過ぎて理解不能な攻防が続き、夕焼けの中、体力切れで「勝ち無し」状態に陥った二人が仰向けで倒れておりました。

 二人の腕はもはや限界で、ドングリ一つ摘まめなくなっている程疲弊しておりました。


「引き分けか」

「なかなか素晴らしいゲームだった」


 二人はすっかりと打ち解け、互いを褒め合います。


「股太郎さん、金武太郎さん。お水飲みますか?」


 暇をもて余した犬塚が、麓の川で水を汲んできてくれました。


「頂こう。…腕が上がらん」

「儂も、もう持てないぞ。こんなになったのは初めてだ」


 腕が使い物にならなくなった二人を犬塚は見下ろしながら考え、直接口に流せば良いのだと思いつき、容赦なく二人の顔に水をドボドボ掛けました。


「ガボガボガボ」

「ガボガボガボ」


 二人とも溺れ掛けながらも水を飲めたようで、体が動くようになりました。


「あー楽しかった」


 そう言って股太郎が立ち上がると、金武太郎が「おい」と声を掛けてきました。


「主ら、今夜寝るところはあるのか?」

「いや。これから探すところだったが」

「もう日が暮れる。こんな時間から探したとしても見付かるわけがない。良ければ儂の家に来ると良い」

「良いのか?」

「ああ。相撲を取った主はもう友だ。友を野宿させるのは忍びない」


 なるほど、と股太郎は思います。

 確かに飛び入りでこんな人数を泊めてもらえる場所はそうそう無いだろう。ならば好意に甘えるというのも良いかもしれない。


「では、よろしく頼む」


 そんな訳で金武太郎の後に続いて山を歩いていると、大きな洞窟へと辿り着きました。

 しかしただの洞窟ではありません。

 扉があり、窓があり、明らかに家に改造されている洞窟でした。


「此処が儂の家だ。主らの大きさでも全く問題ない広さだ。そこは安心して良い」


 金武太郎が扉を開けて、中へと声を掛けます。


「おっ母!今、戻りました。客人も一緒です!」


 股太郎達が部屋の中へと入れば、そこには小さな一人の老婆がおりました。薄い金色の髪が金武太郎と母子なのだとすぐに分かります。


「ほーぅ、まさか人の友を連れてくるとは。一人は鬼だが。ほほ、珍しいことだ。ほれ、中へ入りなさい。ご飯をあげましょう」


 お邪魔しますと股太郎達が中へと入ります。

 部屋の中はとても広くて驚きました。

 先に上がった雉尾が床を触って驚きました。


「すごいな。床も全て木を敷き詰めてる。見ろ犬塚。この手触りの滑らかなことを!」

「お前、唐突に変なテンションになるっすよね」


 そんな中、股太郎と金武太郎が自らの体を見下ろして何かを考えておりました。

 それに鬼凱が気付いて声を掛けます。


『どうした?』

「いや、明るいところで見れば大分汚れてるなと」


 股太郎の言うとおり、二人とも泥だらけでずぶ濡れです。

 相撲やって水を掛けられたので当然と言えば当然ですが、このまま部屋に上がれば間違いなく色んなところを汚してしまいます。


「股太郎、少し下ったところに川があるから、そこで服を洗ってこよう」

「それはありがたい。少し行ってくるから、筋太郎の母上に伝えておいてくれ」


 金武太郎の提案に股太郎が同意して、二人は服を洗いに行きました。


 それとは入れ違いに金武太郎の母が戻ってきます。


「おや?あんた達だけかい?」

『二人は服を洗いに行きましたぞ』

「ほうほう。では先にあんた達を食べさせないとね」

「あ!手伝います!」

「私もお手伝いします」


 それぞれ火の番とお手伝いとで分かれれば、あっという間にご飯が出来上がりました。

 すると股太郎と金武太郎が戻ってきました。

 手にはすっかり綺麗に洗濯された服を抱えています。


「此処に干すとすぐ乾く」

