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第一章 不死鳥の死

 第一章 不死鳥の死


        1


 高校生の楠木法冶は電動自転車を漕いで山へと向かう道路を走っていた。近くには石材店と霊園しかなく、辺りに人気は、ほとんどない。

 それでも、目的地へ向かう最後の道を曲がるときに、誰かに尾行されていないか、辺りを一応、確認した。


 誰にも見られていない状況を確認すると、霊園手前の道路を右に曲がり、山へと続く緩やかな、舗装された坂道を登って行く。

 ゴールデン・ウィークが終わってすぐの北海道は、まだ少し寒かった。楠木は家から二十分も自転車を飛ばしてきたので、寒さはほとんど感じなかった。


 さらに自転車で十分ほど行ったところに、一軒の洋風の家が建っている。

 家は古くもないが、新築といった感じでもない。

 家の右側には、もう一軒の小さな山小屋風の建物があり、十メートルほど廊下で繋がっていた。


 インターホンを押して、声を掛けた。

「ローゼンベルク先生。楠木です」


 だが、インターホンからは声が返って来ることはなかった。

 時間は午後四時。


 楠木はこの時はまだ、家の主であるローゼンベルク・(こう)が夕食の買い物に出掛けているか、昼寝でもしているのだろうと、軽く考えていた。


 どちらでも、問題なかった。楠木はローゼンベルク家の合鍵を預かっていた。

 楠木は家の鍵を開け、中に入った。

 家の玄関は広く、大きな傘立てのような壷があり、入ってすぐの左横に、扉の付いた木製の靴箱があった。

 玄関を上がると、右側には木製の廊下が伸びており、左側に重厚な木製の扉が見えた。

 楠木は鍵を内側から掛けると、靴を靴箱にしまって隠した。そのまま楠木は、迷わず右側の廊下を歩いていった。


 廊下を進んで行くと、正面に『アトリエ』と書かれた扉があり、左に『トイレ』と書かれた扉があった。

 楠木が正面のアトリエの扉を開けると、山小屋風に木で作られた三十畳ほどの部屋があった。 

 部屋の窓は大きく取られた、中は背の高い空間が広がっていた。


 壁には画集や資料が入った背の高い本棚が並んでおり、室内にはお茶を淹れる簡単な設備も付いている。

 部屋の中には中心に縦五m、横二mのアルミ製のテーブルがあった。テーブルの奥には大きな背凭れが付いた大きな木製の椅子がある。


 椅子には七十歳くらいで、体重が百二十㎏はありそうな恰幅の良い老人が座っていた。

 老人は頭頂部が禿げ上がって、顎鬚を生やし、穏やかな顔をしていた。


 ただ、老人の目は閉じられ、口を開いて状態で座っていた。


 老人の名はローゼンベルク・功。不死の魔道書作家として、業界では有名な人物だ。


 けれども、魔道書の出版業界なんて知らない楠木には、単なるお金持ちの、人当たりの良いお爺さんとしか思っていなかった。


 楠木は最初、ローゼンベルクが寝ているのだと思った。

「先生、ローゼンベルク先生。起きてくださいよ。仕事に懸かりましょうよ」


 けれども、ローゼンベルクは口を開けたまま、返事をしなかった。


 もう一度、声を掛けてみた。だが、ローゼンベルクはピクリとも動かない。

 楠木は少し不安になり、ローゼンベルクに鼻と口にそっと手の平を当ててみた。


 寝ていれば、手の平に当たるはずの息が来なかった。

「ローゼンベルク先生が息をしていない!」


 すぐに震える手で携帯電話を取り出した。救急車を呼ぼうとしたが、手が止まった。

 楠木がローゼンベルクのアトリエに出入りしているのは、絶対に秘密だと、ローゼンベルク本人と出版社の編集者である小堺幸子からきつく注意されていた。


 楠木はつい最近になって雇われたローゼンベルクのゴースト・ライターだった。

 楠木はとりあえず、編集者の小堺に電話した。

 電話の呼び出し音が、やけに長く感じた。


 六回目コールで小堺が出た。

「小堺さん、大変です。ローゼンベルク先生、呼びかけても返事がないと思ったら、口を開けたまま、息をしてません」


        2


 すぐに、小堺から冷静な指示が飛んだ。

