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9-4  積み重なっていく交換条件

今話、途中まで楽観的に話を進めていたアンリは、終盤に突如追い詰められることになります。

 連れがひとり増えて五人になってカルターナに戻ると、打ち合わせスペースでくつろいでいたローザとヨーゼフが弾かれるように立ち上がり、直立不動の姿勢をとった。


「「シ、シ、シ、シャナ殿下!」」


 どもり方まで同じだ。ふたりとも顔面は蒼白である。


 無理もない。きっかけはともかく、ふたりが女王国を捨ててすでに五年以上がたつ。ぼくらとその間ずっと行動をともにし、あるときは女王国をめることに荷担し、自分のアイデンティティからその存在が消え去りかかってたころだろう。そこへ王女さまの登場である。


「あなたは……ローザ。それから、ヨーゼフ。なぜここにいるの?」




 そこから、しばらくシャナ王女と近衛、あるいは王家直属の情報部員は、口を出すのがはばかられるほどに真剣に話しこんだ。ローザとヨーゼフは女王国をあとにしてしまったこと、五年以上にわたって時には女王国に仇をなしてきたことを詫び、王女は、言葉は少なかったが、彼女らを窮地に追いやり、つらい決断を強いてしまったことを詫びた。


 ローザやヨーゼフのような末端に近かった者の顔も覚えていたり、国に砂をかけたに近いその後の行動にも理解を示すさまは、上に立つ者の雰囲気を十分に感じさせる。いろいろこじらせているとはいえ、王家の人間としてかなりよくできた人なのではないかと思える。




「ところで、さっきの王女とのやりとりはなんだったわけ?」


 終わりそうで終わらない女王国チームのやりとりを遠目に見ながら、ぼくはマイヤに、気になってはいたが知らない方がいいような気もするネタを、つい振ってしまった。


「彼女は自分で考えた構図を、三次元で形にしようとしていたのです」


「上から見ていたときに、うまくいっていないように見えたのは?」


「単純なことです。彼女は自分の描いた構図をそのまま三次元に映し出そうとしましたが、彼女が作ろうとした三次元のイメージは人体構造としてわずかに無理があるものだったのです。そこでイメージと粘土の造形の間に齟齬が生まれ、崩壊してしまったのです」


 わかるようなわからないような、そして、なんとなくわからないままにしておいたほうがよさそうな気もする説明だ。だが、少し手持ちぶさたになっていたぼくは、ついその先に踏みこんでしまった。


「マイヤはなにをしたのかな?」


「彼女のイメージのもとになった絵を見て、どこにその問題があるのかがすぐにわかりました。ですが、言葉が通じませんから、その絵の問題点を、彼女の線に上書きすることで指摘しようとしたのです。さいわい、二度ほどのやりとりで彼女は問題点に気づいてくれました。あとは言葉は必要ありません」


「そんなに微妙なものなの? なんとなくこんな感じ、でいい気がするんだけど?」


 マイヤはぼくを、絶対零度クラスの冷たい目で見た。


「正しい人体構造を描き出すことがどれだけ重要なことか、アンリさんにはわかりませんか? 不自然な部分のある構図は、必ず見るものの心に違和感を与えます。その違和感は、作者が描く世界に入りこむことを、どこかでさまたげてしまうのです。ちゃんとした画材店に必ず可動式の人体模型が置いてあるのが、いったい何のためだと思っているのですか?」


 必ず置いてあることを知らなかったのはぼくの不徳のいたすところだとして、マイヤの念頭にあるような絵のためではないような気がする。あえて言葉にはしないけど。


「ごめんなさい」


「もっと勉強してください」


 すまない。その気はないかな。




「シャナ王女、少し時間をいただいていいですか?」


 かつての主君と臣下の話が一段落したところで、ぼくはいちおう本題であるはずのことを切り出した。マイヤのライフワークとやらのおかげで、すっかり影が薄くなってしまったが、これを忘れてはなんのためにここまで見たくないものを見つづけたかもわからなくなってしまう。


「なに?」


「ちょっと無茶をしてシャナ様に会いに行ったのは、女王国とアッピアの関係について、お耳に入れたいことがあったからなんです」


「どうでもいい。興味ない」


 おい、それじゃ困るんだよ!  聞いてくれよ!


「シャナ様に好きな絵を存分に描いていただけるよう、お手伝いをすることにもなると思うのですが……」


「話して」


 わかりやすいな、おい!




 ぼくは、四つの国が睨みあっているいまの状況を、個人的な理由でなるべく崩したくないと思っていること、そのためにこれまでの女王国の動きに横槍を入れてきたこと、そして、いまアッピアが攻めに転じようとしている動きを同じ理由で潰したいと考えていることを駆け足で説明した。個人的な理由の部分は特に説明しなかったが、これはそのあたりに彼女が興味を示さないだろうと読んでのことだ。


「そのために、シャナ様の立場を悪くしてしまっていたとしたら申しわけありません」


「別にかまわない。姉さんたちがなにか考えろとうるさいから、思いつきを教えただけ。結果はいま、ローザたちから聞いてはじめて知った」


「そ、そうですか……」


 ユルいな。それでいいのだろうか?


