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転生の魔女ベルリエナ  作者: Thera
Chapter.1 イースフェイオン修道会
7/8

緊迫の茶会


「先に結論を言っておくと、貴女は処刑されて死んだって事なの。戸籍上はね 」


 湯気の立つ紅茶と、藍苺(ベリー)がちょこんと乗っかっているチーズケーキ。

 質素な丸テーブルの上に置かれたそれらを、クララさんは美味しそうに食べている。


「えーと…… 」


「頭を打って気絶しちゃったみたいだから、ちゃんと見てなかったかもしれないけれど……貴女の処刑に使われた『業火の聖母』の裏側には、刻印術式が刻んであったの 」


「あぁ、魔法が使える人間でも逃さないようにとかなんとか…… 」


「ええ。あれ、実はウソなの 」


 かたん、とフォークが皿の上に置かれる。

 白磁のティーカップを手に取るクララさんの動きは、映画の女優みたいに優雅だった。


「実際は、中に入ったひとが本物('')の異形や魔女だった場合に、この修道院に転移するように設計された転送陣が刻んであるの。全員に『業火の聖母』は使えないから、私たちが本物('')だと判断した場合に限ってのみ、担当区域が違っても『業火の聖母』を使って処刑ができる中央処刑場に移送されるように手配するの 」


 つまり私の両腕の火傷は、紛れもなく『業火の聖母』の影響によって負った傷だということだ。

 転送が間に合わなくて、内壁が先に炙られてしまった結果なのだろう……って、ん?


「いま、『転送陣』って……? 」


 転送。物体を瞬時に長距離移動させる技術。

 ファンタジー世界ではありがちな設定だけど、こっちの世界では生まれてこのかた聞いたことがない。


「転送陣はね、世間で魔法と言われているモノと、異端の知識を組み合わせた『魔術』……その産物なの 」


 クララさんはサラッとその存在を肯定した。

 魔法を使える人間も、教会の教えに反する知識を生み出す学者も引っ捕らえては処刑する教会。そこに所属した人間が肯定しちゃ、一番まずい技術内容のような気がしなくもないんだけど……とにかく、これで大筋は見えてきた。


(魔法と、異端の知識の組み合わせ……つまり転送陣ってのは、魔法による増幅(ブースト)がかかった科学の産物って所かな )


 さらに言えば、『物質の瞬間移動』__あるいは『同等の物質の再構成』を可能にする技術が使われるという事は、『あの世界』でいう量子論とか、そういう分類の理論がこの世界では発展しているのかもしれない。

 そもそも、私が馬車の軌道を逸らした時とか、処刑で叫んだ時に湧いて出てきたあの光__仮に『意思の力で物理法則を書き換える力』として定義したら、それこそ『あの世界』でいう量子論領域の話なんじゃないだろうか……?

 元の知識がお粗末だから、難しい事は分かんないけど。これは一考の価値がありそうかも。

 __と、私がかつての世界での知識と、現実世界での論理すり合わせを行うのに意識を向けていた時だった。


「普通はホンモノかどうかの判断に困る事の方が多いんだよなー。オマエは派手に立ち回っただろ? だからすぐに手を打てたんだけどよ 」


 行儀悪く肘をついたライリーさんが、笑顔で私の方をフォークで差してくる。


「何の訓練もなしに、あそこまで力を使いこなせる人は稀なの。貴女を殺さずに済んで良かった 」


「…… 」


 ふたりの声は無邪気で、穏やかだ。私が死ななかった事を、たぶん純粋に喜んでいる。

 __まるで、無数にいる実験台(ラット)の中から形質の良い検体を見つけたとでも言うように。


「つまり……あなた達は魔法が使える人間や、本物の異形を、戸籍からけしてあつめてるのね 」


「ご明察。よく出来ましたなの 」


 私の確認にも、ちっとも悪びれた様子はない。

 あぁ、ここじゃ私の倫理は通用しない。そんな事、前から気付いてたはずなのにな。


「魔法とかが使えない、利用価値のない人間は振い落とす……そのまま殺して処分するってわけね 」


 思った事を口にすると、余計に怒りが増してくる。

 紅茶の水面に映った私の表情は、子供のモノとは思えないくらいに歪んでいた。


「古い異教の信仰を持った薬草師とか、革新的な考え方をする人間は、教会の教義に反することをいって、教会の教えがひろがるのを邪魔する。だから、そういうひとを除去すれば教会の権威はひろがり、またその処刑を公開にすることは、異民内乱で疑心暗鬼になってる帝国民衆のはけ口にもなる……貯金の没収も、いいかせぎになるのかな 」


「……ふふっ 」


「何がおかし…… 」


 顔を上げ、クララさんの言葉に噛み付こうとした私は__ゾッとして、身を逸らした。

 聖衣を揺らめかせるクララさんの表情は、笑顔__ただしその瞳は、獲物を狙う狼みたいな殺気に満ち溢れていた。


「ベルリエナ、冷静になって考えてご覧なの。戸籍上の貴女は、もう死んでいる。それはつまり…… 」


 子供をあやすような口調で喋りながら、クララさんは手を伸ばす。

 とっさに椅子を引いて立ち上がろうとして、でも、私は動く事は出来なかった。

 金縛りにあったみたいに心臓が締め付けられて、身じろぎすらままならない。


「今、私が『貴女はもう要らない』と判断したら、貴女はそれまでって事なの。分かるね? 」


 伸ばされた白い指先が、私の鼻先にちょんと触れた。

 途端に視界が白く弾け、私は後ろに倒れこむ。はぁはぁと粗く息をする私を、クララさんはニコニコしながら見守っていた。

 たった今、私に『役に立たなければ殺すぞ』と宣言したとは思えない笑顔だ。


「ぁ…… 」


 震える足が、本能が、逃げろとがなり立てる。

 得体の知れない笑顔を前に、喉が震えて声が出ない。

 でも、ここで何も言わなければ、私の立場はマズくなる一方だ。

 何か喋らなくては。考えるより先に、言葉が口を転がり落ちた。


「……ぎゃ、逆にいえば 」


「ん? 」


「ほ、本当は死ぬはずだったんだから、これから殺されたところで、本来の結果におちつくだけ。で、でも、あなた達は私をたすけた。魔法がつかえるってことを、判断基準にして 」


