籠の中で過ごす君
「人を...殺した...?」
思いもしなかったことを言われ、立ち尽くしてしまった。グリフも何も言えず口を開けたままにしている。
「いったい何が...」
と言いかけた時だった。
「これ借りるよ!」
元気な声と共に俺たちの中に飛び込んできた女の子。彼女はグリフが持っていた仮面と上着を奪った。
「えっ!?おい」
そして素早くそれらを身につけ俺たちの後ろに隠れた。
「誰が来ても私のことは知らないって言って」
「なんで...」
「いいから!お願い!」
何か事情があるのか聞こうとすると二人の護衛らしき人たちが俺の方に来た。
「この方を見なかったか?」
そう言って差し出された写真には綺麗なドレスを着た美しい少女。きっと今飛び込んできた彼女だろう...。ここで引き渡すこともできる。しかし...。
「いえ、知らないです」
「そうか。ありがとう」
そう言って護衛たちは離れていった。
「ふぅ〜。助かったよ!ありがとう」
この子を助けたのは気の迷いだろう。理由などはない。
「なんで逃げてるんだ?」
「もう城には戻りたくないからね」
「城?」
グリフの頭の上にははてなマークが浮かんでいる。
「私あの国の姫なんだよ」
そう言って指差した先は俺たちが目指している隣の国。それに今姫って...。
「「姫!?」」
俺とグリフが声を合わせて驚く。
「お姫様がこんな所で何をしてるんですか?」
サラもお姫様だとは思わなかったのだろう。明かされた正体に驚いていた。
「えへへ。あんな窮屈な所いたくないから抜け出してきちゃった」
てへっとでも言いそうな軽い感じで言っているが、してはいけないことだと嫌でも分かる。
「戻った方が良いって...。今大騒ぎになってるだろ?」
「嫌だ」
お姫様は冷たい言葉で返す。
「あんな所絶対に帰らない」
お姫様という恵まれた立場にいながらどうして頑なに帰ろうとしないのか俺には分からなかったが、よっぽどの理由があるようだった。
「ということで私を匿ってね!よろしく」
しかしその理由と俺たちがお姫様に関わるのは別の問題だ。もし一緒にいて彼女が危険な目に合うことでもあったら俺たちはどれ程咎められるか...。
「それは...」
「お願い」
「リヒト...どうしますか...?」
サラもできたら助けたいという気持ちはあるのだろう。しかし簡単に助けると言えるような立場の人ではなかった。
「私を助けて!お願い」
と言いながらお姫様はグリフに抱きついた。
「えっ!?おいっ!」
グリフは顔を赤くしている。
「こんな女の子を一人放り出すなんて男として酷いんじゃない?」
「あ、まぁ...」
お姫様に顔を近づけられ、問答無用で肯定させられた。
「グリフ!」
「よし!じゃあ決まり!私をここにおいてね」
可憐なお姫様というイメージはなく、ヤンチャな元気っ子という感じだった。
「はぁ...仕方ねぇな...」
俺もサラも一緒に行動することを了承した。
「私はレイナ。ヨロシクね」
無理やり行動を共にさせられた子だが、それでもレイナの笑顔は可愛いと思った。
レイナのわがままは多かった。
「お腹すいたぁ。グリフ町で何か買ってきて」
「なんで俺が!」
「足が一番早そうだから。ほら、ダッシュ!」
「くそぅ」
そう言いながら走って買いに行くグリフ。何だかんだグリフはレイナに弱かった。
「あんまグリフいじめんなよ」
「私のために頑張ってくれるのが可愛いじゃん」
このお姫様にはSっ気があるようだ。レイナは町に行くと顔がバレてしまっているため俺たちは森の中を移動するしかなかった。レイナと出逢った日から3日ほど過ぎたが、あの日以来護衛とは会わなかった。
「ねぇサラとリヒトって付き合ってんの?」
「は?そんなわけないだろ」
「なーんだ。つまんないの」
レイナは足をバタつかせてつまらないということをアピールしている。
「俺たちはただの旅仲間」
「私もその旅仲間に入れてよ」
「俺この国に入るためにここまで来たんだけど...。一緒に行くのか?」
「あ、それはダメだ」
目指していた国は目の前にあるのに俺は何故ここで立ち止まっているのか...。しかしここに一人レイナを置いていく訳にもいかず途方にくれていた。
「買ってきたぞ!」
息を切らしながらグリフは買ってきた食べ物の袋をレイナに差し出した。
「わぁ〜早い!ありがとう」
「水飲みます?」
サラが飲み物をグリフに渡す。
「ありがとう。サラはレイナと違って優しいな!」
嫌味を込めて言ったのだろう。しかしレイナは気にすることなく買ってきてもらったパンを食べている。
「レイナ。そろそろ何があったのか教えてくれないか」