「落ち着いて、楠木君。まず、ローゼンベルクの首筋に手を強く当てて、脈があるかどうか調べて」

 楠木はローゼンベルクの頚動脈を触ってみた。だが、全く鼓動していなかった。


「ダメです。脈もありません。すぐに救急車を呼ばないと」

 小堺が厳しい口調で命令した。

「待ちなさい。ローゼンベルクの口を閉められるかどうか、試してみて。あと、腕が曲がるかどうか、やってみて」


 楠木は一刻も早く救急車を呼びたかったが、小堺の指示に従った。

 ローゼンベルクの口を閉じさせようとしたが、固まっているようになって、閉じられなかった。伸びきった腕も曲がるかどうか試してみたが、腕も曲がらなかった。


「だ、ダメです。口も腕も固まっています。そんなことより、早く救急車を呼ばないと」


 小堺が冷徹に判断を伝えた。

「救急車を呼ぶ必要はないわ。口が閉じられず、腕が曲がらない状況が意味するのは、既に死後硬直が進んでいる証拠よ。今から救急車を呼んでも、先生が蘇生する事態はありえないわ」


 楠木はどうしてわからず、とにかく助けが欲しかったので、口走った。

「じ、じゃあ、警察を呼んで検視してもらわないと」


 小堺はいたって冷静だった。

「まずは落ち着いてちょうだい、楠木君。一目ざっと見て、先生が殺された証拠が部屋にあるの」


 楠木は、椅子に口をぽかんと開けて座っているローゼンベルクを改めて見た。

 刺されたような形跡もなければ、首に絞められた筋もない。

 頭部に殴られた外傷も見受けられなかった。


 テーブルの上にはコーヒー・カップがあった。中身は飲み終わった後なのか、底に乾いたコーヒーが残っていた。

 ローゼンベルクの口から泡も吹いた様子がなく、表情は穏やかで、寝ているようにしか見られなかった。


 楠木は毒物の知識に乏しいので、毒殺の可能性の有無はわからない。けれども、ローゼンベルクの穏やかな表情から見て、毒殺されたとは思えなかった。


 睡眠薬の空容器もなければ、それらしい薬瓶もないので自殺したとも考えられなかった。


 楠木が状況を説明すると、小堺が困ったような口調で判断を下した。

「寿命ね。きっと、早朝に眠気覚ましにコーヒーを飲んで一仕事しようとしたけれど、眠くなって、つい、うとうとして眠った。そのまま、心臓が止まって亡くなったのね。先生、高齢だったから、仕方ないといえば、仕方ないけど」


 小堺の言葉を聞いて、楠木はいくぶん冷静さを取り戻した。

 もう、とっくに亡くなっているのなら、急いで救急車を呼ぶ必要はない。


 事件性がないなら、下手に警察を呼んで、楠木が第一発見者になるのは、困った展開になるかもしれない。


「あの、じゃあ、僕どうしたら、いいんでしょうか」


「とりあえず、アトリエでコーヒーでも飲みながら待っていていいわよ。すぐに行くから。私も先生の家の鍵を持っているから、誰が来ても扉を開けなくていいわよ」


 アトリエの隅にあるコーヒー・メーカーにはコーヒーが残っていたが、とうてい飲む気にはなれなかった。だが、困った事態になったのは確かだ。


        3


 小堺が二十分ほどでアトリエに現れた。小堺は三十代前半で、黒のパンツスーツを着ており、少し長めの髪を後ろで結わえている。目元が切れ長で、ちょっと美人の女性だった。


 小堺が百円ショップに行って買ってきた白い手袋を嵌めた。

 小堺がローゼンベルクの死体を躊躇いもなく触って、何かを確かめていた。


 ひとしきりローゼンベルクの死体を調べ、部屋を見渡して小堺は断定した。

「間違いないわね。先生はアトリエで眠っている最中に亡くなったようね」


「それで、僕は、どうしたらいいんでしょう? 僕は、もう用なしですか」


 高校の美術部を辞めて、ゴースト・ライターのアルバイトをやると決めて来たので、今さら中止にと言われても困る。でも、死んだ人間のゴースト・ライターは、シャレにならない。


 小堺が厳しい視線で楠木を見つめて、不機嫌に答えた。

「とんでもない! 先生が死んでも、作品は完成させないと困るわ。ただでさえ、ローゼンベルクの新刊本の出版が遅れているのよ。文字通り、死んでも書いてもらわないと、出版社的に困るのよ」


(出版社的に困るって、人間的に、それって、いいのか。普通、ダメだろう)


