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9-7  ある決断

ちょっと仕事でバタバタしすぎて、二週間近く更新が止まってしまいました。

見捨てずに覗いてくださったかたがた、いつも本当にありがとうございます。

 寮の部屋に戻ると、マルコはまだ戻っていなかった。ひとりで考える時間が出来たぼくは、ベッドにごろりと横になって天井を見つめた。


(考えてみれば、いま結論を出す、ということ自体がベアトリーチェに対する侮辱だよな……)


 いま結論を出さなければならない最大の理由は、マイヤをあの家に引き込むかどうかがそれで決まるということだ。それは、ぼくの目的にとってはもちろん必要なことで、ぼくは自分の目的に向かうためならとことん合理的になることを、ずっと前から決めている。そして、あとくされなくマイヤを引き込むためには、ベアトリーチェと結婚した方がよい。


 しかし、とことん合理的に行動する、ということは、他人の感情を踏みにじっても目的に近づく、ということを意味しない。目的を見据えて最短距離を行くとしても、その途中のスジは通さなければならない。でなければ、結局どこかで足をすくわれる。


 たしかに、ニスケス侯爵はぼくにベアトリーチェとの結婚を勧めた。この世界では、それはぼくとベアトリーチェがお互いをどう思っていようが、結婚する充分な理由になる。その意味ではなんの問題もなくスジが通っている。だがベアトリーチェの気質を考えれば、隠しごとを持ったまま一緒にいるというのは、隠しごとの内容によっては爆弾をふところに抱えているようなものだ。ぼくは、彼女が自分の意思を通すために、無意識のうちに利用できるすべてを使ったところを、この目で見ている。


(覚悟はできていたつもりだけど、まさか三男坊にこんなやっかいな結婚話が、卒業前に降りかかってくるとは予想してなかったなぁ……)


 ぼくの通算年齢がすでに三十歳を過ぎているとはいえ、結婚は未経験なのだ。どこかで頭からこのネタを除外していた気がする。こういった貴族のしがらみから比較的自由なのが、三男とか四男とかに転生する場合のメリットではなかったのか?




「お、アンリ、帰ってたのか?」


 マルコの声でぼくの思考は中断された。ドツボに入りそうだったので、ある意味でよかったかもしれない。


「どこに行ってたの? 聖の日にこんな時間までマルコが居ないのって、珍しいじゃん?」


「親父と話してた。卒業後は好きにしろ、とは言ってたけど、さすがにおまえのところの騎士団に入るというのは想像の遙か向こうに飛んでたらしい」


「べつに、うちの父上も問題なく受け入れるっていってるし、じゅうぶん『好きにしろ』の範囲に入ってると思うけど?」


「親父的にはそうでもないらしい。どうしてもおまえの家に借りを作ることになるし、国を割るようななにかがあったときにおまえの家と対立しにくくなる、と頭を抱えてた」


「なるほどね」


 べつにマルコの実家がうちと関係が微妙だというわけではない。それならば、ロベールだって受け入れないだろう。ただ、ロッシュ男爵家だって、さまざまなしがらみの中で泳いでいる。ド・リヴィエール伯爵家との縁ができることで、そのしがらみの一つ一つが何らかの影響を受ける。傭兵になって家で状態になった方が、ロッシュ男爵としてはある意味ラクだったかもしれない。


「いままでは、ただ自分のやりたいことだけやってればすんだのにな。こんな話になってみると、いやおうなしに、卒業まであまり時間がない、という気持ちになってくるよ。あと二年ないんだよな」


 マルコがしみじみ呟いたが、それはぼくにも言えることだ。結婚なんて、ある意味でもっとも貴族らしい通過儀礼に頭を悩ませるというのは、まさにぼくの子供の時代が終わろうとしている、ということなのだろう。


「だからといって、もう心は決まってるんだろ? それに、反対ってワケでもなさそうだし、やり抜くしかないね。応援はするよ」


「ありがとよ。でも、これは自分でやらなきゃいけないことだよな」


 これまた、ぼくの心にズバッと刺さる言葉だ。考えなきゃ。自分のためだ。




 嵐のようだった聖の日があけた次の週の四の日、ぼくは森のジルの小屋に足を運んだ。自分の満足するレベルまで自分を持っていくことができたベアトリーチェは、以前ほど頻繁にはジルを訪ねてくることはないようだが、それでも毎週四の日には森にいることが多い。これまでは、不自然に思われないように、四の日にジルを訪ねることは避けていたのだが、今日は逆だ。


「あ、アンリくん、こんにちは」


 ジルとお茶を飲んでいたベアトリーチェは、ぼくを見るとニッコリ笑った。あいかわらずの美少女ぶりだが、最近は大人っぽい柔らかさも身についてきていて、兵器としての危険度がワンランク上がっている。