「何がって」
「なんでお姫様が城を脱走することになったんだよ」
そう聞くとレイナは少し俯いた。そしてしばらく経つと口を開いた。
「私パパとママの初めての子で...マナーとか色々厳しく育てられたの。それでもいつか人の上に立つんだって思って頑張った。でも私が5歳の時弟が生まれた。その時言われたの。この子に跡を継がせるからレイナはもういいよって...。何それって思った。私頑張ってきたの全部無駄だったのって...」
先に生まれた子よりも男の子に跡を継がせるというのは良くあることだった。しかしそれは親の勝手。その勝手に巻き込まれた方はショックなことなのだろう。
「それでも仕方ないかと思って生きてきた。でも今になって言われたの。資源が豊富な国があるから、そこの王子と結婚しなさいって」
「政略結婚ですか...?」
「そう。酷いと思わない?お前はもういいって言っときながら国の発展に使えそうだって思ったら駒のように使う。それが私は許せなかった。だから飛び出したの」
裕福な暮らしが出来たら幸せだと思った。しかしそれは違った。姫には姫なりの苦しみがあった。
「そんなの...戻んなくて良いよ!そんな酷いやつらの傍にいる必要ねぇよ...」
グリフが怒りを含めた声で言う。
「グリフ〜。お前ならそう言ってくれると思ったよ〜!ということで私甘いもの食べたくなった。ダッシュ」
「は?くそっ!」
そして素直に従い走るグリフ。
「...いいのか?」
「...うん。皆はこの国に用があるんでしょ?明日には一人でここから離れるから。ゴメンね。何日も引き止めて...」
態度には出していなかったが、俺たちの足を止めていたことに申し訳なさを感じてきたのだろう。レイナは謝った。
「お前がそんな弱そうな声出すタマかよ」
「私たちはレイナの傍にいるべきだと思ったからいただけですから大丈夫ですよ」
そう言うとレイナは少し涙を浮かべ
「ありがとう」
と言った。
そしてグリフは帰ってきてまたレイナにいじられた。夜になり俺たちは眠りにつこうとしていた。
「星空ってこんなに綺麗なんだね...」
「そうですね」
少し離れた場所でレイナとサラが話す。
「私色んなことにムシャクシャして夜空を見上げることすらしなかった。今初めて星空の綺麗さに気づいたよ」
「...またいつでも一緒に見ましょう」
「ありがとう」
そして二人は眠りについた。
「なぁリヒト」
「ん?」
「このまま本当に別れていいのかな」
「...グリフはどうしたい?」
「俺はずっと一人だったけどお前らが居てくれるから今幸せだと思える。一人になったレイナの傍に誰か居てくれないかなって思うよ...。それが俺たちだったら...いやなんでもない」
レイナと共にいるということはこの国に入ることは諦めるということ。それは俺の目的を果たせなくなるということだ。そうすることを他の誰でもない俺には言えないと思ったのだろう。グリフはそこで口を閉じた。
「レイナのこと好きか?」
「え、まぁ、嫌いじゃねぇけど」
「そっか」
「リヒト?」
「おやすみ」
「あ、うん。おやすみ」
本当にこのまま別れていいのか...。俺の迷いに答えは出なかった。
『私は人を殺しました』
サラの言葉の真相も聞けないまま、また1日が過ぎようとしていた。
夜が明け、俺たちは出発の準備を始める。その時話しかける人は居なかった。
「色々ありがとう。じゃあ」
レイナがそう言って背を向ける。
「...あのさ...いいのか...?」
グリフがレイナを引き止める。
「...うん。もう迷惑かけられない」
「迷惑なんてこと...」
「色々ワガママ聞いてくれてありがとう。じゃあね」
決心が揺らぐことが無いようにだろうか...。レイナは早く俺たちと別れようとする。
「私レイナと一緒に過ごせて楽しかったです」
「...私も楽しかったよ。ありがとう」
「レイナ...やっぱり俺...」
グリフが言いかけたその時だった。
「姫様を見つけたぞ!」
声の方を見ると五人の護衛らしき人たち。
「ヤバいっ!とりあえず行くぞ!」
俺はレイナの手を取り急いで走り出す。
「お前ら!どこに連れて行く!」
護衛の声が響く。
「リヒト離して!私と関わっちゃいけない!お願い離して!」
「今さら何言ってんだよ!ここまで来て知らんぷりなんて無理に決まってんだろ」
「リヒト...」
目指していた国からどんどん遠ざかる。しかしそんなことはどうでも良かった。今はレイナを逃がせることが最優先だった。
「お前ら構えろ!姫様には絶対に当てるなよ!」
構えろ...?まさか...!