「でも、先生はお亡くなりなったわけですから、先生が亡くなったのに、本が出たら、逆におかしな事態になりませんか」


 小堺が平然と答えた。

「ローゼンベルク・功は死ないの。生きているのよ!」


 楠木は現にローゼンベルク先生の死体を前に、何を言っているんだと思った。

 さっき、小堺さんもはっきり亡くなったと断定していたじゃないか。


 小堺が険しい顔で楠木を説得した。

「ローゼンベルク・功は、売れっ子の魔道書作家なのよ。それも、不死の魔道書作家として売れているのよ。それを死にました、なんて公表したら、本が売れなくなるでしょう」


 本が売れさえすれば、それでいいのか。編集者って、こんなにも頑固な人種なのか。それとも、小堺さんが特別なのだろうか。


 楠木は努めて控えめに、問題点を指摘した。

「でも、実際にお亡くなりなったわけですし。死体を隠すわけにもいかないでしょう」


 小堺は確信犯的に、さらりと発言した。

「知り合いに話のわかる、鍵付きの大型冷凍庫を持った人間がいるから、大丈夫よ」


 何か話がやばい方向に転がり出した。

「もしかして、先生の死体を、冷凍庫に入れて隠すんですか! それ、犯罪じゃないですか。それに、今、執筆中の本が完成したとしますよ。本が完成して冷凍庫から死体を取り出して、解凍します。でも。そんな行為をすれば、死体を見た医者に、きっとバレますよ」


 小堺は完全に犯罪に走る方向で話を進めていった。

「大丈夫よ。冬に雪が積もったら、死体を雪の中に埋めて、雪解けに合わせて発見するのよ。先生は冬に一人、屋根の雪下ろし作業中に転落して、生き埋めになって死んだ状況にすれば、死体が凍っていても問題ないわ」


「そこまでしますか!」


 危険だ。非常に危険な考え方だ。


 冷凍庫に死体を入れておいて、冬に発見させて死亡推定時期をずらすトリックを使用したミステリーは、読んだ記憶がある。記憶が確かなら、犯人は探偵の推理で、とんとん拍子で捕まった気がする。

 小堺が楠木の疑念を読んだのか、すぐに付け加えた。


「話のわかる医者も、知り合いにいるのよ。そこに、死体を運んで死体検案書を書いてもらえれば、警察も詳しく調べないわよ」


 小堺とは会って間もないが、都合の良い知り合いが多すぎる気がする。それとも、小堺の勤める出版社では、そんなアウトローな人間と、よく付き合いがあるのだろうか。


(なんか、小堺さんの勤める出版社って、聞いた記憶がなかったけど、堅気の出版社じゃないのかもしれない)


        4


 なんか嫌な展開になってきた。ゴースト・ライターをやるのも躊躇いがあったけど、死体を隠すなんて犯罪には、加担したくない。


「すいません、そこまでは協力できません」


 小堺が冷たく言い放った。

「今さら何を尻込みしているのよ。ゴースト・ライターやって読者を騙すのも、警察を騙すのも、一緒でしょ!」


「読者は騙しても捕まりませんけど、警察を騙したら捕まるでしょう! 僕、まだ高校生なんですよ。警察沙汰は嫌ですよ。受け取った小切手だって、返します」


 小堺が怖い顔で睨みつけてから、急に表情を和らげた。

「わかりました。こうしましょう。楠木君は死体を発見した。だけど、ゴースト・ライターなので、他の人に相談できずに、編集者を呼んだ。あとは編集者が各機関に連絡するからと言われて、すべて合法的処理されたものと思って、家に帰った。どう、この筋書きなら、問題ないわよね」


