聖衣の少女
「なの隊長ぉー、連れてきたぞ! 」
のんきな赤髪の人の声に、聖衣の人は顔を上げた。
この人もかなり若い。やっぱり十五、六歳くらいと言ったところだろう。
亜麻色の髪に深い青の瞳をした美人だけど、右目は真っ白な包帯によって覆い隠されている。
「……ライリー、ここは神に祈る場所。騒音は控えなさいなの 」
手にしていた羽ペンを置き、聖衣の人は前を向く。
長くて歩きにくそうな服を着ているのに、狼のように静かで隙のない雰囲気をした人だった。
「そこに掛けなさいなの 」
「は、はい 」
細い指に示された椅子によじ登り、対面。
壁時計が淡々と時を刻む音だけが、自分の鼓動を早めて行くような気持ちになる。
こめかみを伝う汗に私が喉を鳴らした、その時だった。
「さて、あなたがどういう立場にいるかは、そこのライリーが説明したと思うのだけど…… 」
「へっ? 」
「……え? 」
真紅の絨毯に沈黙が落ちた。
三秒ほど見つめ合った私と聖衣の人の視線は、そのまま仁王立ちしている赤髪さんの方へ向く。
「ライリー。あなた、どこまで説明したの 」
「何も! アタシ、難しいコト教えるの苦手だ 」
「そうなの…… 」
ため息まじりに、額を指で抑える聖衣の人。
これだけで、この人の日常の苦労が何となく伺えるような気がした。
「ベルリエナと言いましたね、初めましてなの。私はクララ・レイズ。そっちの赤髪は、ライリー・コリンズと言う者なの。話したい事はたくさんあるけれど、まずは貴女の質問に答えましょう。どんな事でも遠慮せずに聞くと良いの 」
「は、はい…… 」
反射的に頷きながらも、私は気が気じゃあなかった。
ふたりが着ているのは、位は違えど同じ『教会』の服。
つまり、この人達は率先して『異形狩り』を行なっている連中の一員と言う事だ。
それに大抵、こう言う修道施設の居所というのは、位が低いなら一部屋を数人で、位が高ければ大きな部屋を与えられる、といった構図が定型だ。
__これだけ広くて、それも執務机なんてものが用意されてるこの人は、それなりに位が高い人物って事になる。
「……どうしたの? 緊張して、言葉がでないの? 」
気遣うように訊ねてくるその人__クララさんに、私は咄嗟に言葉を返せなかった。
その反応を見たクララさんは、柔らかい笑みを浮かべて立ち上がる。
「ごめんねなの。貴女みたいに小さな子が来るの、初めてでね。私たちもちょっと困ってる所があるの 」
頭を撫でてくる手は細くて、ひんやりしていた。
普通ならゾクッとするような温度のはずだけど、嫌な感じはそんなにしない。むしろ、その冷たさが頭を冷やしてくれるような気がしてありがたかった。
「あの……取り敢えず、教えてもらいたいことがあります 」
「ええ、言ってみてなの 」
「その……わたしは、何で生きてるんでしょう。それから、ここはどこですか。あなた達は、どういう立ち位置のひとなんです? 」
私は『業火の聖母』に入れられ、燃え盛る炎の中に大衆の前で落とされたはずだ。
まさかあれだけ多くの人がいる中で、わざわざ棺を引き揚げさせたとも思えない。
答えを待つ私をじっと見つめると__クララさんは、ふっと目元を緩めた。
「処刑台の上で派手に立ち回ったって聞いたから、どんな子だろうとは思っていたけど……なるほど、年齢に合わず利発な子なのね。分かったの、神の名の元に誠意を誓い、すべての質問に答えましょう 」
胸に下げた教会の紋に触れ、目を伏せるクララさん。
その表情は穏やかだ。本気で神を信じて、心安らかに生きているといった感じ。
処刑台で『神なんているもんか』と叫び回った私としては、冷や汗が滝を作らないようにこめかみを引きつらせる事しかできない。
淡い桜色の唇が、私の期待する言葉を紡ぎそうになった__その時。
部屋を震わす鐘の音が、ゴーンゴーンと鳴り響いた。
「あ、おやつの時間なの! 」
途端に表情が切り替わるクララさん。
目を子供__いや中学生くらいなんだから元がまだギリギリ子供なんだろうけど__のように輝かせ、ガバッと頭衣を翻らせる。
「ライリー、お茶とお菓子を三人ぶん用意してなの!新しいお客様もいる事だし、今日はわたしの取っておきの茶葉を出していいの! 」
「はいはい、なの隊長の仰せのままにー 」
ライリーさんはニヤッと笑って踵を返す。
急変した雰囲気に呆ける私を振り返ると、彼女は笑ってこう言った。
「オマエ、腹減ってるだろ? 厨房に頼んで、いつもより多めにお菓子持ってきてやるからな! 」
……本当に何なんだろう、この状況。
修道院で。
上機嫌に鼻歌を歌っている聖職者と。
その聖職者たちに魔女狩りで処刑されたはずの人間が並んでおやつを待つ。
いや本当に訳が分からない。早急な説明求む。
理性の部分は、未だ収まらない混乱を解決しようと思考を最大限回転させているのに__
なぜか私の身体はこの状況に妙に安心していて、のんきに腹の虫を鳴らしているのだった。