 考えを口に出す事によって、私の頭は冷静に回り出した。

 そうだ、この人たちは私を助けたんだ。それは、つまり__


「あなた達にとって、魔法がつかえるわたしは、あ、ある程度の利用価値はあるってことだよね。問題は、わたしが貴女たちにとって、忠実な道具になれるかどうかってこと……そうだよね? 」


 私は今、生かす価値がある程の能力の持ち主かどうかを、この人に見極められている。

 だから私は、目を逸らさず答えを待った。時計の刻む無機質な音が、心臓の音と同期する。

 滲み出た汗がこめかみから滴り落ちた、その時__



「オマエ、すげー度胸だな! 」



 能天気な声が、張り詰めた空気を呆気なく破いた。


「なの隊長に食って掛かった奴なんて初めて見たぞ。大抵は泡吹いて倒れるっつーのに。オマエすごい! 」


「え、え? 」


 バッシンバシンと、何度もライリーさんに背中を叩かれる。

 その衝撃に顔をしかめながら、ふと顔を上げると__


「……ふふっ 」


 正面のクララさんは、口元に手を当てて微笑んでいた。『紙袋かぶってチェーンソー持って追い掛けてくる系の人』的なさっきのオーラは、カケラも湧き出ていない。


「とても気概がある子ね。将来が楽しみなの……でも、口の利き方は気を付けなきゃダメなの。ここ('')では、ただ正しい言葉が肯定されるんじゃない……信仰の中に()って初めて、正しい言葉が導き出される 」


 真面目に、静かに紡がれた言葉に、私は思わず背筋を伸ばす。

 今のは、歯に衣着せるのが苦手な私への警告だ。何も間違った事を言ったつもりはないけど……あの殺気を二回も浴びるのはごめんだ。今後はちょっと、口に気を付けよう。

 ちょっとショボくれた私の頭をよしよしと撫でると、クララさんはライリーさんを振り返った。


「ライリー、後でこの子に『(からす)』の服を。この子は『闇夜の烏隊』に所属させるの 」


「へっ、こんな小さい子を⁈ 」


 呆気にとられたような顔をするライリーさんに、クララさんは真面目な口調で告げた。


「この子には『烏』の才能がある。事務仕事で能力を潰させるのはもったいない……そもそも、大人しく机仕事ができるような性格には見えないの 」


「あの、『烏』って……? 」


「取り敢えず、今すぐには死なずに済むって事だよ。今すぐには、な 」


 ライリーさんは、唇を尖らせながら応えた。

 頭の後ろで手を組み眉をひそめ、横に長く伸びた耳は小刻みに震えている。何やら不満げな様子だ。

 私がその理由を訊ねようとする、その前に__


「信仰の都、イスカリオ。その総本山である『イースフェイオン修道院』へようこそなの、ベルリエナ 」


 __クララさんは私の手を取り、開いた窓へと導いた。

 窓の外に見えるのは、急峻な地形に張り付くように建造された建物の群れと、それから周囲を覆い尽くす灰色の海。

 陰気臭い明かりが灯る街に続く道は今、満潮によって海の底へと沈んでいた。


(修道院というより、要塞みたい…… )


 海に囲まれ、他者の侵入を拒む堅固な要塞__いや、住民の脱走を防ぐ牢獄だろうか。

 自分の発想にゾッとする私の肩に、氷みたいな両手が触れる。


「貴女が何を嘆き、喚いたとしても。これからはここが貴女の家。そして私達は、貴女の姉妹修女シュスターなの 」


 窓から吹き込んだ黄昏色の風が、クララさんの亜麻色の髪を巻き上げる。

 その髪の下に隠されていた素肌が露わになった瞬間、私は包帯だらけの腕をハッと揺らした。

 かつては白く透き通っていたはずの、クララさんの右の頬。そこに実際に存在したのは、溶けて変色した赤色の皮膚__まるで、熱された金属に押し当てられてできたかのような、醜い火傷の跡だった。


「あなたは…… 」


 頭ふたつ分は背の高い少女を見上げて、私が言葉を継ごうとした__ちょうどそのタイミングで、クララさんは私の肩をくるっと方向転換させた。


「へっ? 」


「ところで何で、クララおすすめのチーズケーキ、食べてくれないの? ひと口も手を付けてないの 」


 頬を膨らませたクララさんが示した先には、全く手を付けられていないケーキが乗った私の皿。

 完全に冷めた紅茶の横で、チーズケーキが寂しそうに鎮座しているのが見える。


「あー、えーっと……食べます 」


 あなたとのやり取りに疲れてそんなにお腹すいてないんだけど……という事もできず、私は押されるままにテーブルに戻る。

 気乗りしないまま齧ったケーキは__ホロリと口の中で解け、藍苺(ベリー)の仄かな酸味と絡み合って舌を満たした。



「あ、おいしい…… 」



 教会の人ってあんまり美味しいものとか食べないんじゃなかったっけ__という疑問は口に留め、私はふた口目、三口目にどんどん手を伸ばす。空腹だったのを身体が思い出したと言うのも勿論あるけど……

 

 

 実を言うと、こんなに美味しいものを食べたのは『こっち』に生まれて初めての事だった。

 

 

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