 確かに、ここで小堺を信用して帰り、小堺が一人で判断して行動したのなら、後々警察が出てきても、問題ないかもしれない。


 けど、それでいいのだろうか。というか、本当に小堺が最後に、泥を被ってくれるのだろうか。


 楠木が迷っていると、小堺が話を進めた。

「決まりね。とりあえず、死体を車に乗せるから、手伝って」

「さっきと、話が違うじゃないですか! 家に帰らせてくださいよ」


 小堺がキレ気味に意見した。

「楠木君こそ、何を言っているのよ。ローゼンベルクは体重が百二十㎏もあるのよ、女の細腕一本で、運べるわけないでしょう。車に乗せるところまで手伝いなさいよ」


「だって、死体を持ち運んだら、完全に共犯じゃないですか」


 小堺が苛立ったように教えた。

「細かいこと、一々気にするのね。病院に連れて行くと言われて手伝ったと考えればいいでしょ」


 楠木は結局、固まったローゼンベルクの死体をアトリエに有った台車に乗せて、車の後部座席に押し込むところまでを手伝わされた。


 さすがに、ローゼンベルクは重く難儀したが、小堺が見た目によらず、腕力があったので、どうにか二人掛かりで、ローゼンベルクの死体を車に乗せられた。


 ローゼンベルクの死体を車に乗せたので、家に鍵を掛けて帰ろうとすると、小堺が車から降りてきて、怖い顔で辛辣な言葉をぶつけてきた。


「ちょっと、楠木君! 何を暢気に帰ろうとしているのよ。アトリエに残って仕事していきなさいよ」

「でも、死体を発見した後だから、今日はもう帰っていいかな、って」


 小堺は冗談じゃないとばかりに命令した

「馬鹿を言わないでよ。新刊本の締め切りは、もうとっくに過ぎているのよ。少しでも時間があるなら、作業していきなさいよ。お金を払っているんだから、きっちり仕事なさい」


 楠木はそれでも何か理由を付けて帰ろうとした。だが、小堺が顔を近づけて睨みつけるように「いいわね」と凄まれると「はい」と答えるしかなかった。


 小堺の車を見送ると、楠木はアトリエに戻った。

 アトリエに戻ったが、困った。


 楠木は昨日まで、魔道書といえば、羊皮紙の表紙に読めない言語が書かれた本という認識があったが、ローゼンベルクの魔道書は違った。


 ローゼンベルクの魔道書は三十ページからなる画集だった。

 昨日の話では、楠木が持ち込んだ版画から、ローゼンベルクが使えそうだと判断した図案を選んでチョイスしておいてくれるはずだった。


 あとは、ローゼンベルク助言の元、ローゼンベルクの作風に楠木の作品をアレンジして、ローゼンベルクの描いた作品として本にする予定だった。


 楠木は一応、先生が目星を付けてくれていないか、昨日やって来た時に渡した、美術部で作った版画を探した。すると、昨日ローゼンベルクに渡した版画が、手付かずの状態で、袋に入れて本棚に有った。


「参ったなー、先生、選ぶ作業する前に亡くなったのか」


 楠木は次に、出版される予定になっているローゼンベルクの画を探して、本棚から見つけた。絵はスケッチブックの中に入って、十二枚の白黒のスケッチとして残っていた。


「とりあえず、僕と作風が似ている物を選んでおくか。どれを採用するかは小堺さんが帰ってきてから決めてもらうおう」


 楠木はローゼンベルク画をテーブルに並べ、似たような版画を選んで、テーブルに並べていった。

 ローゼンベルクの画は抽象画であり、タイトルを見ないと、何を書いていたのか皆目わからない。


 楠木の版画も抽象画だが、楠木の目から見れば、作風は明らかに違って見えた。

 ローゼンベルクの画と楠木の版画、並べて見るとだんだん不安になった。

「小堺さん、僕と先生の作風が似ているっていっていたけど、こうして並べてみると、やっぱり別物だよな。先生に指導してもらわなくて、大丈夫なんだろうか。いきなり、本の途中で作風が変わったら、読者は気づくよな」


        5


 楠木は大いに迷った。

 突如、アトリエのドアが開いたのでビクッと驚いた。アトリエに入ってきたのは、小堺だった。


 やけに早く帰ってきたと思ってアトリエの時計を見ると、既に二時間が経過していた。


 小堺が死体を処分した帰りだと思えないほど、清清しい表情で聞いてきた。

「どう、作業は進んでいる?」


「それが、どうも、うまくいかなくて。小堺さんは僕と先生の作風が似ているって言ってくれましたけど、やっぱり僕の版画と先生の絵じゃ、作風は違いますよ。先生が指導してくれないと、似せるにしても、同じには全然なりませんよ」


 小堺がテーブルいっぱいに並べたローゼンベルクの画と楠木の版画を見比べながら平然と発言した。

「そんなことないわよ。瓜二つとはいかなくても、充分に似ているわよ。ずっと、ローゼンベルクの担当編集者だった私が、似ているって言うんだもの。読者なんか、気づかないわよ」


