9-5 交渉成立
前回の投稿から二週間以上あいてしまいました。見放さずに来ていただいて、本当にありがとうございます。
今回、後半特に甘酸っぱくて背中がムズムズするかもしれません。
「確認していいかな?」
しばし考えたのち、ぼくはマイヤに問いかけた。
「マイヤは、ベアトリーチェがぼくの同級生のままで終わるなら、シャナ王女をここに迎え入れるために力を貸してくれるんだね?」
「はい。もちろん、卒業まではここに来ることもなかなか難しいでしょうから、なにか策を考えていただく必要はありますが、その後にここに作業場を持たせていただけるというのでしたら、それはお約束しましょう」
うわ、作業場はデフォの条件か。身近に腐ったエリアができあがるのは、できれば避けたいが、ここは呑むしかないだろうな。
「そうでない場合は、マイヤはどうするの? 今後ここに立ち入ることを拒否するとか?」
「そんな杓子定規な発想は持っていませんよ。いずれにせよ作業場はいただくのですから、アンリさんに工夫していただかなければならないというだけです」
えーと、いずれにせよ作業場はもらう、って、どういうことかな? ベアトリーチェとの関係がどちらに転んでも協力してくれる可能性がある、という意味ではありがたいけど、どっちに転んでもマイヤのひとり勝ちという気もする。どうもこの子相手には、なんでか知らないけど分が悪いな。
「了解した。さすがにこの瞬間には決められないから、シャナ王女に少しだけ時間をもらう」
「それでけっこうです。本当にこの場で決めやがったら、すべて白紙に戻して協力を断るつもりでしたから」
とんでもないぶっちゃけをしてくれやがったが、これは目をつぶろう。本当にこの場で決めるということは、完全にベアトリーチェ不在ですべてを決めるということだ。彼女に対してそんな接し方をすることは、マイヤは許せないだろう。言葉遣いはなんとかしたほうがいいがな!
「シャナ王女、先ほどの件ですが、二ヶ月ほど時間をください。遅くとも、それくらいにはここで彼女と思う存分語り合っていただけるようになると思います。ここにいない人間も関わってきますので、調整が必要です」
「わかった」
「先ほどの件についてはお願いできますか?」
「姉様たちがまたわたしに考えさせるようなら、なんとかする。わたしから手を上げることはしない」
その不確実性はちょっとマズいな、と思いローザを見ると、首を横に振った。
「おそらく、国に関わることでシャナ殿下がご自分から考えを述べられたことはないと思います。ここでシャナ殿下からなにかを、となると、不自然に見えるでしょう。それが圧勝劇ならともかく、負けてみせる計画となると、殿下のお立場にも関わってきてしまいます」
そうか。今後のこともあるから、ここで無理をしてもよくないな。
「立場は別にどうでもいい」
少しは心配しようよ、そこも。というか、そこ気にしてもらわないと、あんたのために心の身銭を切る意味がなくなっちゃうんだよ!
「聖の日にはなるべく遊びに行くって伝えてくれますか?」
「どうやって遊びに行くの?」
「ここからに決まっているじゃないですか。ほかに手があるというなら教えてください」
「……シャナ王女、聖の日には彼女がなるべく遊びに行くといっています」
王女はニッコリと笑って頷いた。これは本当に楽しみにしているな。
「言葉がわからないから、あなたも一緒に来て」
さすがは王族である。言えば必ず実現すると思っているところはあるようだ。ぼくの都合とか、そういう部分はまったく考慮の外らしい。なにが悲しくて毎週聖の日に腐った世界に身を投じなければならんのか? だが、いま彼女のご機嫌を損ねるわけにはいかない。
「……毎回というわけにはいきませんが、努力します」
「だいたい話はわかったけど、どうするのさ、アンリ?」
ローラは多少不機嫌モードだ。
シャナ王女はあれからまもなく王宮に戻り、マイヤも寮に帰っていった。そのあととなりの部屋に閉じ込めておいたリュミエラとローラが出てきたわけだが、部屋から出てきたらいろいろ話が動いているわけである。大人のリュミエラはともかく、ローラは初手からプンスカしていた。マイヤと対面させたら、それはそれで困るくせに。
「こればっかりはアンリくんにしか決められないね。どういう行動を取ればどういう結果が来る、なんていう想定は、だいたい終えているんだろう? あとは決めの問題だよ」
ビットーリオが大人の意見を言った。だがぼくは知っているぞ。彼はその性癖のおかげで、いちども結婚とかそういう問題に関わったことがないのだ。だいたい、ぼくのまわりにはけっこうな人数が集まってくれているが、男女の問題に関する限り、一家言を持っているようなヤツはいない。せいぜいヨーゼフが街の娼館に詳しいくらいだ。そして、その中で常識を兼ね備えているとおぼしきリュミエラには、このあいだ個人的にアドバイスをもらっている。
「そうだね。一晩か二晩考えて結論を出すよ」