「なんじゃ、美少女との楽しいお茶の時間を邪魔しおって。帰れ帰れ」


「そんなこと言わずに、ぼくも混ぜてくださいよ」


 そういってぼくは、ベアトリーチェのとなりの椅子に腰掛けた。このへんは、ジルの小屋でベアトリーチェと顔を合わせるときにはいつも行われるやりとりだが、違うのは、このあとベアトリーチェと二人で話すチャンスを探さなければならないということだ。




「旦那さま、今日の夜は王宮に出向かねばならないはずでは?」


 ジルがぼくにもお茶を淹れてくれた直後、セバスチャンがジルにそう言った。


「そうじゃったかの? おぼえがないんじゃが……」


「ええ、ラブロ宰相閣下がお呼びだったと」


「そうか、ならしょうがないの。したくをするか。アンリ、帰るときはカギを頼む」


「え、ぼくも失礼しますよ」


 小屋の主の留守に勝手に居すわるのも気が引ける。ここに用事があるわけでもないし、出た方がいいだろう。ベアトリーチェとの話は、帰り道に期待するしかない。


「わたしも……」


 ベアトリーチェも同じ考えのようだ。人間として当然とも言える。


「かまわんかまわん。せっかく淹れたお茶がもったいないわい。ただ、二人きりになるからといって、不埒なことはいかんぞ?」


「ザカリアス様!」


 ベアトリーチェが真っ赤になった。なんということを言うのだ! 逆に意識してしまうではないか、と、ぼくも文句を言おうとしたが、そのときにはジルは別室に入ってしまっていた。そのあとに従っていたセバスチャンが、部屋に入っていく前にぼくを見て片目をつぶる。それで、これがセバスチャンの打った芝居だと言うことがわかってしまった。


 なんという気の利かせようだ。彼は、ぼくが四の日にジルを訪ねることを避けていたことも、その理由も理解していた。もちろん、そんなことは彼には話していない。彼が主人の身のまわりすべてに目を細かく配っていた結果である。そして、今日ぼくがここに来た理由がベアトリーチェにあることも察していたのだ。ジルも、なんとなく察してセバスチャンの言葉に乗ったのだろう。だめだ、まだまだこの人たちにはかなわない。ぼくは心で二人に頭を下げた。




「ベアト、今週の六の日、時間ある?」


 ベアトリーチェはアゴに右手の人差し指を当てて宙を見た。そんなポーズがサマになる。


「うーんとね、お母様に呼ばれていて、朝から屋敷のほうに戻ることになっているの。たぶんお客さまのお相手だから、用事が終わるのはたぶん夜になるし、もしかすると次の朝まで、ということになりかねないから、外泊の許可も取っているのだけど、何かしら?」


 外泊の予定になっているのはある意味ありがたい。だが、さすがに夜に彼女を連れ出すわけにはいかないなぁ。翌日の聖の日まで用事が持ち越す可能性があるとなると、ちょっと時間に余裕が少ない。念のために六の日の午後と翌日の聖の日、一日半使いたかったんだが……。


「ちょっと連れていきたいところがあったんだ」


「えー、せっかくのアンリくんのお誘いなのに……」


 残念そうにするベアトリーチェだが、そこで予定をブッチすると言いださないところは、さすがによく教育されている。この年頃の子供の実家での予定は、子供だけの問題ではないのだ。




 少しだけ悩んで、結局ぼくは他人を頼ることにした。ニスケス侯爵にベアトリーチェを早く解放してもらえるよう、直接頼んでみるのだ。家の用事だというなら、侯爵のツルの一声でなんとかなる可能性は低くないだろう。


「もし、早く予定が終わるようだったら、使用人にでも言付けてよ。連絡がつくようにしておくから」


「わかった。でも、そんなにアンリくんが言う用事って、なんなのかしら? ちょっと怖い気がする」


 そういったベアトリーチェは、怖がってるとは思えない笑顔で肩をすくめて見せた。




 昨日の夜まで悩んだ結果、ぼくはベアトリーチェにぼくを取り巻く事情のかなりの部分を話すことに決めていた。転生云々はちょっと最初からは無理だし、マイヤの話もとりあえずあとから考えるが、少なくとも、ほかのメンバーと同様リュミエラにも会わせて、事情も明らかにしようと思う。


 もちろん、この段階で結婚云々は完全に抜きだ。学舎の外でのぼくを彼女に知ってもらう。その上で、彼女のぼくへの接し方が変わるかどうか。変わらないのなら、ぼくもその先を考えられるかもしれない。

お読みいただいた方へ。心からの感謝を。


感謝の言葉、何度書いても書き足りません。これからもよろしくお願いします。

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