「それで、わたしとどういう関係が?」


 シャナ王女の振りに応え、もう少し現状を詳しく説明してみた。その上で、ぼくたちが落としどころとして見解の一致をみた、レイハナを取らせてから取り返す、という戦略目標を伝える。


 じつは、ここは少し博打ばくちの要素がある。いまの女王国の力を考えれば、前もってこの情報をもとに準備すればレイハナでアッピアを跳ね返して返す刀でボルダンに襲いかかることは、そう困難なことではない。だが、それをやられるとアッピアが一気に崩壊する可能性がある。


「これであれば、アッピアも女王国もいくらかずつ傷を負うことで、政治的に痛み分けにすることもできますし、そのあとしばらくは、どちらも動きにくくなります」


「レイハナをとらせる理由は?」


 ぼくは正直にそこを説明した。


「いま女王国がアッピアを平らげてしまうと、それが国力の増加につながるまで七~八年だと思います。その時点でギエルダニアは強くなった女王国に抗うことは難しいでしょう。ギエルダニアも飲み込んだ女王国が相手だと、ドルニエも騒がしくなってきます」


 ここでシャナ王女は初めて言葉を切って考えこんだ。さすがに女王国で実質的に軍資の役割をこなしている才女だ。引きこもりとはいえ、目の光の鋭さは尋常じゃない。


「条件がある」


 さすがになにもなしにオッケー、というわけにはいかないか。ギエルダニア側で少し暴れさせろ、とか、そういうガス抜き策が来るのかな?


「ここでいつでも彼女と話せるようにしてほしい」


 そう来たか!




 ぼくは、ちょっとその場では言葉を濁して、少し別室で相談する時間をもらった。


 シャナ王女自身がここに出入りすることはいまのぼくたちにとって大きなメリットだが、転移をどうするかということをとりあえず置いておくとしても、マイヤがここの人間ではないという問題がある。王女はマイヤのいないこの家にはなんの興味もないだろう。


「王女がああ言っているけど、マイヤはどう思う?」


「さすがにちょっと頭が混乱しています。アンリさんが曲者くせものだとは思っていましたが、そこまでヤバい世界に足を突っこんでいるとは想像してませんでした」


 そうだろうな。ぼくだって、ここまで彼女にカミングアウトすることになるとは思わなかったよ。でもマイヤ、口調が貴族のお嬢さまじゃなくなってるぞ。


「ただ、ここに本格的な作業場を持つというのは魅力的です」


 作業場確定かよ!? まだ部屋をやるとはひとことも言ってないんだけど?


「それに、王女は才能があります。彼女とは今後もよい関係を築きたいですね」


 作業場云々の話はともかく、反応は悪くないかな?


「ただ、わたしがこの件でアンリさんに協力するのに、絶対に譲ることのできない条件があります」


 マイヤはちょっと口調を改めてそう言った。なんだ? 彼女の趣味に関わることなら、見てみないふりをする覚悟はできているぞ?


「ベアトリーチェ様と今後どのような関係でいるつもりか、ハッキリと聞かせてください。決めてないというなら、決めてください」




 思いがけない爆弾が投げつけられた。


「マイヤ、それは大事なことではあるけど、いまは関係……」


「関係ないはずがないでしょう。今後、アンリさんがベアトリーチェ様とご学友以上の関係にはならないというなら、それでかまいません。王女の件については喜んで協力します」


「そうでなければ? まだ今の話と関係が見えないよ。そもそも、そんなにすぐに決められることじゃないし、勝手に決めても彼女だって困るだろ?」


「なに鈍感系主人公を気取っているのですか? アンリさんが受け入れる決心をすれば、ベアトリーチェ様がすぐにでも踏みこんでくるのは、『主人公様』のアンリさんだってわかってるでしょう? ニスケス侯爵も、なかばその件についてはあきらめていると伺ってますよ」


 なんという情報力だ。それに、鈍感系主人公って……。


「あっ!」


 声を上げたのはエマニュエルだ。


「アンリ、たしかにそれはマズい。なにがなんでも今決めなきゃダメだ」


「どういうこと?」


「ベアトリーチェさんを踏みこませれば、遅かれ早かれ彼女はここに来ることになる。そのとき、彼女より先にマイヤさんがここに出入りしてることを知ったら? ベアトリーチェさんは、複雑な気持ちだろうね」


 しまった。そこまで気が回っていなかった。


 ぼくは、自分の頭を殴りつけたくなった。自分の目の前のことしかみていないからこうなる。自分の目的のために押し通るつもりなら、その行動が起こす影響をすべて見切らなきゃいけないというのに。


 ベアトリーチェは複雑な気分だろう。そして、ぼくの真実の姿により近いところへ、自分より先にマイヤをぼくが受け入れたという事実は、ぼくとの関係よりも、マイヤとの関係に波紋を起こす。ベアトリーチェとマイヤの関係が、そのあとも同じであり続けられるか、ぼくにも予想できない。


 こんな重要なことを、今この場で決める? ぼくは思わず天を仰いだ。


お読みいただいた方へ。心からの感謝を!


さてアンリはどういう選択をするのでしょうか?(イヤ、どういう選択をさせるか、の間違いかな)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] シャナ殿下が引きこもりで次姉以外、ほとんど接触がないという設定と部下のほとんどの顔を覚えているという設定はちょっと違和感。部下の任命式には仕方なく列席して一度で覚える記憶力の良さといっ…
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