そこで場はお開きになった。だが、ここを撤収する前に、ひとつやるべきことがある。
「ローラ、ちょっと相談があるんだけど、いいかな?」
「相談? アンリがぼくに相談なんて珍しいね」
部屋に引き上げかけていたローラが引き返してきた。その他の面々はそのままいまを出て行ったが、出がけにリュミエラがチラとこちらを見た。
「で、改まって、なに?」
ローラがいつも使っている椅子に深く腰掛けて訊いてきた。
「あのさ、ローラはベアトリーチェのことを個人的には知らないはずだから、こう訊かれても困るかもしれないけど、彼女がここに来るとしたら、それをどう思う?」
「え、な、なにを訊くんだよ? そんなの、今さらだろ? ここ、女だらけじゃないか!」
「言いたいことはわかるけど、ぼくはローラとほかの女性陣は別だと思ってるよ? シルドラはある意味別世界の存在だし、テルマも同じだよね。リュミエラは経緯がまったく異次元で、ローザは命とひきかえにここにいることを選んだだけだ。ニケはそれこそ、存在の質が違う。ローラだけが、ここにいたいと思ってくれて、ぼくがそれを受け入れた相手なんだよ」
「そ、そ、それはそうなんだけどさっ、なんだ、そう言われるとなんか恥ずかしいじゃないか……」
うん、ちょっと顔を赤らめてる。こういう表情も新鮮だな。やっぱり、美少女だよ。
「それに、ぼくはいちどローラを傷つけちゃったからね。ベアトリーチェとどう接していったらいいのか、いろいろ考えるところはあるんだけど、ローラがイヤだと思っているのに彼女を迎え入れることはしたくない。決定権を押しつけちゃうみたいで卑怯だけど、それでも正直なところを訊かせてくれないかな」
そう、この質問は、相手のことを思いやっているようでいて、じつは決断を相手にぶん投げているだけなのだ。ただ、そういうことでもしないと、少女としての彼女の本音がわからない。日本であれば問題なくアウトのこのケースも、一夫多妻のこの世界ではまた違い得るのだ。そして、ぼくはローラを大事だと思うのと同じくらい、ベアトリーチェを傷つけたくないと思っている。
「アンリもズルいよなあ」
「ごめん。やっぱり、そう思うよね」
「まあいいや。ぼくはね、アンリ、きみがひとつのことだけ忘れないでいてくれれば、どんな選択をきみがしても、それを本心から受け入れられる。この問題だけじゃなくてね」
ローラは正面からぼくをじっと見た。そのまっすぐさに思わず目をそらしてしまいそうになるのをこらえ、ぼくもローラの目を見る。
「それは?」
「きみを守りたいと一番思っているのがぼくで、守れるのもぼくだってこと。それさえ覚えていてくれればいいんだ。べつに、きみの第一夫人になろうと思ってここにいるわけじゃないしね」
「ローラ」
「ん?」
「ありがとう」
「き、急にやめてよ! あ……でも、そうだな、ひとつお願いしていいかな?」
「ぼくにできることだったら、なんでも」
「きみにしかできないよ。きみにしか、させない」
「なに?」
「ぼくを、ギュッとしてくれない?」
ローラはぼくをまっすぐ見つめている。えーと、ギュッと、ていうのは、あれだよな? も、もちろん、イヤなはずはないけど、そういうのは流れでそうなるものだと思ってたから、こういうのはちょっと緊張するぜ。
一歩二歩ローラにちかづくと、彼女は目を閉じた。ぼくはいま、地球の単位で百七十センチを少しこえたくらいだが、彼女はそれより少し目線が低いだけだ。というか、少し前までは同じぐらいだった。少し目線の角度が変わるだけで、急に彼女が女の子に見えてくるあたり、ぼくもなんともわかりやすいヤツだ。
ローラの背中に腕を回して、そのままギュッと抱きしめた。彼女がアゴをぼくの右肩に乗せるようにすると、リュミエラのちょっと濃厚な香りとは別の、果物のようなさわやかな香りがする。ちょっと腕に力を入れると、あれだけ剣を振りまわして動き回る彼女からは想像できないくらい、きゃしゃで女の子だ。ちょっと速めの鼓動も伝わってくる。
ローラが顔を上げてぼくを見た。美少女のアップは圧倒的な迫力で、つい腰が引けそうになる。いや、なにかが当たらないように、じゃないよ? 彼女なりに胸が成長していたのを身体で実感したとしても、だ。
「ありがと。これでぼくは大丈夫だよ。またときどきお願いするかもだけど」
「そ、そう?」
なんとなくスッキリした表情のローラに、ぼくはさらにどぎまぎしてしまう。締まらない受け答えしかできない自分が、なんとも情けない。
「それじゃ、おやすみ! わがままきいてくれて、ありがとうね」
わがままでなんかあるものか。なんともかわいいおねだりだったではないか。
ぼくは「彼女の気持ちに応えたい」などと思ってはいけない立場である。それを変えようとも思わない。でも、ローラを利用することはあっても、彼女の気持ちを利用することはしたくない。それだけっは貫こうと、改めて思った。
お読みいただいた方へ。心からの感謝を!
甘酸っぱいパートも書いていて不快ではないですが、立て続けには無理そうです。