俺が確かめるより先に銃声が響いた。
「うっ...」
「グリフ!」
後ろを走っていたグリフが苦しそうな声を上げ、サラが駆け寄る。
「サラ!レイナを連れて逃げろ!俺がグリフを連れて行く!」
「はい!」
「そんな...グリフ!」
レイナが泣きそうな声で叫ぶ。
サラは走り出した。俺はグリフを担ごうとする。
その時かすかに感じる頭に向けられたもの。
「リヒト...!」
サラ...行ったんじゃなかったのか...。あぁ今俺の頭に向けられているのは...。
「姫様。我々と共に来てください。でないとこの男の頭が吹き飛びますよ」
怖いとか何も考えられなかった。俺はただこれから何が起こったとしてもそれを受け入れることしか出来ないと思った。
「待って...ください...」
レイナが震える足で護衛に近づく。
「分かりました...。行きます...。だからやめて...」
グリフは地面に横たわって痛みと悔しさに歪んだ顔をしている。サラも何も言えず動くことさえ出来なかった。
「ではこちらへ。こいつらも連れて行け」
「待って!この方たちは関係ありません。解放してください」
「姫様」
無言の抑制。レイナはただ自分たちについてくれば良いと声もなく伝えていた。
レイナは悔しそうな顔で俯き、歩き出す。そして俺たちは連れられていった。
「グリフ大丈夫か?」
「あぁ。手当てはしてくれたからな」
俺とサラ、そして治療を受けたグリフは牢の中に入れられた。見張りは一人。俺たちが話していても何も言わないため、俺たちは声を出していた。
「レイナ...大丈夫かな...」
サラは連れられている時もずっとレイナを見つめていた。レイナの背中は小さく淋しげだった。
「...もう会えねぇのかな...」
「グリフ...」
きっと大丈夫だ、とも、きっと会えるよ、とも言えなかった。それどころか俺たちがどうなるかも分からなかった。
時間が経つにつれ、俺たちの口数は減っていった。そして何日くらい経った頃だろうか...。俺たちは護衛に連れられていった。
「失礼のないようにするんだぞ」
そう言われ連れてこられたのは王、レイナの父がいる間だった。
「君たちが娘を攫ったのか」
「攫ってねぇよ!お前たちがレイナに酷いことしてたから逃げ出してきたんだろ!」
グリフがすぐに否定する。
「酷いこととは?」
「弟が生まれたらお前はもういいって言って、それなのに国の為に好きでもねぇやつと結婚しろなんて酷いとしか言えねぇだろ!」
グリフは痛いところを突いたのだろう。王は何も答えない。
「なんとか言ったらどうなんだよ!」
「グリフ...」
グリフは熱くなっていた。それを心配し、サラがなだめた。
「もう十分だ」
「なにがだよ」
「お前たちは不敬罪となるには十分すぎる態度だった。よってこれよりお前たちの処刑を行う」
処刑...?思ってもみなかった言葉が出てきて思考が停止した。
「なんだよそれ...。俺たちはただレイナと一緒にいただけで...」
「それが問題だと言っているんだ。娘を誘拐した罪もお前たちは犯しているんだからな」
「待てよ。俺たちの話を聞いてくれよ。俺たちはレイナが逃げてきたから一緒にいただけで城から攫ったわけじゃ...」
「一国の姫が城から逃げ出したなんて知れたら信用が失われるからな」
目の前にいる人は自分の信用がどうなるとしか考えていなかった。レイナのことも省みてやれないこの人は王としても父としても失格だ...。
「お前...!」
俺は怒りのまま手を出そうとしたその時だった。
「お待ちください」
扉を開くとともに響くレイナの声。そこには所々破れたドレスを着たレイナがいた。
「なぜ...。部屋に閉じ込めておけと言っておいただろう!」
「カーテンを繋げれば長いロープ代わりになります。それを使って窓から出ました」
「くそっ」
城の中にいてもそこには俺たちが知っているレイナがいた。