「なるほど」


 金武太郎の言う場所に服を干し、みんな揃ってご飯を頂きました。

 メニューは鹿と鳥のお肉一杯の鍋です。

 ほふほふと頬張りながら、股太郎が罠で仕留めたのかを訊ねると、全て金武太郎が捕まえてきたものの様でした。


 股太郎がお腹一杯食べて満足していると、金武太郎がやって来ました。


「ところで、何故主らはなんでこの山に来た?何の用もなければこんな辺鄙な所へは来ないだろう」


 金武太郎のその言葉で股太郎が用事を思い出しました。


「用事を言い付けられていてな、アキカガが出たから何の用か見てこいと言われた」


 そう言えば、金武太郎が顔を明るくします。


「ほう!そりゃあ何かの縁だな!アキカガとは儂の親父の事だ!」

「なんだと!それは本当か!?」

「ああ!ただ今日帰ったからしばらくは帰ってきそうにない。見てないか?赤い大きな龍なんだが」


 股太郎の脳裏に、空へと消えた赤い龍が思い出されました。

 あれがどうやら金武太郎のお父さんのようでした。

 そう思えば金武太郎の首から肩に掛けての鱗も納得できます。


「親父は時たま空から降りてきて稽古を付けてくれる。今回もそれだ。惜しかったな。昨日来たならば会えただろう」

「いや、今回は縁がなかったのだろう。良ければそのアキカガ殿にこれを渡してくれるとありがたい」


 股太郎が袂から手紙を取り出して金武太郎へと渡しました。


「見付けたのなら渡してほしいと頼まれていたものだ」

「ほう。親父にか。誰からだ?」

「私の師匠だ」

「あいわかった。必ず渡そう」


 金武太郎は部屋の中にある棚の中へと手紙を仕舞いました。


『股太郎。これで用事が済んでしまったが』

「いや、まだあるだろう。そもそもは鬼凱の温泉探しが初めだ」

『ああ、そうだった』


 すっかり忘れていましたが、本来の目的は温泉探しでした。


「温泉か」

「温泉といえば懐かしいねぇ」


 金武太郎のお母さんが片付けを終えて戻ってきました。


「少し前、金武太郎が私の目を治すために連れていってくれたものだよ」

「ほう。温泉にはその様な効能があるのですか」

「ははは。こんな事が出来るのはあの温泉くらいさ」


 金武太郎のお母さんが入った温泉は、数あるなかでも更に素晴らしいものだったようです。


「それは何処にあるのですか?もしやカガチヤマですか?」

「おやおや、なんだい。そこまで知っているのかい。別に隠すものでもないし、金武太郎のお友達なら連れていってあげても良いねぇ。どうだい?金武太郎」


 金武太郎の母が訊ねると、金武太郎が「うむ!」と大きく頷きます。


「よし!行こう!」

「え、今から?」


 完全に寝る体勢だった猿山が慌てて聞き直しました。


「そうだ!良いことは早い方がいい!」

「確かにそうだ」


 股太郎も立ち上がりました。

 それを見て鬼凱も立ち上がります。

 今から行くというのは決定事項のようです。


「タオル無くね?」


 犬塚が言います。

 しかしそれに鬼凱は持ってきていた鞄の蓋を開け、中からたくさんのタオルを取り出しました。


『案ずるな。全員分ある』

「さっすが鬼凱!!」


 必要なものは全て揃っているのでこれから向かうことになりました。


「足元が危ないから、雉尾と猿山は背中に乗るといい」


 こうして、松明を持つ金武太郎を先頭に股太郎達は険しい山道を行きました。

 といっても、股太郎が住む山も同じくらい険しかったものですから、どんなに危険な場所であっても特に問題なく進んでいきます。


 そんな感じで、普通の人なら行けるはずもない道を、更にショートカットしながら進むこと一時間程で、目的の温泉へと辿り着きました。ホコホコと暖かそうな湯気が立ち上っています。