 食品会社が食品の生産地を偽装する時もこんな感じなのだろうかと思う。だが、余計な発言は控えよう。


 小堺が魚河岸で目利きの仲買人が魚を選ぶように、ぱっぱっと版画を手に取っていく。

「これと、これと、これ、ああ、あと、これも使えるわね」

 楠木は内心「エッ」と思った。


 小堺が選んだものは楠木にしてみれば、作風が離れていると思った物ばかりだった。いってみれば、楠木自身のオリジナリティが出過ぎていて、似ていないと思った作品だ。


「小堺さん、それは、まずいでしょう。まるで作風が違いますよ。小堺さんが選択したやつは僕の色が出すぎていますよ」


 小堺が不採用となった楠木の作品を片付ける。そうしておいて、テーブルの上側にローゼンベルクの画を並べ、下側に楠木が美術部で書いた版画を並べた。


 小堺が腕組みして、簡単に感想を述べた。

「まあ、確かに、少し違うけど、読者には絶対わかりゃしないわよ。それに、ローゼンベルクは時々作風が変わる事態が過去にもあったから、読者も『ああ、先生、また新境地に達したんだな』と勝手に思い込んでくれるわよ」


 楠木は思わず本音を零してしまった。

「それって、ひょっとして、単純に小堺さんを通さないで、先生が独断で別のゴースト・ライターを雇っていたのが真相では」


 小堺が不自然な笑顔を浮かべ、愛想をよく茶目気たっぷりに諭した。

「楠木君。口は災いの元って言葉、知っているかしら。あんまり、余計な事実を詮索すると、闇に葬っちゃうぞ」

 死体を平然と処分した小堺に言われると、シャレにならない。


        6


 それに口調が不自然なほど可愛らしいのが逆に、日本家屋の開かずの間にあるアンティーク・ドールのようで怖い。

「そ、そうですよね。描いている内に、作者本人にも意図せず、作品が変わっちゃう事態って芸術の世界では、よくありますよね。さっきの発言は、忘れてください」


 小堺がテーブルからローゼンベルクの画を拾い上げ、意見を求めてきた。

「楠木君、スケッチは得意? ローゼンベルクの魔道書は、版画形式では出した過去がないのよ。さすがに本の途中からスケッチが版画に変わるのは、まずいでしょう」


 楠木は正直に伝えた。

「すいません、版画は多色刷りでもできますが、スケッチは得意じゃないです。それに、当初のお話では、先生が僕の作品を盗作して、スケッチにするって話だったじゃないですか」


 小堺がまた不自然な笑みを浮かべて、ユーモアでも言うように語った。

「楠木君。言葉には気をつけようね。真実はどうあれ、ローゼンベルクは盗作をしないのよ。私が選んだ作品は全部、ローゼンベルク本人が描いた。それが全て真実なのよ。そこのところは、しっかり理解してくれないと、ちょっと面倒な展開になるわよー」


「すいません。言葉に気を付けます。テーブルに並んでいるのは、全部ローゼンベルク先生の作品です」


「わかればいいのよ。そこで一つ相談なんだけど。逆はどう? 版画をスケッチにするのではなくて、スケッチを元に、版画を作れる?」


 楠木はローゼンベルクの作品を手に取って改めてみた。

 ローゼンベルクのスケッチはそれほど、細かい線が多用されていないので、楠木の技術なら版画に起こせそうだった。

「そうですね。完全にコピーするのは難しいですけど、版画なら自信あるので、ある程度までは行けると思います」


 小堺が元気よく発言した。

「よし、決めたわ。ローゼンベルク次回作は三十ページ、多色刷りのオール版画の新境地よ。それで、どれくらい作成に掛かるの?」


「木の板から彫るので、一枚につき、一週間くらいですかね。予備日を計算してもらうとしても、お盆前には完成しますね」


 小堺が途端に不機嫌になった。

「遅いわ! 遅すぎるわよ。もう、ローゼンベルク先生の作品は予定から一年は遅れているのよ。とてもじゃないけど、お盆までなんて待てないわよ!」


「それは、無理ですってば。僕にだって高校生活がありますし、スケッチから版画を起こすとなると、簡単にはいきませんよ」


 小堺はいとも簡単に言ってのけた。

「高校を辞めちゃいなさいよ」


「そんなアルバイトのために、高校は辞められませんよ! 僕には、まだ進学という将来があるんですよ。高校を辞めたら、進学できないでしょう」


 小堺は、どこまでもお気楽に無理を言ってくる。

「なら、明日から高校を休んで、アトリエに篭りなさいよ。楠木君は東雲星陵でしょ。高校には私が裏から手を回して、出席日数をどうにかなるように、話をつけて、卒業できるようにするから」


 無茶苦茶を言ってくれる。

「東雲星陵は公立高校ですよ。そんな裏技、使えませんよ」


 小堺は不気味に微笑んだ。

「公立だからこそできる裏技ってのも、あるのよ。任せおきなさい。蛇の道は蛇っていうでしょ」

(蛇の道って、あんまり進みたくない道だよ)


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