祈りの叫び
処刑器具『業火の聖母』は、大きな鋼鉄製の女型をした棺だ。
中に処刑者を閉じ込める所まではまだ良いけれど、『業火の聖母』の本領は、中に受刑者を閉じ込め、火を焚いた穴に落として蒸し焼きにする所にある。
内側には魔法を封じる刻印が施してあって、魔法が使える人でも逃げられないようにしてあるそうだ。
誰が考え出したのかは知らないが、ロクでもない事に変わりはない。
あの世界の『鋼鉄の乙女』に妙に外見が似ているのも腹立たしいけど、人間の考えるモノなんてどの世界でも同じと言う事だろう。
曇り空の下で、醜く喚いている民衆達の声が聞こえる。
殺せ、魔女を殺せ、劣悪種を排除しろと叫びながら笑っている。
(十年かぁ……あっという間だったなぁ )
恵まれた生まれにはなれなかったけど、まぁ、こんなご時世で孤児がこれだけ生き延びられたんだから、運が良かった方なんだろう。
唯一の不運は、もっと幸せで恵まれた自分の記憶を引き継いで生まれてしまった事だろうか。考え方が周囲と自然にずれてしまう疎外感は、それなりに寂しいものだった。
(でも、まぁ、それも関係ないか )
どうせすぐ終わる。あの、見た目だけは聖母じみた棺桶にぶち込まれ、蒸し焼きにされて、民衆の苛立ちのはけ口になって魔女ベルリエナは消える。
感傷的に空を眺めていた私は、視線を民衆達に戻し__そして叫んだ。
「うるさい、黙れっ! 」
腹の底から叫んだ声は、不思議なくらいハッキリと広場に広まった。
シン__と静まり返った民衆を前に、私は縛られたまま一歩前に出る。
「おい、お前__ 」
「最期くらい良いでしょ、どうせ処刑されるんだから 」
幼い子供の姿だからか、処刑人は私を引き戻すのを躊躇った。
これが成人女性だったりしたら、こうはうまく行かなかっただろう。もう少し長く生きたかったけど、この外見でここに登れた事を、少しは感謝しなくてはいけないようだ。
冷たい海から押し寄せた潮風が、私の灰色の髪を静かに舞い上げる。
髪に挿した蒼い花の髪留めが、弱い日光を浴びてキラリと光る。
その髪留め__私の瞳と同じ色をしたその髪留めは、あの雨の日、ミーシェが泣きながら帝国人から取り返そうとしていたもの。あちこちで日銭を稼いでくる私の為にとあの子が用意してくれたものだった。
(ミーシェ……素敵な贈りもの、ありがとね )
あんたの贈り物は、ほんの一瞬しか付けられなかったけど。
私もあんた達の為に、最期にちょっとだけがんばるから__心の中で呟いて、私は目を見開いた。
「あのね。わたし、死ぬ前にみんなに言っておきたい事があるの 」
今この瞬間の静寂は、この世界に生まれ落ちた『今の私』にとって、意見を伝える最初で最後の機会になるだろう。
……ただ死ぬのは癪だ。どうせなら死ぬ前に、一石を投じてから死んでやるんだ。
「ねぇ。みんなはさ、なんで同じ街にすむ人のことを異民族とか、そうじゃないとか、それだけの事でしか判断できないの? 」
私は淡々と言葉をこぼした。
ハッキリとした理由は分からないけれど、私の声は今、この場にいる全員に届くという確信があった。
だから私は、十年間溜め込んできた言葉を、素直に口にするだけで良かった。
「みんなだって、本当は気付いてるくせに。昨日処刑された薬草師のヴィラさんに助けられた人、ここに何人いる? あの人も魔法使いだったけど、みんなを助ける事にしか知識と力を使わなかったでしょ? 自分より強い人が怖いからってだけでそういう人をどんどん殺して、あなた達はじぶんの首を絞めてるのよ 」
私の言葉が熱を帯びると同時に、あの青い光が辺りに舞い始める。
それを見て飛び付いてきた処刑人を、私は無意識のうちにあの光で跳ね飛ばした。
__異端の光が、想いを乗せて明るさを増す。
「わたしはあなた達がいう魔女よ。あなた達には使えない力を使う魔女。わたしは、あなた達に殺されなければ、この力をあなた達を助けるために、使えたかもしれなかった……この世界をもっともっと良くするために、使えたかもしれなかった! 」
後ろから羽交い締めにされ、持ち上げられながら。
それでも私は叫んだ。
短いあいだではあるけれど、本気で生きたこの世界の為に__少しでもいいから、傷跡を残したかった。
「いくら神に祈ったって、あなたのあいする人の病気は治らない! あなた達自身がうごかないと、この世界は、何もかわりはしないんだから! 教会が言うような全知の女神がいるっていうなら、心からの祈りを捧げてるあなた達に、なんで見向きもしないの⁈ ねぇ、誰かこたえてよ! 」
全身鎧の人に『業火の聖母』の中へと押し込まれて、棺の蓋を閉められそうになる。
視界から光が消えるその瞬間、私は想いを乗せた光を外に解き放った。
(おねがい。どうか__ )
一度死んだ私を助けてくれたあの人たちに、優しい未来が訪れますように。
__そんな祈りの声を閉じ込めた棺は、業火の雄叫びに飲まれて火柱を上げた。