「おお!これが例の…」

『これを知らせてくれた仲間に礼をしよう』

「褒美はなんだ?」

『キビダンゴだ』


 さあ入ろうかという時。


「ん?」


 金武太郎が温泉の前で立ち止まりました。


「どうした?」

「誰かおる」


 股太郎が目を凝らしてみると、確かに湯気の向こうに影がありました。


『どれ、俺様が湯気を払ってやろう』


 そう言って鬼凱が大きく息を吸い、一気に吐き出します。すると息は大風となって湯気をあっという間に散らしました。


『うわ!吃驚した』


 そこには昼間見た赤い龍がお湯に浸かってのんびりしておりました。

 金武太郎の父上です。


「親父!帰ったのでは??」

『折角来たのに湯に入るのを忘れていてな、Uターンして、入っておった』

「なんだ。そうなのか」


 龍が股太郎達を見やります。

 ギラギラとした赤い目と鱗が金武太郎にそっくりでした。


『君達は、どなたかな?』


 股太郎のうなじがゾワゾワと逆立ちます。

 まるで師との真剣勝負のような圧に、空気が張り詰めていきます。しかし、その緊張は金武太郎が「こら」と言いながら“親父”さんへの頭部チョップで霧散しました。


「儂の友達を威圧しないでくれ。股太郎、これが儂の親父のアキカガだ」

「はじめまして。股太郎です」

『お、おお。初めまして』


 威圧したのにも関わらず、特に何ともない股太郎の様子に一瞬アキカガが戸惑いました。


「こっちが鬼凱、猿山、雉尾、犬塚だ」


 そんなアキカガの様子に気付くこと無く股太郎は紹介を続けます。

 そして皆もそのまま挨拶をしました。

 伊達に股太郎と付き合ってません。多少の圧では動じなくなっていました。


『お前の友達、思った以上に図太そうだな』

「ああ。凄く強いぞ。儂と角力で互角だった」

『それは凄いな!!』


 バッとアキカガが股太郎の方を向きます。


『まるで我の古い友の様だ!強いものは好きだ!どんどん入るが良い!!』


 許可が降りたので股太郎達は温泉へと浸かります。

 すると何と言うことでしょう。

 体に蓄積された疲労がものの数秒で回復しました。


「どうだ、凄いだろう。この温泉は親父の力が溶け込んでいるから疲れが癒されるのだ」

「なるほど、それは素晴らしい」


 褒められてアキカガが誇らしげにしてました。

 龍の顔ですが、案外分かるものです。


『鬼にも効能が現れるのだな。見ろ、先週コブシに折られた角が治っていく』


 鬼凱の角がジワジワと治っていくのを見て、股太郎が驚きました。


「まるで蜥蜴の尻尾のような治り方をするのだな」


 しかし、それよりももっと驚いた者がいます。


『今コブシと言ったか!!我の古い友と同じ名前だ!懐かしい、当時はコブシとタズナの二人とドンパチしていたものだ』


 何という縁でしょう。

 猿山が股太郎を指差しアキカガへと教えます。


「その二人はこの股太郎の師匠ですよ」


 それを聞いてアキカガは納得したような顔をしました。


『なるほど、道理で同じような匂いがしたものだ。あの二人に比べて凶悪さがないが、強いのは分かる』


 悪口のような言葉が出ましたが、これは褒められたのでしょうか?


 そんな感じで和気あいあいとお喋りしながら、股太郎達は温泉を堪能したのでした。

 アキカガが帰り際、青い玉をくれました。お土産だそうです。


「また角力をしよう!」

「ああ、また遊びに来る!」


 翌日、股太郎達は山を下ります。

 無事にお使いを終わらせて、友達ができ、お土産まで貰ってしまいました。


「良い温泉だったな」

「ですね」

「気持ちよかったです」

「また皆で遊びに来たいっすね!」

『そうだな』


 股太郎が山を振り返ります。


「また来よう」







 こうして、金武太郎と友達になった股太郎達は、宣言通りにちょこちょこと遊びに来るようになりました。

 その数年後、金武太郎が都の武士にスカウトされたのですが、それはまた別のお話で。












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