告解
__十六世紀、歴史の闇に包まれた中世の暗黒時代。
『あの世界』で盛んに行われていた『魔女狩り』について、歴史好きの友人から教えて貰った知識が役に立つ日が来るとは思っていなかった。
「ぎぃあぁああぁあっ⁈ 」
近くで拷問具に吊るされている女の人が、ヒトとは思えないような悲鳴を上げている。
腕を縛って、足に身体の半分くらいの大きさがある重石を括り付けられている状態から、勢いよく落とされているのだ。何度も、何度でも。
女の人を吊るした縄が限界まで伸びきって振れる度に、その人の身体中の関節から嫌な音が鳴っている。
その姿を見ている坊主頭の男は、ニヤニヤと嬉しそうに口を歪めていた。
「…… 」
無言を貫き通す私を、両側にいる助修士は、変なものを見るような目で見ている。
気味悪がるのは当然だろう。これから審問にかける私を脅す為にこの光景を見せているのに、幼女の私が全く動じているように見えないのだから。
「……ねぇ、審問官のおにいさん。わたしの告解はまだなのかなぁ? 」
取り敢えず、いたいけな子供の笑顔を振りまいて訊ねてみたけど、案の定ガン無視された。
地下にある拷問空間では音が逃げずに、四方八方から悲鳴の大合唱が聞こえて来る。
その声に引きずられないよう、手のひらに強く爪を立てながら__私は、もう一度子供の笑顔を浮かべた。
「わたし、かみさまに助けてもらったんだよ。『死にたくないです、助けてください』ってお祈りしたら、かみさまが助けてくれたの。なのにわたし、殺されちゃうの? 」
「…… 」
「魔女って、みんなに悪いことをする人のことなんでしょ? でも、あそこにいるひと、薬草師さんだよね。おくすりでみんなを治してくれる、優しい人だよ。薬草師さんがいないと、おくすりが貰えなくてみんな困っちゃうよ 」
「…… 」
「なんでこんな事するの? ねぇ、おしえて。おしえてよ。ねぇ 」
しつこく訊ねるうちに、私の声には感情の色が滲み始めた。
覚悟はしてきた。でも、動じないはずがない。だって私は知っているのだ。
__一度『魔女』や『異形』として審問に掛けられてしまったら、もう助かる術はないのだと。
この世界の連中が『あの世界』と同じ手法を使うのであれば、やり方はこうだ。
まず、お前は魔女だろう、異形だろう。だからこういう事をしただろうと審問官が訊ねる。
それを認めたらお終いだって分かっているから、審問に掛けられた人はもちろん首を横に振る。
そうなれば、次に取る手段は取調べと言う名の拷問だ。
今現在あちこちで使われている道具の数々を使って、意識が朦朧としてくるまでとにかくいたぶる。
何を言われているのかすら分からなくなるくらい心が壊れた所で、はいお終い。
質問に「はい」と言わせ続けて、その中に最初の質問を何気なく混ぜ込んでおくだけ。連中は、魔女・異形の証明を必ず成し遂げる事ができる。
「おい、次はそいつの番だ。準備しておけ 」
拷問官の声に、若い助修士ふたりはハッとしたように動き出した。
後ろ手に縛られ、すでにボロボロな靴を脱がされる。
息も絶え絶えになった薬草師が虚ろな声で「はい 」という言葉を繰り返すのが、私の耳には嫌でも染み込んできた。
(何を言ったって、私の魔女認定は変わらない。あんなに目立つ事をしたんだし、子供だからって許される事も多分ない。それに、問題はもうひとつある…… )
もし、『あの世界』の知識がこの世界でも通用するのであれば__この拷問に掛かった費用は、私自身に請求される事になる。
審問に掛けられた人自身は、処刑されて死ぬ。だから請求が行くのは、当然その家族に当たる人……私の場合は、赤子の私を拾って育ててくれたあの孤児院の人達という事になる。
あぁ、どうか私の思い違いであって欲しい。私の知識が、この世界で通用しないで欲しい。
口をひき結んだ助修士にそっと背中を押された私の足裏に、濡れた石畳が冷たい感触を伝えてきた。
「……ようこそ、小さな魔女さん 」
坊主頭が、にやにや笑っている。
その背後では、拷問具から降ろされた薬草師の女の人が台車でどこかに運ばれようとしている。
台車に積まれた人達の顔は全部、もう元が分からないくらいぐちゃぐちゃになっていた。
(あぁ、くそったれ )
こいつはなんで笑ってるんだ。
人が本気で苦しむのを見て楽しんでるのか。
最悪だ。狂ってる。
私は私の中で、ポツポツと小さな炎が芽吹いていく様を幻視した。
「__魔女のていぎは、知らないけど 」
子供のフリをやめて、私は真正面から坊主頭を睨みつけた。
「わたしは、あなたに聞きたいことがある 」
「……ほう? 」
坊主頭は、ちょっと眉を上げた。
ムチを振り上げようとしていた頭巾姿の拷問官を諌めて、身をかがめてくる。
「話を聞いてあげよう。何が聞きたいんだい 」
「この拷問にかかる費用について 」
坊主頭の顔付きが変わった。
驚いたように目を見開くそいつから目を逸らさずに、私は言葉を続ける。
「どこからお金が出てるの? 没収した財産から? そうだとしたら、財産がないわたしの拷問費は、どこから出ることになるの? 」
「…… 」
「こたえないつもりなら……わたしは、あんたの審問官としての経歴に、傷をつけてやる 」
シン、と。
私のいる周囲の人間だけが、一瞬静まり返った。
「はは、言うね。小娘ごときが 」
けれど、子供のハッタリに付き合ってくれるほど、坊主頭は甘くなかった。当然といえば当然だろうけど。
「私は情け深いから、教えてあげよう。お前の『告解』に掛けられた費用は、お前の生まれ育った孤児院から徴収する。子供にこんなボロ雑巾しか着せられないような零細孤児院では、搾り取れる額もたかが知れているがな 」
「ふぅん……わかった。じゃあ、わたしは魔女よ 」
「……はっ? 」
「聞こえなかったの? 悲鳴を聞きすぎて、耳がばかになっちゃったのね 」
間抜け面を晒す坊主頭に唾を吐きかけて、私は嗤った。
足掻いても無駄なら、足掻くのもやめだ。
命は守れなくてもいい。仕方ない。一度は死んだ身なのだから、覚悟はできている。
でも、私自身の尊厳を、こんな奴らに奪わせてやるつもりはないんだ。
いいだろう。認めてやる。私は__
「わたしは魔女。あんたたち帝国人にわざわいをもたらす厄災の魔女 ベルリエナよ 」
「あんた達をよろこばせる為だけの拷問なんて、だれが受けてやるものですか。これでわたしの告解は終わり。さぁ、さっさと処刑しなさいよ 」
__私はこうして最短時間・最年少で、史上最悪の処刑器具『業火の聖母』が待つ処刑台への切符を手にする事になったのだった。