「勝手に逃げ出して申し訳ございません。しっかりお話しなかった私が全て悪いです。この者たちには何の罪もございません」
王は黙り込んだ。
「ここでこの者たちを処刑するならば私がお父様は罪のない人間を殺したと発表させていただきます」
「なにを勝手に...!そんなもの信じる人がいると思ってるのか!」
「貴方の横暴な政治には不満を抱いている人がいることは耳に入れているでしょう。そんな状態でこのような情報が出されたら...。どうなるかお分かりですよね?」
もしそうなったら政治に不満を持つ人たちはこれを良い機会だと思い、一気に叩くようになるだろう。そうなれば信用どころの話じゃない。王という立場から退くことは時間の問題となってしまう。
「くそっ...。分かった。この者たちの処刑は無しだ。しかしお前が逃げ出したことは無しには出来ないぞ。結婚を引き受けるか、一生閉じ込められて過ごすか。どちらかを選べ」
「...結婚を引き受け...」
「レイナ」
俺は口を挟んだ。それはダメだと伝えたかった。俺たちを助けてくれて、これ以上関わらないのがレイナの為になるのかもしれない。それでも口を出さずにはいられなかった。レイナが自分のことを話してくれた時の苦しそうな声が耳から離れなかった。
「私レイナともっとお話ししたいです」
「俺に散々ワガママ言ったんだからよ。一つくらいそいつに向けて言っても良いんじゃねぇか?」
サラとグリフも同じ気持ちだった。このままではダメだ。レイナの人生はここで終わらせてはダメだ...。
レイナは少し口をつぐみ、そして話し始めた。
「お願いが...あります...。私をこの城から出ることをお許しください」
レイナの声は震えていた。しかしその声はしっかり王に届いた。
「自分の立場を分かっているのか?」
「私はこの立場に関するもの全てと縁を切ります」
「家族も居場所も捨てると言うのか?」
「はい。私の居場所はもう見つけました。彼らの隣が私の居場所です」
レイナは俺たちの方を見る。強い決意があることが分かる顔だった。
「...レイナにとっては此処よりもその者たちの隣に居たいんだな」
「...はい」
王は厳しい目でレイナを見つめる。
「お前にそこまで言わせるものはなんだ」
「...誰かと気軽に話したのは初めてでした。星が綺麗だということを初めて気づきました。ここにいるだけでは経験できなかったことや気づけなかったことを彼らと一緒に居たら気づくことが出来ました。それが幸せだと感じたんです」
レイナは俺たちと過ごした時のことを話す。彼女にとってあの時間がそんなに幸せなものになっていたことが嬉しかった。
「私はこのまま此処で人生を終わらせたくない。生まれてきてこれたからこそ経験できることは全て経験したい。私は私がやりたいことをしたいんです。出逢うことが出来た彼らと一緒に...」
「...レイナ」
「お父様。私の人生は私に決めさせてください。私の人生は貴方のものじゃない。他の誰でもない私のものだ」
「それが許されると思っているのか?」
「...はい」
どれだけ気圧されても引かないレイナ。それほどこの城から出たいという思いは強かった。
「...勝手にしろ。その代わりもう二度と顔を見せるな」
「...はい。ありがとう...ございます」
レイナの目には涙が溜まっていた。
その時のレイナは姫ではなく、俺たちと一緒の時間を過ごした一人の女の子だった。
そして俺たちはそれぞれの荷物が置かれていた部屋に連れていかれ、出発する準備をしていた。準備を終え、出ようとした時王が部屋に入ってきた。
「あの...」
「...私はこの国を守らなければならない。何かを守る為には何かを犠牲にする。全てを守ることは出来ないどうしようもない王だ」
俺の目を見ることはなく、まるで独り言のように話し続ける。
「あの子が生まれた時いつか人の上に立つ人間にしなければならないと思った。そしてあの子の弟が生まれた時その子をしっかり育てなければならないと思った。そして気づいたら俺はあの子を...レイナをしっかり見てなかった」
冷酷で酷い人だと思っていたが、今話している人の目はまさしく父のものだった。
「レイナが城から抜け出した時も護衛に言われるまで気づかなかった。その時思ったんだよ。最後に父と娘として話したのはいつだっけ、最後にレイナが笑った顔を見たのはいつだっけ...とな...。あの子は君たちにどんな顔を見せていた?」
俺は一緒に過ごしたレイナを思い出す。
「優しく笑って、何をするにも楽しそうにしていました。少しワガママな元気な女の子でした」
「そうか...。私がレイナに酷い要求をすることはあってもレイナから私にワガママを言ったことはなかったな...。そうか...。そうだったんだな...」
その時の王の背中は連れていかれた時のレイナの淋しい背中と重なった。
「君たちに酷いことをした私が言える立場ではないことは分かっているのか。でも言わせて欲しい。どうか...今まで楽しく過ごせなかった分も娘の人生を楽しいものにしてやってほしい」
きっとこの人も苦しんできたのだろう。それを見せることが出来なかった。レイナは自分の思いを言えない、この人は自分の苦しみを見せない。そのことが色々なすれ違いを起こしていた。
「レイナが楽しい日々を過ごせるようにすることを約束します」
俺の言葉に王は優しく笑い
「ありがとう」
と言って、部屋から出て行った。
環境や立場が父と娘として接する時間を与えなかった。しかし心はしっかり父親の心だった。それでもその心をレイナが知る時は来ないのだろうと思うと苦しくなった。
「よーし!出発だ!」
城の外でレイナが大きく伸びをしながら言う。
「おう!行くぞ!」
その声にグリフが続いて言う。
「これからもよろしくお願いしますね」
「うん!」
サラも優しく話しかける。
全てが解決し、心晴れやかに出発できるはずだった。しかし俺の頭には寂しそうな王の背中が離れなかった。
「レイナ...。その...」
「ん?」
真っ直ぐな目で俺の言葉を待つレイナ。俺は迷っていた。レイナに酷い扱いをしていたことは本当のことだ。それにも関わらず王はしっかりレイナのことを大切に思っていたとなど言っても信じてもらえないのではないか...。そもそももう王のことは忘れさせた方が良いのではないか...。色々な思いが交差していた。
「...小さい頃にね」
俺が言葉に詰まっているとレイナは話し始めた。
「静かに部屋に入ってくる音が聞こえてくるの。そして優しく頭を撫でて部屋を出て行くの。私は寝たふりをしていたから私が起きてたとは未だに気づいてないと思う」
そのことを話すレイナの目は優しかった。
「私の頭に触れる手がとても温かかった。酷い扱いを受けてもあの手の温もりだけは忘れられなかった。心の奥底であの手のようにあの人は温かい人なんじゃないかって思ってたんだ...」
「...レイナは王のこと憎んでないのか?」
グリフが聞く。
「...憎みたかったんだと思う。人の上に立つことも出来ない私に存在価値はないから...。だからあの人を憎む気持ちで私には価値がないっていう気持ちを隠してた。そうして私は生きてきたんだ」
「誰かが生きる理由なんて此処に生まれてきた。それだけで理由になると思います」
「...ありがとう。でも私はそう思えなかったんだ。だから憎んでた。でも今は違う」
そう言ってレイナは俺たちを一人ずつ見る。
「リヒトとグリフとサラ。皆に出逢えて一緒に居たいと思った。それが私の生きる理由」
誰かの生きる理由になれることがこんなに嬉しいとは思わなかった。レイナの言葉で俺の心は温かくなった。
そしてレイナは城の方を向き、頭を下げた。
「私を育ててくれてありがとうございました。行ってきます」
レイナは頭を上げ歩き出す。
そして俺たちの旅は再開したのだった。